第4話 放課後職員室
渡島さんと別れた後、俺は職員室へと向かった。
教室から職員室は棟が違うため少し距離がある。この距離を大荷物で運んでいたら死にそうだったので軽くて助かった。
「失礼します。3年5組の冬樹です。夏芽先生は……」
「おー冬樹。お疲れさん!」
職員室に入り夏芽先生を呼ぶと、自分の席でのんきにどら焼きを食べている夏芽先生が目に入る。思っていた以上にだらけていたので「そんなにだらだらしてるなら自分でやれよババア!」と言ってやりたくなるがそれを言ったら三途の川を渡る羽目になりそうなので、口が裂けても言えない。
とりあえず、夏芽先生の席まで行きプリントを机に置いた。
「あれ、渡島は一緒じゃないのか?」
「渡島さんは部活に行きました。俺の分まで手伝ってもらったので運ぶのは俺がと思って行ってもらいました」
「ほー、すでにいいコンビになってるんだなー。地味で影薄い地味男とロリでクソ生意気なお嬢様。くじ引きとはいえ面白い組み合わせになったよなー」
「地味って2回も言わないでくださいよ……」
「だって地味じゃんお前」
「そうですけど! 2回も言われるほどではありません!」
「何に対抗心を燃やしてるんだ……」
呆れたようにお茶をすする夏芽先生。この人ほんとにのんきだな。
「……って、渡島さんってお嬢様だったんですか」
地味と2回も呼ばれたことに反発してスルーしそうになったが、渡島さんがお嬢様というのは初耳だ。
「え、お前知らなかったのか。渡島といえば結構有名な財閥じゃん」
「いや、財閥は知ってますけどまさかそれが渡島さんだとは」
「名字の時点で少しは気づけよ……」
お嬢様みたいな外見だなーとは思っていたいけど本物のお嬢様だったとは驚きだ。お嬢様と言われて考えてみると小柄ではあるが姿勢は正しくどこか気品を感じられるなーと改めて思う。口調がきついのもある意味お嬢様っぽいし。
「ま、それはいいとして。どうだ冬樹。新しいクラスは」
どら焼きを食べ終え口元をハンカチで拭ってから、夏芽先生は俺のほうを向いて言う。
「まだ2日しかたってませんし何とも言えませんが、なんというかみんなキャラが濃いですよね」
「あいつらほんと変人だからなー。この学校、普通の高校なんだけど変人が集まりやすいことで他校でも結構有名だぞ」
「全然うれしくない理由で有名になってるんですね!?」
有名になる理由があまりにも悲しい。そして、クラスの人を変人呼ばわりできないほどあなたも変人ですよとはやはり言えない。
「そんな変人ばっかりだからこそ、冬樹みたいな常識人が学級長だとまとまると思うぞ」
「俺にはそんな荷が重いことできませんよ」
「そうでもないぞ。変人共はストッパーがいないと暴走するからな」
あなたも暴走している一人ですけどね! とは当然言えない。
「お前はお前のペースで適当に頑張りな。変な奴らばかりでどうしようとか思っていても、お前にとっては案外楽しい生活になるかもしれないしな」
一瞬いつものように笑いながら能天気なこと言っていると思ったが、そう話す顔はいつもより真剣に見える。いつも塩酸ぶっかけるとかえげつないこと言っているけどやっぱり先生なんだな。この人。
「えっと、できる範囲で頑張ります」
「おうおう頑張れ! 困ったことがあれば手伝うぞ」
「夏芽先生って……実は結構いい人なんですか」
「実はってなんだよ!」
「いい人なのになんで彼氏できないんですか……」
「ぶっ殺されたいのか貴様」
思わず本音が漏れてしまったのに気づいたときには遅く、夏芽先生は引き出しからフラスコ(おそらく塩酸入り)を取り出してきた。なんでそんなところに入っているのか聞いている場合ではないみたいだ。
「す、すいません! えっと、俺そろそろ帰りますね!」
自分の命の危機を察知して、逃げるように職員室を出ようとした。今回はさすがに俺が悪いのだが殺されるのは勘弁なので早足になる。
「気をつけて帰れよー。覚えてろよクソガキー」
夏芽先生の優しさと憎しみが混ざった言葉を、聞き引きずった顔で一礼してから職員室を後にする。
◆ ◇ ◆
逃げるように職員室を出て、帰るため下駄箱へと向かう。
職員室にいた時間はそんなに長くなかったが外はいつの間にか茜色に染まっていた。帰宅部なのでこんな時間まで学校にいるのは正直あまりない。
靴を履き替え外に出ると、4月にしては少し肌寒い風が吹いていた。今年の春はわりと気温が低めだ。
まだ4月で、これから1年間近くもこの変人が多いクラスで過ごしていくことになる。
いったい卒業の時はどんな感じになっているのだろうか……。
4月の冷たい風に当たりながら、そんなことをぼんやり考えていた。