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土曜日・三


 Q

  あなたにとって

  世界とはなんですか?

 A

  手の届かない遠いところで

  キラキラと輝いて見えるものです


 ◇◇◇


「お、今日も来たか」

「はい、いつものブツです」

 半額のシールが貼られたおにぎりと菓子パンの入ったビニール袋を佳介さんに渡す。

 いつもの廃神社、いつもの時間、夜の21時半ごろ。

 いつものように佳介さんと話をしに。

「いつもすまないねぇ。だけど毎回だとけっこう出費してしまうだろうに」

「これはお礼だから。佳介さんに助けてもらったことは感謝してるから。それに年末には両親が出張から帰ってくる。そうなるとこの時間に外に出て見切り品も買えなくなるし」

「お礼はするけど、値切って買えるもので量をカバーするとか、しっかりしてるなー」

「それはどうも。それにしてもいい匂いだね、それどうしたの?」

 佳介さんは手回しのコーヒーミルのハンドルを回して豆をごりごり挽いている。

「良さげなコーヒー豆が手に入ったからなー。どうせなら美味しく飲みたいだろ。手間はかかるからちょっと待っててなー」

 ごりごりごりごりごりごり。

 いったいどこから手に入れて来るのだろう?

「宏佑くんも物好きなことだな。いや、遊びに来てくれるのは嬉しいことだけど」

「佳介さんの話をいろいろと聞きたいから。学校の先生が言わないようなこととか聞けるし」

 佳介さんの目から見た世界、ホームレスの視点から見た社会、逃亡中の指名手配犯の視界に映る人達。

 大人が子供に教えないこと、伝えないこと。消されてゆく本当のこと。無いほうが都合の良いこと。

 歴史は繰り返す、なんて言うけれど過去にあったことを皆が忘れてしまえば同じことを繰り返すのは当たり前だろう。

 人間の本質はそう簡単には変わらない。


「佳介さんのころと今で教科書の中身が違うってことなんだけど」

「音楽の教科書がわかりやすいか? 昔からあった童謡が差別に抵触するって理由でいくつか消されてる。差別が良くない、という理屈はわかるけどそれで子供に見せないようにするってのがよーわからん」

「子供が見たら真似するからじゃない?」

「それを教えるのが先生とか教師とか親とかまわりの大人の役目だろ。教える手間がめんどくさいから見えないように隠してるだけでな。俺がちっちゃい頃に行ってた保育園には『地獄巡り』なんて絵本があったもんだが」

「凄いタイトルの絵本だね」

「中身も凄い。江戸時代の地獄絵図にひらがなで子供にも分かりやすく書いてあった。悪いことをした人が地獄でどんな責め苦を受けるのかが絵で見て解る。全身に針を刺されたりとか、鬼に鋸で輪切りにされて食べられたりとか。あの絵本以外で両断された人間の内臓が描かれた絵本は見たことが無い」

「それは、ちょっと見てみたい。でも子供に見せるものじゃない気がするなぁ」

「あーいうのこそ子供に見せなくてどーするのか。悪いことをすれば地獄でこんな目に遭うってな。まぁこの浮き世でのうのうとしてる悪党に酷い目にあってほしいという願望でもあるけどな」


「すべての犯罪者が法律で裁けるわけでは無いからね」

 佳介さんを見ながら言う。悪人では無いけれど犯罪者。佳介さんはニヤリと笑って、

「俺みたいに捕まらない奴がいるからな。法律も条例も万能じゃ無い。昔に作られたものなんてのは今の時流に合わなかったりするし、偉いさんの都合でできたものなんてのは実効不可能だったりする。どこの国か忘れたけどおかしな条例があったぞ」

 佳介さんが淹れたコーヒーを受け取って一口飲む。ちゃんと豆から挽いて淹れたコーヒーは香りが違う。

「どんな条例なの?」

「とある街で問題が起きた、共同墓地がいっぱいになってしまった。キリスト教圏の街で土葬だから人が死ぬと埋める土地が必要になる。市は新しい共同墓地の土地が必要で探したものの見つからない。空き地でも墓地にするとなると周りの住人が反対する。困った市は解決するために新しい条例をひとつ作った。さて、問題です。どんな条例でしょうか?」

 佳介さんはコーヒーを飲む。土地の問題を条例ひとつで解決できるものなのだろうか? 考えてみてもわからない。思いつきで言ってみる。

「土葬をやめて火葬を推奨する、とか?」

「長年土葬でやってきた街の人達には受け入れられないな。まぁ、今じゃ土地の問題から土葬から火葬に切り替える宗教もあるから、いいとこ突いてるぞ」

「降参、わからない」

「答えは『市の許可無く勝手に死んではいけない』という新しい条例ができました、だ」

「それ、無理なんじゃない?」

「無理でも無茶でもこれで問題は解決だ。法律も条例もそのときの社会の都合でできる。だから法律を守る悪党がいるし、法律を破る善人がいる。そこを勘違いして法律さえ守れば何をしてもいいという輩は多いけどな」

 法は法、正義は正義、混ぜてごちゃごちゃにすると分かり難いということかな。

「ま、捕まらないことをいいことに他人のものを盗んでる俺に言われたか無いだろうがね」

 逆に佳介さんだから言えることでもあるんだろう。

 捕まらない才能、逃亡の天才。


「佳介さんはよく何年も捕まらずにいられるね」

「運もあるけどな。あと、俺が個人で組織犯の一員でも無いし、警察もいろんな仕事で忙しいんだろう。それになぜか俺と話をする人ってのは宏佑くんみたいに通報しない人達だから」

「人徳なのか才能なのか」

 佳介さんは菓子パンの袋を開けてチーズ蒸しパンを食べる。

「才能って言葉は、使い方にもよるけどあんま好きじゃない」

「どうして? その捕まらない才能で逃げ延びられているのに。それに佳介さんは人の才能が見えるんでしょ?」

「まぁ、確かに人には才能ってもんがあるよ。俺もこれのおかげで生きていけるわけだし。あと、人の才能が見えるっていってもその片鱗がちらりとでも見えないと解らない。宏佑くんもなにやら変わった才能があるようだけど、その正体は解らんままだし」

「それがなにかは知りたいところだけど、誰でもなにかの才能は持ってるものなんでしょ?」

「だからって才能なんてもんに生き方を曲げられるってのはな。いや、俺が嫌いなのは才能が無いから諦めろ、とかいう理屈のことだ」

「なんで? 才能が無いものを努力するのは時間の無駄のような。それよりは結果の出そうな方面に時間とか労力を使ったほうがいいんじゃないの?」

「それが正しいってのは解るが正しいからって気に入らないものは気に入らない。才能が無いから諦めた方がいいってのは、行き着くと『お前にはこの世界で生きていく才能が無いから、諦めて死んだ方がいい』って理屈だ。生きるのにむいてないから自殺した方がいいって言われて、はいそうですかと自殺するやつもそうそういないだろうよ」

「極論だけど、そうなるのか」

「産まれてしまえば誰だって生きていかなきゃならん。そこに才能の有る無しなんてのはあんまり関係無い。それに皆が皆、己の才能に目覚めてしまったら世の中えらいことになる。この町だけで、詐欺、スリ、空き巣、快楽殺人の才能の持ち主がどれだけいると思う?」

「それを聞くと怖くて町を歩けなくなりそう」

 どんな人にも必ずなにかの才能はある。あるけども、それはやたらと世に出ていいものでは無い。

 全ての人達が平和な社会で生きていたいのであれば。

 詐欺の天才、スリの天才、空き巣の天才、快楽殺人の天才。

 僕が知らないだけでこの町は天才揃いらしい。


「空き巣で思い出した。昼間に空き巣の事件があったってニュースでやってた。訪問販売に来た人が出くわしてその人が怪我をしたって」

「あー、昼間のあれか。そういうことになったか」

 佳介さんはごそごそとポケットから出した紙を広げて僕に渡す。なにかの書類。

「これ、なに?」

「その空き巣に出くわした訪問販売の兄ちゃんの販売契約の紙」

「空き巣って佳介さん?」

「違うけど。その訪問販売の兄ちゃんがこそこそと家に入って行くのを見て、気になって後をつけて行ったんだ。で、その兄ちゃんは寝たきりのじいちゃんを横目に見ながら、タンスとか引き出しを漁って判子を見つけてな。泣きながらその訪問販売の契約書にその判子を押してたんだ」

「えっと、その人はなにしてたの?」

「気になるだろ。俺もその兄ちゃんを後ろから左手で首を絞めて右手のナイフを目の前でちらつかせて聞いてみた。その兄ちゃんが言うには会社のノルマが厳しいと、今月ノルマが達成できないと会社をクビになると、どんな手段でもいいから契約を取ってこいと上司に脅されていると言ってた」

「ずいぶんと厳しい会社みたいだね」

「それで留守の家に進入して判子を探して契約書に押してたんだと。悪いことだと解っていても仕事のため、ノルマ達成のために他にできることは無いんだとよ。まじめなことだ。で、俺はその兄ちゃんの後頭部を殴って首を絞めて落として気絶させた。その書類はそのときに持ってきたやつだ」

 それが昼間のニュースか。ニュースでやってたのは、空き巣に出くわした訪問販売員が殴られて気絶。その間に空き巣は逃走した、というもの。

 訪問販売員に見つかったことで、空き巣の被害は無かったそうだ

 その訪問販売の人のほうが実は空き巣だったと。

 僕は判子を押された契約書を見ながら、

「まじめに仕事をしてたら、いつのまにか人の家に進入してタンスを漁ってました、か」

「見つからなければ、ばれなければ違法では無い。そんな姿勢でやってる会社や企業なんてのはごろごろしてるもんだ」

「でも、人の家に判子を盗みに入ってたら、そのうちバレるんじゃないの?」

「バレるまでは売上が上がるし、バレてもその社員一人の独断と責任にしてしまえばいい。これもリストラって言うんかな?」

「ただの空き巣のほうがスッキリしててましなような気がする」

「だろ? 年が開けてこの神社からおさらばするときには、その会社のその上司でも殺してくるかね」

「それでこの書類を持ってきたの?」

「住所と電話番号も書いてあるからな」

 依頼が無くても仕事をするんだろうか、この必殺仕事人は。


 もしかしたら警察はわざと佳介さんを捕まえていないのかもしれない。

 捕まえずに野放しにしてた方が、世の中が良くなるかもしれないから。

 流石にそれは無いか。指名手配犯の捜索の他にも警察がしなければならない仕事が多くて、優先順位の問題なんだろう。


「あ、そうだ。明日警察に行くことになってるんだ。学校で起きた事件の事情聴取で」

「事件の目撃者はたいへんだなー」

「出くわしたのなら仕方のないことで、これも市民の義務ということで。それで佳介さんに聞きたいんだけど」

「なにを?」

「警察に疑われたりとか、目をつけられたりとかしたく無い。事情聴取ってどんな態度や姿勢で受けるのが中学生男子らしいのかな?」

「あー、俺のこと黙ってるのが態度とかに出ないようにしたいってこと? ま、宏佑くんが中学生らしくないという自覚があるんかな? 俺には今時の中学生というのがよく解らんけど」

「警察に事情聴取されるなんてのも初めてだし緊張する」

「そこで緊張しない奴ってのが目をつけられるんじゃ無いか? そうだな、通常の自分の身体の状態と、緊張してるとき、動揺したときの身体の状態の違い、その違いを細かく実感してコントロールできるようになるといい、かな? ポイントは脈拍と呼吸、胸から脇腹にかけての筋肉の緊張状態。人が身を守るために緊張するのは胴体の筋肉を絞めて固めて外からの攻撃から内臓を守る防衛本能の名残(なご)りだから。あとは、警察に呼ばれた中学生がおどおどするほうが自然に見えるだろうから、余裕を見せないように程よくびくついたりしたらいいんじゃないか」

「なるほど」

 無害さを演出する身体の操作方法、こういうことこそ社会で生きていくために学校で教えてほしい科目だ。

 そうすればいじめも減るんじゃないかな。


 昼に歩さんと会って、美咲先輩とデートして、夜に佳介さんと話をして、明日は警察署に。

 休みになってもなにかといろいろある。



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