第1話 新しいクラス
教室に着き、中に入るとほとんどの人が教室にいた。
前の黒板を見てみると名簿順の座席表が張られている。それにしたがって着席している人もいれば、まだHRまで時間があるので自分の席を立ち友達とお話している人もちらほらいる。
俺はとりあえず自分の席を確認して席に着く。運よく真ん中の一番後ろの席。どうせすぐに席替えがあると思うが、テストのときは名簿順の座席になるので後ろの席はとてもありがたい。
「雪斗。おはよう!」
席について荷物を引き出しに入れていると、聞きなれた声がした。
顔を上げてみると、俺の幼馴染がそこに立っていた。
「おはよう、風神。今年も同じクラスだなー」
「おう、よろしくな」
幼馴染の名前は市川風神。暗い髪色と白い肌、パッチリした目に華奢な体つき。どう見ても美少女にしか見えないのだが、れっきとした男だ。今風に言うと「男の娘」というやつだ。うん、今日も可愛い。
「……なんか今、失礼なこと考えてなかったか?」
「気のせいだ。多分」
「多分ってなんだよ」
風神は可愛いといわれるのを嫌う。昔から可愛いと言われ続けているし、女と間違われて男に告白されたことは何度もあるらしい。それでいい加減うんざりしているのだろう。男だがら可愛いと言われるのが嫌という気持ちは当たり前ではあるのだが、俺からすれば可愛いと言ってしまう気持ちはよく分かる。だって可愛いんだもの。
「まあいいか。それよりも雪斗、さっきほかのクラスのやつが言ってたんだけど、5組の担任夏芽先生じゃないかって言う噂があるらしいぞ」
「え、まじか。あの夏芽先生?」
「うん。多分想像している夏芽先生であってるぞ」
風神に言われて思わず顔を引きずる。個性的な先生が多い中でもトップレベルで危険な先生だ。本当に担任が夏芽先生なんだとしたら、なかなか濃い一年になりそうだ。
「しかもクラスのメンバーも濃いし、今年はかなり荒れた年になりそうだな~」
俺と違って交友関係が広い風神は、クラスの面子をそこそこ知っているらしい。俺は基本的にそういうのに疎いのでクラスの名簿を見ただけではよく分からない。ちょくちょく知っている名前があったが、2年同じ学校にいるはずなのに知らない人ばかりだった。
そうこう話しているうちに、予鈴のチャイムが鳴り風神は「じゃあ後で」と軽く手を振り自分の席に戻った。
◇ ◆ ◇
HRが始まる頃には、全員が席についていた。
ちなみに美城高校の始業式は教室でのHRの後、2時間目に行われる。1時間目はHRということで新しいクラスで先生の話や自己紹介が行われるのが毎年の流れだ。
「はーい、席に着け……ってみんな着いてるか」
チャイムが鳴ると同時に教室に入ってきたのは、先ほど噂していた夏芽先生だった。
長い足が栄えるパンツスタイルのスーツ姿でけだるそうに入ってきた。長い髪は無造作に後ろでくくられており、すこしだらしないところはあるものの見た目は美人な先生だ。
教卓に持っていた出席簿らしきものをおき、手をつく。
「えー、5組の担任になった夏芽美保だ。よろしくな。不祥事起こした奴には問答無用に塩酸ぶっ掛けるからそこんとこよろしくな」
『なにがよろしくなんですか!』
先生とは思えない暴言にクラスメイトの顔が急にこわばる。
そう、この先生はとりあえず怖いのだ。笑顔でえげつないことを言う。担当教科が科学なせいか、常に塩酸やら水酸化ナトリウムやらえげつないものをフラスコに入れて持ち歩いている。3年生の今となっては慣れてきたが、1年生のころは本当に驚いた。慣れてはいけないものということは分かっているが。
「今年は3年生ということで進路に関して本気で考えていけよ。後からギャーギャー言われても知らないからな」
相変わらず毒を吐き、その後淡々と連絡事項を言っていく夏芽先生。
高校最後の年ということで今年は二者面談が増えるらしい。1、2年生のときは二者面談も適当に進学と答えてあっさり終わっていたけど、3年生はそういうわけにもいかないな。自分の進路もしっかり考えていかなければいけない。
最初の暴言に驚いたものの、進路の話や普通の連絡事項はクラスのみんなも真剣に話を聞いていた。風神は荒れそうと言っていたが、案外真面目なクラスなのだろうか。
「……と、まあ面倒くさい話はこの辺にして、とりあえず自己紹介をしていくぞー。出席番号順にするから、そうだな……名前と前のクラスと部活、あとなんか趣味とか好きなものぐらい言っておくか」
先生の割と短めの話が終わり、恒例の自己紹介タイムに入ってしまった。正直自己紹介は苦手だ。特徴がないというか、何を話せばいいか分からないからな。
まあ、真面目そうな雰囲気だし無難に自己紹介すればいいか。
そう安心しきっている状況で自己紹介タイムは始まった……。