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金曜日・三


 Q

  赤い風船を持った女の子が

  お使いに行きました。

  その女の子はどうなったでしょうか?

 A

  明るい物語を作るのがポジティブな人

  悲惨な結末を思い付くのがネガティブな人です


 ◇◇◇


 佳介さん。無職のホームレス。

 僕が高校生に「財布を出せ」と恐喝されたときに助けてくれた恩人。

 そのときに、寒い季節を過ごせそうな空き家でも無いか? と、聞かれたのでこの半分壊れた神社に案内をした。

 以来、佳介さんはここに住み着いて僕は夜に差し入れを持ってくる。


 パッと見には二十代後半の男性。誰が見てもカッコいいと言うだろう。

 だけど佳介さんと会っても、離れて十歩も歩けばその顔を思い出すのが難しい。

 テレビの芸能人とか、似てると言えば似てる人もいる。だけどこれといった特徴が顔に無いから記憶に残りにくい。

 テレビ番組で美形とはなにか、というような特集があってそこに佳介さんとよく似た顔があった。

 人の男性の顔写真を百人分デジタル合成した顔。多くの人の顔の平均値、整った顔、見た目のいい顔。

 そのかわり特徴も個性も無く、記憶に残りにくい、憶えにくい顔。

 この顔も佳介さんが警察に指名手配されても、未だに捕まっていないことの要因のひとつだろう。


 佳介さんは見つからないこと、逃げることが得意だという。

「なんとなく解るんだよ。あっちはまずいとかそっちは駄目だとか。そのカンに従ってるだけで意外と見つからないし逮捕もされないもんだ」

 メロンパンを美味しそうに食べながらコーヒーを飲む佳介さんは、極悪な殺人犯には見えない。やさしそうなおじさん、またはお兄さんに見える。

 逃走者としての才能、なんだろうか。

 そんな佳介さんの趣味は、人助け。

 先週の水曜日だったかな?

「おじいさんを背負って歩いてたけど、あれなんだったの?」

「んー、ボケて徘徊してたみたい。横断歩道の上で倒れて、その前でトラックがパーパーとクラクション鳴らしてやがってな。仕方なくおんぶしてそのじーさんの家まで運んでた」


 野良猫に手を出して引っ掛かれた子供の傷を公園の水道で洗ったりとか、自転車のチェーンが外れて困ってるおばさんの自転車を直したりとか、そんなことばかりしている。

 何故かそんなところによく鉢合わせしている。そのせいで殺人犯として指名手配されることになったとか。

「宏佑くんも気をつけろよ。うかつに人助けなんぞしてると犯罪者になって追われるはめになる」

「それなのに、なんでいつも誰かを助けてたりするの?」

「俺はもう殺人犯の指名手配犯だからいいんだよ。正義を行えば世界の半分を怒らせるっていうだろ?」

「人には親切にしましょうって、大人は言うものだけど」

「親切ってのは親を切るって書く。誰かを助けるためには自分の親を切り捨てる覚悟がいるって意味だ」

「うーん。そこまでしてやっかいなことに関わる気は無い、かな。佳介さんはなんでそこまでするの?」

「嫌なんだよ。見て見ぬふりして通りすぎたあと、ずっともやもやしたもの抱えてんのがさ。それでついやってしまうんだが」


 佳介さんの人助けと今の社会とは相性が悪いらしい。

 人助けとは人に関わることだから、助けたその人の事情や事件にも関わることになる。誰かを助けたことが原因で法を犯して犯罪者となる事例なんてのは、世界中にたくさんある。

 平穏無事に過ごすためにも、僕はもっと法律とか勉強しないといけないか。迂闊な人助けで残りの人生を犯罪者として過ごしたくは無いし。


 だけど、

「佳介さん。文字どおりの佳く人を助ける人だね」

「そんな願いで名付けられてはいるけどな。いい大人はここでこう言うべきか? 俺みたいな奴になっちゃいけないぞ、と。それと宏佑くんも、広く人を助ける人物ってことだから注意しないと俺みたいなホームレスになっちまうぞ」

「僕はそこまでできないよ。たぶん」

「そうかぁ? 俺の見たところ宏佑くんはかなり変わった才能の持ち主のようだけど。しかし、お互い苦労するよな」

「なんのこと?」

「名前だよ名前。俺らみたく『すけ』で終わる名前はあだ名はスケベで決まりだからな。こーすけべ、とか呼ばれてたんじゃないの?」

「小さいころはそんな呼び方されたりもしてたっけ。でもそれなら佳介さんはいいんじゃ無い? だって佳いスケベなんだから」

「佳いスケベってなんだ?」

「人から佳いと言われるスケベ、なにか役にたったりとか、あ、スケベなことしたら変身するヒーローとか?」

「変身するために電車の中で痴漢とかすんのかその変身ヒーローは。子供の教育上よくないヒーロー番組になりそうだ」

「僕のは広いスケベか、こっちの方がひどくない? なにが広くてもダメっぽい」

「対象年齢幅が広くてお婆ちゃんも幼稚園児もいける、とか、受け入れる変態プレイの幅が広くてなんでもばっちこーい、とか?」

「うん、最低な奴みたいだね、僕って。それだと、だいすけ、だと大きなスケベになるのか。なにが大きいんだろ?」

「ナニが大きいか、大きいのが好きなのか。スケベなことすると巨大化するヒーローなのか。ちょうすけ、だとスーパースケベか。凄いことになりそうだ」

「金色に光って空を飛びそうなスケベだね」

「スケベ力が高すぎて計測器が壊れたりすんのかな」


 だいたいはこんな話ばっかりだけど、僕には深く付き合うような友人がいないからこんな会話というのはなかなか楽しい。

 佳介さんとは歳も離れているのに気を使うことも無く話ができる。妙に話しやすい人でもある。

 たぶんそれで誰にも話せないような困ってることを佳介さんに話す人がいて、それを佳介さんがなんとかしようとした。

 その結果が殺人事件の容疑者として指名手配に。

 人がいいのも考えものだと思う。そのおかげで僕は助けてもらったのだから文句は無いけれど。

 なにが良くてなにが悪いのか、世の中は難しいことばかりだ。


「しかし、今日も来るとはな。昼の事件で外はパトカーやらおまわりさんがウロウロしてんじゃないのか?」

「そうでも無かったよ。外は寒いから。学校のまわりの方がマスコミとか騒がしそうだけど。テレビにも学校が出てたし」

「こんな日に夜に外出て、家族がうるさく言ったりしないのか? あー、と、両親が出張中だったっけ」

「年末には帰ってくるよ。そうなると夜に出歩いたりできなくなるから、その前に佳介さんにお礼をしておかないと、と思って」

「律儀なこと。ん……、誰か来たな」

 僕には聴こえなかったけれど、佳介さんには誰か近づく足音が聴こえたようだ。

 耳がいいことも逃亡生活で鍛えられたのか、それとももともと耳がいいことが今も捕まらないでいられる要素のひとつなんだろうか。

 佳介さんは扉の方を見て、

「宏佑くんはそこの屏風の裏にでも隠れてて」

 佳介さんが指差すところには満開の桜を描いた屏風がある。

「隠れた方がいい?」

「宏佑くんが夜に怪しいホームレスのおじさんと仲良くしてる、なんてことを御近所に噂されてもいいなら、別にいいけど」

「隠れさせてもらうね」


 屏風の裏には靴下とか服が畳まれて置いてあった。そこには黒いコートに黒いシルクハット、黒の手袋、大きな黒いサングラスに金髪のかつらがあった。

 なるほど。


 屏風の裏に座りこむ。

 ここに僕以外の人が来るのは初めて見る。もしかしたら昼間に佳介さんに会いに来てる人もいるのかもしれない。

 屏風の隙間、蝶番の上から覗いてみる。

 佳介さんが扉に向かって、

「開いてるよー」

 と、声をかけると扉が開いてひとり入って来た。


 入ってきたのは草薙千尋。

 同じクラスの同級生。

 僕の幼なじみのちーちゃんだった。




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