金曜日・二
Q
生きるべきか死ぬべきか
それが問題だ。
有名な一説です
どう思いますか?
A
そのうちみんな死ぬと思います
どこに問題があるかわかりません
◇◇◇
「僕の方は大丈夫。それはまぁ、びっくりしたけれど僕はケガもしていないし。だから慌てて帰ってくる必要は無いんだって。年末年始には戻ってくるんでしょ? だったらそれまでに仕事を終わらせないといけないんじゃないの? うん、うん、心配してくれるのは解ってるよ。さっき父さんとも電話したけど、父さんもシンガポールからすぐに帰るって言ってた。だけど仕事で出張してるんなら戻ってくる前に仕事終わらせて、落ちついて帰ってきて欲しいんだよ。でないとお正月に二人とものんびりできないよ。うん、僕の方はなんともないから、うん、うん、なにかあればすぐに連絡するから。変わった事件だからテレビは騒いでいるけど、僕は無事だから。心配してくれてありがとう。予定はかわりなく年末に戻ってくるんだよね。うん、じゃ、おやすみなさい」
ふう、長い電話だった。母さんは国内だからいいけど父さんは海外だから国際電話で長話したら電話代がかかってしまうのに。
二人とも仕事が忙しそうだけど、息子の僕を気にかけてすぐに戻るとか言うけれど、父さんと母さんが戻ってきても事件そのものは終わったあとで意味が無い。
僕がケガをして入院してる訳でも無いのだから、出張の仕事をきちんと終わらせてから帰るように説得するのに時間がかかってしまった。
これは二人とも僕を気にかけるだけの心の余裕がある、ということか。
心の余裕、精神の安定、気づかい、心配り。親としての義務と責任、今の二人にはそれを考えつくだけの精神的余裕、経済的余裕が充分にあると判断していいだろうか。
ともかく、父さんと母さんには無事を伝えて二人の予定に変更は無し、と。
年末年始は家族三人揃ってのんびりとできるかな?
今日は金曜日で明日は土曜日。
そして学校の方は月曜日から休みになってしまった。学校の先生から電話があった。
それもそうか。教室は血で汚れてしまっているし、警察の現場検証が終わらないと掃除もできない。
マスコミも学校の回りに集まっているようで明日は部活動も無いとのこと。外もさっきパトカーのサイレンの音がした。
おそらくは月曜日から早めの冬休みになってしまうのでは無いだろうか。
警察も目撃者全員に事情聴取するとしたらたいへんだろうな。1クラス34人、先生を入れて35人か。
明日にはさっき電話したジャーナリストの歩さんに事件のレポートを持って行く。プリントアウトもできた。
それに急に先輩と会うことになってしまった。事件のことをテレビで知って心配して先輩が電話をかけてきた。
明日の午後に先輩と会うことになった。急にデートに。事件の翌日というのは不謹慎だろうか?
それでも先輩に歩さんを紹介するにはいい機会かもしれない。
時計を見ると20時半。
少し早いけれど日課の夜の散歩に行こうか。寒くないようにコートを羽織ってマフラーを巻いてポケットにペンライトを入れる。
家の灯りは点けたまま玄関の扉にカギをかける。電気代はかかるけれど防犯対策のために。
両親共に出張中で中学生がひとりで住んでる一軒家となれば泥棒とか怖いし。
念のために玄関を出たところでこの家のことを見ている人物などいないか、注意して確認する。
この街は中途半端なところにある。都会というには人が少なく、田舎というには人が多い。どちらとも言いにくい。冬になれば雪も降るが、今年はまだ雪は降ってない。
夜のひとり歩きはいつのまにかクセのようになっている。両親が家にいるときは怒られるのでこの時間に出歩いたりはしない。
だけど出張が多く両親が家にいないときは、夜にこうしてぶらぶらと歩く。
夜の中、ひとりで歩くと落ち着いて頭が冴え渡るような気分になる。部屋の中にいるよりもこうして歩いている方が、いろいろと思いついたり考えつくことがある。
もちろん、それだけでは無いのだけれど。
歩きながら考える。高校受験の前、この時期の突然の事件は内申書にどう影響するだろうか? 多感とされる中学生時代に間近で目撃した残酷な事件。目撃した生徒の心理についてはどのように判断評価されるのだろうか?
てくてくと歩いていつものドラッグストアに入る。このドラッグストアは22時閉店。なので21時くらいで菓子パンやおにぎりに値引きのシールがついて半額になる。
この値引き品目当てに夜のこの時間に散歩する。
だけど今日はいつもより早く来てしまったのであるかどうか。
見てみるといつもより早くから値引き品が並べられていた。
昼間の事件で外を歩く人が少なくて売れ残りが多かったのだろうか?
半額シールのついた菓子パンとおにぎりをぽいぽいとカゴに入れてレジで精算。
今日は大漁、かな?
ドラッグストアを出て帰る前に寄り道する。
ちょっと歩くと民家が無くなり林がある。その林は小高い丘のようなところ。
外灯が少なくて暗い中ポケットからペンライトを取り出して点灯。小さいながらもなかなか明るく照らしてくれる。
キョロキョロと回りを見回す。誰もいないのを確認して林の中の古い石の階段をのぼって塗料の剥げた赤い鳥居をくぐる。
暗い林の中の石段をペンライトの明かりでゆっくりのぼる。上まで行ってまたひとつ石の鳥居をくぐればぼろぼろになった神社が見える。到着。
暗闇の中の壊れかけた神社というのは雰囲気がある。洋風のホラーでは無く和風の怪談の。
神主も居ない、持ち主も不明、誰も訪れる人のいない神社。夏場の肝試しくらいしか利用する人はいないんじゃないだろうか。
以前には心霊番組で使われたこともある。
神社に近づけば木の扉の隙間から明かりが漏れている。
壊れた賽銭箱の残骸を踏んで三段の木の階段を踏んで扉の前へ。ノックしようとする前にいつものように、
「開いてるよー」
と中から声がする。
扉を開ければ中は明るい。目の前には衝立があってその衝立には龍と虎が睨み合ってる絵がかかれている。
どこから持ってきたんだろう?
そして漂うデミグラスソースの香り。
衝立を回り込みながら、
「こんばんわ」
と声をかける。
衝立の向こうはキャンプ用のランプがふたつ、明々と灯り布団の上に座った青年がいる。そのお兄さんは肩から毛布をかけて、コンビニのハンバーグ弁当を食べていた。
「いらっしゃい。コーヒーでいいか?紅茶にするか?」
「コーヒーがいいな」
「インスタントだけどちょいリッチなドリップするのがある」
お兄さんは立って石油ストーブの上のケトルを手にとる。石油ストーブの向こうには赤いポリタンクがある。なんというか、
「いつのまにストーブがあるの?」
「だって寒いし」
「紅茶とかクッションに座椅子も増えてるし」
「砂糖にミルクもある」
「ラジオもあるね」
「ニュースとか音楽とか聞きたいときもあるから、ほい」
お兄さんからコーヒーの入ったマグカップを受け取って座椅子に座る。ただの廃墟の神社がこのお兄さんが住み着いてからだんだんと人の住むところになってきている。
僕はドラッグストアで買ってきた菓子パンとお握りとお菓子をお兄さんに渡す。
「いつもありがとうよ」
「佳介さんには助けてもらったから」
「俺の方こそ、こんないいところ教えてもらって。おかげで寒い冬も暖かく過ごせそうだ」
佳介さんは座りなおしてハンバーグ弁当の残りを食べてる。
「佳介さんならどこでも生きていけそうだけど」
「いやー、そりゃ無理だろ。まだ使えるものをぽいぽい捨ててくれる金持ちの足元でしか暮らせないって」
食べきったハンバーグ弁当の容器を持って、
「あとは賞味期限切れの弁当をこっそり盗めるコンビニとかあると、なおよろしい。さて今日の食後のデザートは、と。お、焼きプリン。いいねー」
「あ、しまったスプーン貰ってくるの忘れた」
うっかりしてた。レジで言って貰ってくればよかった。
「スプーンならあるけど。これ新品だから綺麗だよ」
「ほんとに生活用品が充実してきてる」
「トイレが外の林で寒いのが困るけどなー」
暖かいコーヒーに砂糖を入れて、プリンを食べる。前は隙間風が寒かったのにそれも修理したのか壊れかけの神社の中とは思えないあったかさ。
「秘密基地みたい」
「お、そーいう遊びをしてたことが?」
「無いけど。遊ぶ友達もいなかったし」
「なんでまた」
「親が宗教やってるから。同級生の親御さんからは『あの家の子と遊んじゃいけません』リストに僕の名前が入ってるみたい」
「ありゃまぁ。でも同じ宗教やってる家の友達とかはいなかったのか?」
「僕がその宗教に熱心な方じゃ無いから。あ、でもその宗教の子供の会で仲良くなれたのはひとりいるけど」
「子供のうちはしっかり遊んでおかないと、ろくな大人にならないぞ」
「そうなの? 子供のときからしっかり学習しろ、じゃ無いの?」
「子供のときに遊ぶことができなくて、大人になってから悪い遊びを覚えると反動で歯止めが利かなくなる。パチンコとか競馬とか風俗にどっぷり嵌まる奴ってのは、子供のときに真面目ないい子で遊び方を学べなかった奴だったりする」
「そーいうもの?」
「そーいうもんだ。似たようなことで学生時代に恋愛できなかった奴等が多かったからこの国はセーラー服やブレザーやスクール水着にはぁはぁするロリコンばっかりになっちまった」
「極端じゃない?」
「人気のある女性アイドルの年齢を他の国とくらべたら、国民全員ロリコンとか言われても反論できないんじゃないか?」
どうなんだろ?
テレビのニュースでも未成年への性犯罪というのはちょくちょくあるけど、そのあたり他所の国と比較してみたことはない。
「佳介さんは学生のころはどうだった?」
「どうって、なにが?」
「遊びとか恋愛とか」
「と、聞かれても高校は半年で中退したからなぁ」
「なんで?」
「先生を椅子で殴って半殺しにしたから」
「それも人助けで?」
「いやー、同級生の女の子を孕ませたクズにムカついただけ」
「先生が生徒に手を出したんだ?先生なのに?」
「読んで字の如く、先に生まれりゃ誰だって先生よ」
「その同級生の女の子はどうなったの?」
「その子の親が娘が孕まされたことを隠したいようで、その女の子は中絶して転校した。転校して過去をリセットしていろいろやり直すってなると、俺がペラペラ喋るわけにもいかんし。その女の子に相談されたのも俺だけだったみたいだし。ただ、そうなると俺はなんの理由も無くキレて先生を半殺しにしたことになるわけでな」
佳介さんはスプーンをくわえたまま天井を見上げる。
「いつもみんなから一歩引いているような引っ込み思案な可愛い子だったよ。そこをエロ先生につけこまれたんだろう」
「未成年に手を出したその先生は?」
「知らね。被害者が訴えていない。つまり被害者がいないから事件にもならない。怪我が治ったんなら今も学校で先生やってんのかもね」
「そしたら、今も学校に勤めてまた女生徒に手を出してるんじゃ」
「それはない」
佳介さんはニヤリと笑う。
「あいつが入院してる病院に進入して、あいつの金玉をペンチで引っ張って金切り挟みで切り落としてやったから。もーレイプもできんだろ」
佳介さんの話はおもしろい。歳も離れているのに何故か妙に話しやすい。そして僕が知らないことをいろいろと教えてくれる。
このお兄さんと話がしたくて、話が聞きたくて、夜になれば半額になった菓子パンとおにぎりを買って神社に行くのが最近の日課。
「今になって思い出すと、あの背の低い可愛い女の子が、俺の初恋だったんかねぇ?」
初恋の彼女は同級生。だけど先生に孕まされて中絶して転校しました。その先生を半殺しにして高校を退学しました。退学ついでにとその先生の入院先の病院に進入して、金玉を切り落としてやりました。
僕のまわりには、なかなかこれほどふっ切れた大人はいない。