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第3話 学級長な2人

 衝撃的な新学期から一夜明けた今日、俺はいつものように満員電車に揺られていた。

 変人の巣窟である5組にこれから通い続けるのかと思うとなかなかしんどいところはあるが、冷静に考えてみれば関わらなければいいだけの話ではある。クラス全員が変人なわけではないし、まともな人と関わっていけば何とかなるのではないかと思い始める。

 そんなことを悶々と考えているうちに学校最寄の駅に着き、俺は息苦しい満員電車を降りて学校へと足を運んだ。



 ◇    ◆   ◇



 学校に着き風神に軽く挨拶をして席に着く。結構時間ギリギリだったため、すぐにチャイムがなり夏芽先生が教室に入ってきた。

「おはよー。今日は学級長と委員会を決めていくぞー」

 夏芽先生が今日もけだるげに言う。教卓に置いた塩酸らしきものが入ったフラスコは直ちに処分してほしいところだ。

 唐突に言われたが、今日の1時間目もHRでクラスの係を決めていくらしい。これも毎年お決まりだな。

 今まで委員会は1回ぐらいじゃんけんに負けてしたことがあったがほとんどこういうことをしたことが無い。こういうのって積極的にやる人がたまにいるから毎年同じような人がやるイメージがある。

「学級長決めてから委員会決めるから、学級長に立候補したいやつはいるか? あ、男女1人ずつな」

 夏芽先生の発言にクラスが静まり返る。今日はやけに変人たちが静かだ。

 まあ、学級長に進んでなりたいという人はそんなにいないか。現に俺もできれば遠慮したい。

「まあそうなるよな。ということで男女別にくじ引き作ってきたから紙に丸書いてあったら学級長な」

『えー』

「文句言うなクソガキ共。塩酸ぶっかけるぞ」

『すいません』

 相変わらず生徒に容赦ない夏芽先生。そしてやっぱりフラスコの中身は塩酸だった。

 夏芽先生は箱を持って席を回る。文句を言いたいやつはたくさんいると思うが、塩酸を装備している夏芽先生に誰も文句が言えずみんな大人しい。

 蒼井さんのほうから順に回っており、箱の中から紙を取り出していく。

「全員に回るまで見るなよー」

 どうやら全員で同時に見るらしい。

 箱の中から紙を取り出すだけなので順番はすぐに回ってきた。俺も、夏芽先生の持っている箱の中から紙を取り出した。俺はこういうの当たってしまうタイプなのでなんとなく嫌な予感がしてしまう。

 最後の人まで紙が回ると、夏芽先生は教卓に戻った。

「じゃあ、全員見てみろー」

 夏芽先生の合図で全員が三つ折された紙を開く。

「……まじかぁ」

 紙を開いてみると、そこには「お前が学級長だ! よかったな!」という文字と大きな丸が書かれていた。俺の嫌な予感は的中した。うん、つらい。

「誰だったー?」

「あ、俺です」

 ここで駄々をこねても仕方ないし、素直に手を上げる。

「冬樹か。女子は誰だ?」

「はい、私です」

 可愛らしい声が横のほうから聞こえた。

 手を上げているのは渡島さんだ。表情を見ると心底嫌そうなので、俺と同じように解せぬと思っているのだろう。

「じゃ、学級長は冬樹と渡島で決定だな! ほい、みんな拍手」

 夏芽先生が拍手をすると、それに続いてクラスのみんなが拍手をする。それ自体は普通にありがたいんだけど、木野山君がすごくドヤ顔で静かに拍手をしているのが地味に腹立つ。

「さっそくだが学級長は放課後ちょっとプリント整理手伝ってくれ。すぐに終わるから」

 学級長はクラスでの決め事を仕切るほかに雑務も多いらしい。正直面倒くさい。

「じゃあ、委員会決めていくぞー。これも男女2人ずつで……」

 その後、委員会は立候補する人もちらほらいたのでスムーズに進んだ。

 俺は学級長などの仕切り役を学校生活の中でやったことがないけど果たして大丈夫なのだろうか……。普通のクラスで学級長をするのはまだ楽かもしれないが、この濃い面子が揃ったクラスを仕切れる自信が無い。

 またしても今後が不安になってしまい、その後の夏芽先生の話はあまり聞いてなかった。



 ◇   ◆   ◇



 2時間目以降の授業もどこか上の空で、あっという間に放課後になった。

 終わりのSHR終了後、ほとんどの生徒が部活に行く。普段なら俺は誰よりも早く帰宅するところなのだが、今日は夏芽先生に言われた学級長の仕事をするために自分の席に座り待機していた。渡島さんの方に目をやると、彼女も自分の席で待機していた。部活は美術部と言っていたが放課後は大丈夫なのだろうか。

 ほとんどの生徒がいなくなると、夏芽先生が俺と渡島さんを呼ぶ。

「じゃ、冬樹と渡島。このプリントを2枚組みにしてホッチキスで止めるのと、このプリント出席番号順に並び替えといてくれ」

 朝にプリント整理と言っていたとおり、クラスの人数分のプリントを整理するらしい。

「終わったら職員室までよろしくな! サボるなよー」

「サボりませんよ……どうせ塩酸かけるとか言うんでしょ」

「水酸化ナトリウムでもいいぞ」

「そういう問題じゃないです」

 夏芽先生は「冗談だ! 半分は!」と言って笑いながら教室を出て行った。できればすべて冗談であってほしかった。

 夏芽先生が出て行ったことにより静かになった教室に取り残された俺と渡島さん。話したことの無い女子と2人だけというのは少し気まずい。

「えっと、じゃあ始めようか」

「そうね」

 渡島さんは教卓前の席に座ると、ホッチキスを手に取りプリントをまとめ始めた。俺も隣に座り、プリント整理を始める。

 教室はとても静かだ。今聞こえるのは外から聞こえる部活中の運動部の声とホッチキスを止める音だけ。さすがに沈黙が苦しいので何か話題を作りたいところだが、いったい何を話せばいいのだろうか。自分から声をかける事はあまり無いので悩ましい。

「冬樹ってさ」

「え、は、はい?」

 突然渡島さんに声を掛けられる。びっくりしてかなり挙動不審な返事になってしまった。

「去年図書委員じゃなかった?」

 渡島さんは作業する手を止めずに言う。

「そうだけど……よく知ってたね?」

 俺が1回だけじゃんけんで負けてやったことがある図書委員。図書室の本の整理とか貸し出しの手続きとかを週でやる単純な仕事ばかりだったので案外楽しかったのを覚えている。しかも当番制なので週に1回するだけだった。そんな中覚えてもらえるような何かをした記憶は一切無い。

「外で絵を描いていたときに、ちらっと窓の外から見たことあった。地味で暗そうな奴だなって思ったから覚えてた」

「何気にひどい!」

「だって事実だし」

 普通に毒を吐かれてしまった。可愛らしい外見に合わず結構ズバズバ言うな。

「それにしてもよく覚えてるね。俺、人の顔覚えるの苦手だから羨ましいよ」

「別に、絵描くために周りをよく見てるだけよ」

「美術部って結構活動してるんだね」

「まあ最近は毎日あるけど、基本的には週3回ぐらいね。顧問が顔出してこないから基本的に部員だけでやってるわ」

「美術部の顧問は柳瀬先生だっけ?」

 美城高校は夏芽先生のほかにも変わった先生が多い。美術部の顧問は柳瀬麻里亜(やなせまりあ)先生だ。年齢は40歳を超えているはずなのだが、見た目は20歳後半から30代前半ぐらいに見える美人だ。しかしとてつもなくキャピキャピしており、お気に入りの男子生徒を見つけると色目を使う痛々しい先生である。

「あのクソ女はまじで男遊び激しいし美的センスおかしいし、死ぬほどうざい」

 渡島さんの表情が殺意に満ち溢れている気がした。よっぽどやらかしてるんですね、柳瀬先生。

「……で、作業終わったけど冬樹は?」

「え、早いね!?」

「クラスの人数分だけだからそんなに数ないし普通よ」

 渡島さんの机を見てみると、綺麗にホッチキスでまとめられたプリントが積んであった。話している間にも作業するスピードが落ちることなく、早く終わったみたいだ。俺は話をしている間作業の手が止まっていたみたいで全然整理できていなかった。

「どんくさそうと思ってたけどマジだったのね……」

「すみません」

 渡島さんは呆れたようにため息をつくと、俺の机においてあるプリントを手に取り整理し始めた。

「あ、俺やっておくから渡島さん部活行ってきて大丈夫だよ?」

「2人でやったほうが早く終わるじゃない。部活はさっき言った通りゆるゆるだから大丈夫よ」

 素っ気なく言うと、プリントを整理し始める。

「あ、ありがとう」

 思わぬ優しさに戸惑ったが、俺も再び作業に戻る。


 ◇    ◆   ◇



 渡島さんの協力のおかげでプリント整理は早く終わった。

「ほんとありがとう、渡島さん。夏芽先生のところには俺が持っていくよ。なんか、やってもらいっぱなしじゃ悪いしこれぐらいは」

「そう。じゃあお願い」

 お互い自分の荷物を持ち、教室を出る。職員室と美術部の部室がある方向は逆なので、渡島さんとはここでお別れとなる。

「じゃあね。お疲れ」

 渡島さんは軽く手を振ると、廊下を歩いていく。

「あ、渡島さん」

「何?」

 俺が声をかけると、渡島さんは立ち止まり再び振り返る。

「えっと、これからよろしくね。学級長同士」

 そういえばちゃんと挨拶してなかったなと思い、多少の照れくささはあるものの口にする。これからこの変人の巣窟であるクラスで学級長としてやっていくのだから、話す機会も多いだろう。

「何急に。気持ち悪い」

「し、辛辣!」

 バサッと言い切られてしまった。なんだか泣きそうだ。

「……まあ、こちらこそよろしく」

 渡島さんは早口でそう言うと、こちらに背を向けてそそくさと歩き始めた。

 毒舌で無愛想だが根本的にはいい子なのかなと思い、渡島さんの背中を見ながら少し笑みがこぼれた。

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