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こちら妖精相談所  作者: 唯代終
3/4

依頼2

 ローズヒップの華やかな香りが、室内にふわりと広がった。

 こぢんまりとした室内の中心には、杢目(もくめ)が美しい簡素な丸テーブルと三脚の椅子。その内二脚は現在人が座っている。

 壁際に並んでいる本棚には大小様々な本やノートが並び、窓際にある小さな植木鉢には、白と淡い桃の花弁をつけたアリッサムがまぁるく咲いている。

 玄関に取り付けてあるドアベルは来客を知らせる大役を終えたばかりで、かすかに揺れながら日光を反射し金に輝いていた。


「それで、ミスター。ご依頼がある……というお話でしたが、詳しくお聞きしても?」


 うち一脚に腰掛けているミラが、緊張で跳ねまわる心臓を押さえつけながら口を開いた。きっちりと揃えて閉じている彼女の足元には、ノノンが控えている。大きく激しく、たしんたしんと尻尾が揺れている。どうやら不機嫌であるらしい。


「テトでお願い。ミスターなんて、気恥ずかしいよ。呼んでくれるなら、ぜひ、名前で」


 そう言ってはにかむのは、先ほど相談所にやってきた三人のうちのひとり。ミラと一緒に、椅子に腰掛けているもうひとりだ。

 テトは「どこから話そうかな」と、視線を宙に投げやりながら、思考の整理を始めたようだ。

 その隙に、と、ミラは彼のことをじっと観察する。

 星の光を集めたような金の髪は、耳を隠す程度で自然に切りそろえられている。すぅーっと通った鼻筋と、ふんわり笑みを描く口元。抜けるように白い肌も合わさって、作り物めいた美が彼に宿っていた。歳はミラより上……だが片手以上離れているようには見えない。白いシャツにスラックスという簡素な格好であるにも関わらず、彼の美を阻害することはない。否、簡素であるからこそ、彼の持つ美が際立っているのかもしれない。

 そしてなにより目を惹くのは、大きく輝く(あお)の瞳。極上のジェイドや澄み切った湖畔の水を思わせる、たおやかで爽やかな色だった。

 テトが不意に視線を上げる。ばちっとミラと目があった。彼はきょとりとまばたいたあと、柔らかく微笑む。


「なあに?」

「い、いえなにも!」


 慌てて視線を下げれば、足元にいるノノンの不機嫌そうな目とかちあった。同時に、くすくすと控えめに聞こえるテトの笑い声に、かすかに耳が熱くなる。

「そんなに急いでそらされると、ちょっと傷つくな」


 軽い調子で返される言葉に、嘘つき、と言いそうになるのをぐっとこらえて、ミラは「すみません」と返す。くすくすと響く笑い声に、余計に耳が熱くなるのを感じた。


「そうだ、」小さく両の手を合わせてから「やっぱりまずは自己紹介からにしよう」


 もう一度にこりと、テトが笑う。

 ミラの足を、ぱしんとノノンの尻尾がはたいた。


「まず、あっちの窓際にいるのがカイ」


 視線を流し、窓際のほうに。ミラも一緒にそちらに視線をむける。

 植木鉢に咲いているアリッサムの花をつついていた彼は、むけられた視線に気づくと、にかっと歯を見せて笑った。


「どもっ、カイ・ロペスです。テトの侍従……っていうのが一番近いかな。よろしくーぅ!」


 大きく手を振るカイの目は朝焼けの紫。光を吸い込んでなお輝く黒の髪は少々長めなようで、肩にかかっている。肌も黒く、着ている服も暗めの色なのもあって、夜闇にまぎれて見失ってしまいそうだ。そのくせ人懐こい仕草表情をし、明るい声で話すものだから、太陽と称するのがふさわしいように思える。


「それで、本棚にいるのがレナ」


 テトの声に促されるまま、ミラは本棚のほうを見る。またてしんと、ノノンが足首あたりをはたいてきた。

 花の図鑑を見ていた彼女は、その分厚い本を閉じ本棚に戻してから姿勢を正す。


「レナ・ベネットと申します。どうぞよしなに」


 ほんのりと微笑みをそえて、レナは真っ直ぐミラを見た。

 ストロベリーブロンドの髪は長く、高い位置でひとつにまとめられている。彼女の動きにあわせてさらさらと揺れ動くさまは、光のカーテンのようだ。笑みによって細められた目元は優しく和み、砂糖を焦がした飴玉のような瞳は、知性の色で輝いていた。明るいブラウンのカマーベストをきりっと着こなすさまは、同じ女性とは思えないほど凛々しく、憧れるほどに格好いい。


「それから、僕がテト。二人の主人……ってことになるのかな」


 目の前でテトが、ジェイドの瞳を優しく細めて、微笑んだ。

 大概の人ならば、うっとりと見惚れてしまうほどに調和された笑み。

 しかし何故だろう。ミラにはそれが、魅力的なものには見えなかった。


「では、私も」


 小さく咳払いをすれば、足元でまた毛玉が動く。


「改めまして、ミラ・カーティスです。この相談所の店主をしています。どうぞ、よろしくお願いします」


 ジェイドの瞳と目をあわせ、なるべく人好きがする笑みを浮かべて見る。

 と、テトは「店主?」と首をかしげる。


「ここの店主はご高齢のレディだとお聞きしていたんだけれど……まさか、君が?」

「そんなに高齢に見えるのかしら」

「いいや全く。夕陽の髪にエメラルドの瞳。まるで絵本の妖精みたいだ」


 返ってきた言葉に、ぼわっとミラの頬が熱くなる。カイの明るい笑い声とレナの呆れたようなため息が聞こえた。二人にもこのやり取りははっきり届いているのだ。それを改めて意識して、余計に熱くなってくる。


「そ、ういう分かりきったお世辞は結構よ! ……ですよっ」

「そう? 本音なんだけれどな」

「ならばなおさらですっ」

「そっか、残念」


 ミラの足元からとててっ、とノノンが移動して、テトのほうへ。彼はそれを認めるとほんのりと笑みを浮かべて、ノノンをなでようと手を伸ばす。

 瞬間。鋭い爪がテトの指先をかすめた。ノノンはふーふーと威嚇し毛を逆立てながら、牙をむき出しにしている。

 赤い線が浮かび上がった指先を見ながら、テトは小さくため息をついた。残念そうに眉を下げて落ち込んでいるさまは、ただの子どものようだ。


「この子の名前を聞いても?」


 テトは未だに、なでるタイミングをうかがっている。「ノノンです」と短く返すと「ノノンちゃんかあ。ふわふわでかわいいね」と彼は笑った。


「……ノノンは男の子です」

「えっ、」


 テトが顔を上げてミラに目をむける。と、またノノンが彼の手を引っ掻いた。「あてっ、」と情けない声が上がる。

 胡散臭い来客を快く思っていなかったノノンは、一矢報いて満足をしたらしい。ぴんと尻尾を立てて、悠々とした足取りでミラのもとに戻ってきた。

 一連の流れを見ていたカイはおかしそうに「そのにゃんこ、いいやつと悪いやつが分かるんだぜきっと」と、けらけらと笑いだす。


「えー。いい人だよ、僕は」

「そりゃ悪いやつって自分から言うやつはいないさ。なあ、レナ?」

「同感。今までの対応を見てるとただのナンパ師ですよ」

「えー……」


 足元のノノンをなでながら、ミラはレナの言葉に何度もうなずきたくなった。……そんな失礼なことは、したくてもできないが。

 先ほどに比べごきげんなノノンはミラの足元に丸まって、ごろごろと喉を鳴らし始める。最後にひとなでしてから姿勢を正したミラは「それで、ご依頼と言うのは?」と話題を変える。


「ああ、うん」テトもまた、姿勢を正す。「妖精が隠しちゃった物品を探して欲しくてね。……カイ」

「ほいほい、ただいまー」


 彼は胸元からなにかを取り出すと、すっとテーブルの上に置き、いたずらっぽく笑いながらミラに見えやすいように差し出す。

 出てきたのは、一枚の地図と、小さなメモ書き。

 地図のほうは紙の端がよれ、一部切れている。全体的に茶色く汚れていて、だいぶ古いものらしいことがうかがえた。地域の区分からして、一昔二昔も前のものらしい。海岸から少し離れたところのバツ印は、何度も何度も重ねて書かれたらしく、存在感がある。

 メモ書きのほうも、地図同様古いものだ。手帳のページをちぎったような風貌で、中央にただ一言、“歌声に耳をすませよ”と書いてあった。走り書きであるうえ、長い月日が経っているせいか、文字がかすれていて少々読みにくい。

 そこまで確認したミラは、話の続きを促すためカイに視線を送る。彼はにこやかにテトをしめすと「ノノン、俺と遊ぼうぜー」と、もふもふを抱きかかえ窓際へと戻っていってしまった。

 ぱたぱたと素早く尻尾を動かし逃れようとしていたノノンだが、カイが離してくれないことを悟ると、諦めたようにおとなしくなった。

 逃げられた、ととっさに思ったミラだったが「いいかな」とテトに問いかけられ、思考を切り替える。


「探して欲しいのは、クエレブレの盾」


 クエレブレ。

 口内で言葉を転がすミラに、テトがじぃと視線をよこす。


「なにか気になることでも?」

「……あるにはありますが、あとでまとめてお聞きします」

「そう? それじゃあ続けるよ」


 テトは柔らかく微笑んで、会話を仕切りなおす。――一瞬だけ冷たく細められた彼の目に、背筋が冷えた気がした。






 クエレブレの盾。

 テトの家に代々伝わる、とても大切なものらしい。熱い炎も、鋭い槍も、重たい岩も、ものともしない守護の盾。――それをテトの両親が、妖精と協力して隠してしまったのだという。

 両親の形見である盾の在り処をしめす手がかりは、古い地図と走り書きされたメモのみ。

 テトには妖精の姿を視ることも、声も聴くことも叶わず、彼らに関する知識もない。


「――それで、この相談所にやってきた……と」


 窓からさらりと風が吹き込み、アリッサムの花を揺らす。

 カイは懐から取り出したハンカチでノノンと戯れ、レナは本棚から適当に抜いたらしい本を開いていた。

 テトは「そう、その通り」と、目を細めて笑う。


「妖しき御魂を視る目と彼らの知識に関しては、相談所に勝るものはないだろうと思って」

「そりゃあ、負けたら仕事になりませんから」


 おちょくられたのか、褒められたのか。

 テトは眩しいものを見るようにミラに視線をむける。なんとなくの居心地の悪さを感じながら、ミラは少し下に目を落とした。


「わざわざここに依頼しにくる、ということは、その盾というのはとっても大事なものなんですよね」

「そうだよ」テトがはっきりとうなずく。「とても大事なものなんだ」

「手がかりは、本当にこれだけ?」

「だと思う。ほかにもなにかヒントがないか、邸宅(マナーハウス)街館(タウンハウス)も確かめてみたけれど、それらしいものはなにも」

「まなーはうすに、たうんはうす」

 

思考が固まる音を、初めて聞いた気がした。

 ミラは軋む頭を無理やり回して、意味を理解しようと努める。テトはそんなミラの様子に気づいていないのか「うん?」と不思議そうに首をかしげて笑っている。


「預かっている領地は全部見てきたよ。見落としがないとは言い切れないけど」


 にこにこと、にこにこと。

 なんでもないことのようにテトは言う。


「失礼を承知でお尋ねしますが」

「うん、なあに?」

「……貴族階級の方、ですか?」


 きょとりと、彼の目が丸くなる。(あお)い水面に波紋が広がって、静かになった。

 くすっと小さな笑い声につられそちらを見れば、レナが本で口元を隠しながら控えめに笑っていた。


「ミス・カーティス。それは、テトが従者などを連れてここに来ている時点で、気づいてもおかしくない事柄かと」

「……はっ」


 言われてみれば、確かにそうだ。初めての来客で自分がどれだけ舞い上がっていたのか自覚し、ミラは小さく息を吐く。

 さて、と意識を切り替えて、地図とメモに目を落とす。


「この印のところ、なにがあるんです?」

「その付近は領地だね」

「現地に行って確かめた?」

「もちろん。けど、特に気になるものもめぼしいものも見つからなかった」


 ミラのボディーガードは現在、仰向けに転がり宙空で舞うハンカチを仕留めようと、にゃごにゃごしている。カイはカイでしゃがみハンカチを振りながら、見えるようになったもふもふのおなかに夢中なようで、なでる隙はないかとうかがっていた。


「では、」メモ書きのほうをしめし「この歌声に心当たりは?」

「ないな。両親の知り合いである人にあたってみたけれど……」


 軽く首をふるとき、テトの髪がさらりと揺れる。

 ぱらりと、レナがページをめくる音が聞こえた。

 これは、からかわれているのだろうか。

 隠すこともなくため息をつき、「あのねえ」と声をあげる。柔らかな笑顔が返ってきた。


「あれも分からない、これも分からない。手がかりはたったのこれだけで、一体私になにをさせようと言うの? できるわけないじゃない。相談所に魔法使いがいるわけじゃないのよ」

「はは、そっちが素の口調? 僕は今のミラのほうが好きだなあ」

「ふざけないでちゃんと聞いてちょうだいっ」


 たんっ、と軽くテーブルを叩いて音を出す。

 腹をなでられて和んでいたノノンの尻尾が、ぶわっと広がった。


「こんなナイナイづくしで仕事ができると思っているなら、老齢で賢才な魔法使いのもとにでも行くといいわ。私は、自然崇拝を治めているドルイドじゃないの。手がかりやヒントを集めて、確かめて、隣人に協力を仰ぎお願いをするためにいる、相談所の店主よ。バカにしないで」


 エメラルドと、ジェイドがかち合う。お互いじっと見つめ合ったまま、視線をそらそうとしない。

 外で小鳥が、小さく歌う。

 風が吹き、アリッサムの花が揺れた。

 ノノンが短く、にゃごと鳴く。


「でも、」


 先に口を開いたのは、彼のほう。


「ミラはさっき、クエレブレの名に反応したよね」


 ふっと目元を緩ませて、彼は笑みを浮かべる。


「僕は、その知識がほしい。引っかかりを覚えるほどの引き出しもない僕に、君の棚を、見せて欲しいんだ」

 そのための相談所でしょう。


 射抜くような、突き刺さるような視線。しかし棘はなく、確かめるような意思が覗く。

 ミラは思わず、然り、とうなずきそうになった。視えない人々に代わり声を聴き届けたのが、相談所の興り。知識を提供するのもまた、相談所の仕事だ。

 レナの視線を感じる。本を開いてはいるようだが、心配そうにミラの様子をうかがっているようだった。


「ミラさんさぁ」


 ノノンの肉球をいじりながら、カイがにやりと笑った。どことなく、挑発的な色が見える。


「できないならできないって言ったほうがいいと思うぜ?」

「できないなんて言ってないじゃない」

「じゃあ、できるの?」

「…………」

「やっぱりできないんじゃん?」

「で、できるわよっ」

「へえ……?」


 カイの笑みがにたーっと溶けるように広がる。


「できるんだったら、依頼受けてよ。俺らめっちゃ困ってるの」

「こらカイ、無理強いはよくないよ」


 テトがほんのりとたしなめるが、当の本人は「えー?」と声をあげるだけ。レナも、本を両手で抱えたまま、口を開いては閉じてを繰り返している。


「だあーってさー。本当にできることなら引き受けてほしいっていうのは本音だろ? なんでダメなのか説明してもらわねえと納得いかねえもん」


 ノノンがじいとミラを見る。どうするのだと、問いかけるように。たしんと尻尾が床を打った。


「……私が断った場合、お三方はどうするつもりかお聞きしてもいいですか」

「そりゃあもちろん」テトがにこりと笑う。「これからどうしようか三人で相談するよ」


 つまりそれは、あとの予定がなにも決まっていないということなのか。

 ミラは、彼ら三人が来る前にノノンと話していたことを思い出す。相談所はすでに廃れたのだという、あの話を。

 それを認めるつもりは毛頭ないし、世の中に現存している相談所がここだけだとは到底思えない。

 けれど、けれどだ。

 ここでミラがテトらの依頼を断ったら? 両親が遺した“クエレブレの盾”とテトが再会する未来が、少し遠くなる。

 それだけならまだいい。まだこの相談所(ミラ)に実害がないのだから。

 ここは、ミラが敬愛してやまない祖母から引き継いだ相談所なのだ。悪い噂でも流されたら、たまったものじゃない。


「あそこを引き継いだ店主、簡単な仕事も断るらしい」「なんだって? それは妖精が視えていないんじゃないか?」「かもしれない。貴族の依頼もえり好みして断ったとか」「それはもう詐欺に違いないな」


 ――否、否、否!

 そんなことはさせちゃいけないっ。

 小さく拳を握りしめて、ミラは決意を固める。

 ノノンが呆れたようにこちらを見つめているが、気にしてはいけない。いけないのだ。


「んで? 結局ミラさん受けてくれるの?」


 カイの問いかけに、はっきりとミラは答えた。


「ええ、ええ。いいでしょう引き受けます」

「……本当に?」


 小さくつぶやかれたテトの声。今までの、どこか人を試しからかうような色が潜んだ、真摯な声だった。

 それに対し、彼女はしっかりうなずいてみせる。


「もちろん。妖精に関する知識を分けるのだって、相談所の立派な仕事だわ。断るわけないじゃない」

「そう……」


 テトは視線を伏せ、口元にかすかな笑みを浮かべた。それは、迷子の子どもがようやく我が家にたどり着いたような、溶けるような笑みだった。

 が、その表情は一瞬にしてかき消える。彼が顔を上げたときには、見慣れたにこにこ笑いに戻っていた。


「よかった。断られたらどうしようかと思っていたんだ」


 それじゃあ早速報酬の話をしよう。

 にこやかな笑みとともに彼に呼ばれたレナは、無造作に足元に置いてあったカバンを持ち上げる。そうしてカバンの中身をミラに見せた。

 さーぁとミラの顔から血の気が失せていく。


「それは前金」

「前金……!? この、この金額が!?」

「成功報酬も、きちんと用意してるから」

「まだ出てくるの!?」

「もちろん。でもそれは、きちんと盾を見つけられたら、の話だけどね」


 さらりと告げられた内容に、めまいさえ感じそうだ。

 あの金額を見て、ようやっとテトが貴族なのだと理解ができた気がする。金銭感覚が一般庶民であるミラとは違う。違いすぎる。

 落ち着こうとすっかり冷め切ったハーブティーに口をつける。味を感じる余裕などなかった。


「その反応を見るに、前金は充分だったみたいだ」


 くすくすと控えめに彼は笑う。


「相談所の相場なんて、分からないから」


 なにかを言おうとして口を開く。が、結局出てきたのはため息のみで。

 同情とも気遣いとも言いがたい目線が、レナから飛んでくる。

 それに気づかないふりをしながら、さてこれからどうしようかと、考え始めたときだ。

 テトが窓のほう……正確には、窓際の鉢植えを見つめているのに気がついた。


「花言葉、知ってる?」

「え?」ミラも窓辺に目をやって「アリッサムの?」

「そう、あの花」

「……一応は。“いつも愉快”“飛躍”よね」

「それだけじゃないよ。もっと有名なのがある」


 カイが花の香りを捕まえようとするように鼻先を引くつかせ、いつの間にかミラの足元に戻ってきていたノノンが尻尾をぴんと立てている。

 そうして、テトの視線がすべるようにミラに戻ってきて、


「“美しさに優る価値”」


 ぱたんと、レナが本を閉じた。

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