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金曜日・四


 Q

  ランプの魔神が現れました

  願いをみっつかなえてくれます

  なんと願いますか?

 A

  あいつを殺せ

  そいつを殺せ

  どいつもこいつもぶっ殺せ


 ◇◇◇


 ちーちゃん。草薙千尋。

 僕と同じクラスの女の子。

 うつむき加減の暗い顔はいつもと同じで、昔から変わらない。

 長い髪は首の後ろでゴムでくくって、寒いからか灰色の毛糸の帽子をかぶっている。

 中学に入ってからは話をしたことも無いけれど、仲の良かった幼なじみ。

 そのちーちゃんが佳介さんの住む神社に入ってきた。

「立ってないで座りなよ」

 佳介さんが促すとちーちゃんは佳介さんの正面、ランプを挟んだ座椅子に座る。

 そのままちーちゃんはポケットから出した封筒を佳介さんに差し出す。

「あの、ありがとうございました」

 小さな声、震える声は聞き取りづらい。

 佳介さんはその封筒を見て、

「あー、それな、受け取れない」


 佳介さんは石油ストーブの上のケトルをとってインスタントのコーヒーを淹れる。

 マグカップに入れたコーヒーをちーちゃんの前に差し出して、

「外は寒かったろ?」

「……はい、寒かったです、ありがとうございます」

 ちーちゃんは封筒を一旦わきに置いて、両手でマグカップを手に取る。ふーふーと息を吹いて口をつけようとするけど、熱くて飲めない様子。

 佳介さんは自分の肩に毛布をかけ直して、

「お嬢ちゃんに頼まれたのは殺しだけど、俺が直前に気がかわっちまったから殺してない。だからその後金は受け取れない。前金も返そうか?」

 ちーちゃんはふるふると首を横に振る。

「要らないのかい? 俺はお嬢ちゃんに頼まれたことを果たしてないんだけど」

「あの、聞いても、いいですか?」

「なにを?」

「どうして、殺さなかった、のか」


 佳介さんはコーヒーを一口飲んで、

「お嬢ちゃんの話を聞いて、今のいじめってのも酷いもんだなーと同情したからその女を殺していじめを無くそうとそのときは考えたんだが。あの学校に入って、教室の中で制服着て座ってる高崎陽子を見たら、改めて子供だなーと気づいたわけよ」

 ちーちゃんはまじめに佳介さんの話を聞いている。僕は息をひそめて屏風の裏でおとなしく二人の話を聞いている。

 ちーちゃんが佳介さんに殺人を依頼した、ということか。

「で、子供ならこれからいろいろ知って学んで更正して、いじめもしなくなるかもなーと考えて左手1本で許してやることにした。あの子がグループのリーダーなんだろ?」

 ちーちゃんは頷く。

「そんなわけで殺すのはやめた。これで最初の約束と変わったから仕事料をもらうわけにはいかん」


 ちーちゃんは封筒を改めて手に取って、

「でも、これで私はいじめられなくなると思います。それに、あの女が腕を切られて泣き叫んでいるのを見て、」

 ちーちゃんは薄く笑って封筒を差し出す。

「胸がすっとしました。だから、これはそのお礼です。ありがとうございました」


 佳介さんはしばらくちーちゃんの顔を見てから、封筒を受けとる。

 封筒を開いて中から出てきたのは一万円札一枚、五千円札一枚。

 佳介さんは五千円札を胸のポケットに入れて一万円札は封筒にしまい直して、その封筒をちーちゃんの膝の上に置く。

「ま、こんなもんかな」

 ちーちゃんは不満そうに封筒を手に持つ。


「これからはなんとかいじめられないようにするんだな。逃げるとか隠れるとか、相手を夜道で後ろから襲うとかして。いじめってのはどこにでもある。学校を卒業したら終わりってもんじゃない。社会に出ても、会社の中でも役所の中でも警察の中でも病院の中でもいじめはある。パワハラとかセクハラとか名称が変わってもな。年をとって老人ホームに入っても、老人ホームの中でもいじめはある」

 佳介さんはふぅ、と息を吐く。

「ゲートボールの大会で負けたチームが、ひとりのおばあちゃんがミスをしたのが原因と、年寄りがチーム一丸となってそのおばあちゃんをいびってな。そのおばあちゃんは老人ホームの中で首を吊って自殺したよ」

 佳介さんはいろんなことを知っている。たまたまそういう事態に出会うことが多いだけ、と言っていたけど。

 コーヒーのマグカップを両手で持って飲むちーちゃんに佳介さんは、

「一度いじめられるのに慣れてしまうと、まわりの連中はそこにつけこんでくる。それは死ぬまで一生つきまとうことになる。だから、なんとか自分なりの身の守り方を身に付けないとな」

 黙って聞いていたちーちゃんは、

「……はい、なにか、考えてみます」


 ちーちゃんはコーヒーを一杯飲み終えて、

「本当にありがとうございました」

 佳介さんに深々と頭を下げて、神社を出て行った。

 なんだかちーちゃんの声を聞いたのは、随分と久しぶりのような気がする。


 目をつぶっていた佳介さんは、

「もういいかな。外の石段を半分下りて、引き返してくる様子も無い」

 外の足音でそこまで解るものなんだろうか。僕は屏風の裏から出る。手には黒いシルクハットを持って。

 さっきまでちーちゃんがいた座椅子に座って、シルクハットに指を入れてくるくる回す。

「あれ、佳介さんだったんだ」

「あの教室に宏佑くんがいたから、おれもちょっと驚いた」

「肌の色とか違うんだけど?」

「そこはドーランで。うろついて見つけた倉庫の中にいろいろあったから貰ってきた」

 あれだけ目立つ特徴のある金髪の外国人を探してたら、佳介さんは見つけられないだろうな。そのための擬装なのか。

「で、俺を警察に通報するかい?」

「僕がそうしないって解ってるんでしょ? それにちーちゃんのこと助けてくれたわけだし」

「ちーちゃん? 随分と親しげな呼び方だな。ただのクラスメートじゃ無いのか?」

「ちーちゃんの家が僕の家と同じ宗教に入ってる。ちーちゃんとはその宗教の子供の会で一緒に遊んだ仲なんだ」

「だったら、あの子がいじめられてたのは知ってるんじゃないのか?」

「それはぜんぜん知らなかった」

「ん? 仲良しなんじゃなかったのか?」


「僕が宗教活動に熱心な方じゃないから。ちーちゃんの母親が厳しい人で、ちーちゃんに『あんな信仰心の無い子と一緒にいちゃいけません』って。ちーちゃんはいい子だからちゃんと親の言いつけを守ってる。中学に入ってからはちーちゃんと話をしたことは無いよ」

「元気が無くておとなしいお嬢ちゃんなのは、そうなる理由もあったってことか。クラスのいじめにも気がつかなかったのか?」

「僕のクラスは男子と女子で仲が悪いからね。男の僕じゃ、女子が隠れてなにをやっているのかは解らない」

「なんでまた。漫画でも小説でも学校の中は男女でイチャイチャして恋愛したり失恋したりしてるっていうのに」

「そこは物語と現実の違うとこだね。四月ごろに女子の体操服が盗まれる事件があった。女子は男子を疑って気持ち悪いと言い出した。で、犯人は学校外の変態おじさんの仕業で、その人が逮捕されて原因は解明した」

「それで仲直りできなかったのか?」

「それは無理。女子全員は男子を気持ち悪いと言って、男子全員は女子は証拠も無く人を犯罪者扱いするクズというのが、僕のクラスの風潮だよ。あのクラスでは男と女が話をしたら、それだけで両陣営から裏切り者呼ばわりされる」

「ぜんぜん、青春という感じがしない」

「僕としては集中して勉強できるからいいけど。他には男子一同で仲良くなっているから、僕にも話をする同級生がいる。人って仲良くするためには敵がいた方がいいんだね」

「まぁ、会社とかでも上司が嫌われものの役立たずだと、その部下同士は仲良くなったりするけどな」

「そんな事情で、クラスでちーちゃんとは話をしたことも無いし女子がなにをしてるのかも知らなかった。ちーちゃんがいじめられてたって初めて知ったところ」

 腕を切り落とされた高崎陽子がいじめグループのリーダー格。

 だからあえて学校なんて目撃者の多いところでやったのか。

 高崎陽子が腕を切り落とされるところを、他の女子にも見せつけるために。

 最初の予定では殺すつもりだったみたいだけど。

 確かにいじめをするのが死んでいなくなれば解決はするのか。

 乱暴だけど最も早く解決できて、他の生徒への見せしめにもなる。高崎陽子は死んではいないだろうけれど、ちーちゃんへのいじめは無くなるのかな。


「佳介さんも今回は派手にやったね」

「バカバカしいけどインパクトはあったろ。復讐を怖れる気持ちを叩き込む以外には、考えなしの更正なんて難しいだろ」

「これでちーちゃんをいじめるのはあのクラスにはいなくなるかな」

「それはどうだろうな。本人が自衛できるようにならないと。しかし今の時代ってのは陰湿だなー。俺の頃はもっと解りやすかったもんだが」

「佳介さんもそういう経験が?」

「俺はおんぼだからな」

「? おんぼって何?」

「俺の田舎、とある集落に産まれた奴は人間以下の畜生同然の扱いを受ける。そこに産まれたのはおんぼって呼ばれるんだよ」

「そんなのがあるんだ」

「平成生まれの子にはわからんか? 昭和まで残ってた風習だから。呼び方は地方でいろいろ違うけど日本全国にあるぞ。『おんぼは犬ころと同じ』『おんぼは人間じゃ無いからあばらの骨が1本たらんのじゃ』とか言われたもんだ。レントゲン撮れば骨の数が多いか少ないかすぐに解るのにな」

「今はそういうのは無いの?」

「みんなが忘れたからって昔さんざんやらかしてたことまで無かったことにしようってのが、俺には気にくわんけどなー」

 産まれたときから人間扱いされない生活。それなのに人に優しい正義の人。歪なところもあるけれど、高崎陽子の腕を切ったのもちーちゃんのため。いじめを無くすため。

 正義を行えば世界の半分を怒らせる。法に触れて罪人となる、か。

 僕はそこまで大きな事をしたいわけじゃ無いけれど、これからも平穏無事に過ごすためには憶えておこう。


「そろそろ帰るね」

「遅くなったから気をつけなー」

「うん、また来るね」

「じゃあな」


 マフラーを首に巻き直して外に出る。外は寒い。そろそろ雪の季節だろうか? ペンライトを取り出して足元を照らして帰る。

 昼間の腕切り事件の犯人は、変装した佳介さんだった。

 謎はすべて解けた。犯人は見つかった。

 だけど、僕は警察でも刑事でも探偵でも無いし、警察に佳介さんのことを教えても、僕になんのメリットも無い。

 佳介さんが無差別に似たような事件を起こすはずも無いから知り合いが被害に合うようなことも無い。

 それどころか、夜に出歩いてホームレスと仲良くしてるとか警察に話したく無いし、こんなことで警察に目をつけられるようなことにはなりなくない。家族にも知られたくないし、心配させたく無い。

 なので佳介さんのことは誰にも話さないことにしておこう。


 こうして桐原中学校の女生徒腕切り事件はこっそりと解決した。

 警察には犯人は行方不明で終わりってところで。




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