最終話・新年明けまして
Q
生まれ変わるなら
何になりたいですか?
A
嫌です
もう二度と
生まれたくないです
許してください
◇◇◇
「おはよー、こーすけくーん」
「ちょっと母さん。味噌汁がこぼれる」
朝から母さんが背中から抱きついてきた。
家族三人揃って朝御飯。今朝のメニューはご飯に味噌汁。ベーコンにスクランブルエッグ。もやしとホウレン草の炒めもの。ひじき。
「ご飯と味噌汁。日本の朝御飯だね」
シンガポール出張から帰ってきた父さんにご飯をよそう。僕だけなら朝はパンとシリアルで簡単に済ませるとこだけど、父さんのためにお米と味噌汁の朝御飯にしている。
「こーすけくんの朝御飯。こんな立派な息子で母さんしあわせー」
「わかったから、早く食べないと会社に遅れるよ?」
「宏佑くんには家のこと全部任せちゃってるけど、負担は無いのかい?」
「高校には推薦が決まってるから、受験勉強はしなくていいから、今のところ問題は無いよ」
父さんは家政婦を雇おうかと言ってたけれど、この家に他人はあまり入れたくは無い。
年末に父さんと母さんが出張から帰ってきた。家族三人で年末年始を過ごした。父さんと母さんは家でのんびり休んでもらう。二人とも仕事が忙しい一年だったから。
なので宗教団体の新年の集会も行かないことにした。
年も開けて父さんと母さんは今日から仕事初め。
テレビをつけると朝のニュースが流れる。新年のニュースには見覚えのある顔が出ている。
今の話題の事件、それに詳しい専門家。
テレビの中でも紹介されている。
『本日はこの教団についても詳しい真行寺歩さんに来て頂きました。真行寺さん、よろしくお願いします』
『よろしくお願いします』
『この事件について、改めてまとめたものを映像で振り返ってみましょう』
今のニュースは年末に起きた事件の話題ばかり。
三件の連続解体殺人事件。犯人は未だに捕まっていない。
死亡して無惨なバラバラ死体で発見された三人の被害者には共通点がある。二人はとある宗教団体の幹部。残るひとりは同じ宗教団体の信者。
犯人とされる人物は未成年であり、実名で報道はされていない。年が開けてからはニュースの話題は連続解体殺人犯少女Aばかりだ。
世論では被害者の宗教団体幹部よりも、解体殺人犯少女Aの方に同情的だ。自分の母親を自宅で殺してバラバラにした少女A。この少女がなぜ母親と宗教団体幹部を陰惨に殺害したのか。それがこの事件で被害者の宗教団体幹部のしていたことが明らかにされた。
真行寺歩さんが世に出した。
鏑美崎、先輩が歩さんに全てを話した。先輩は今は歩さんの実家に保護されている。先輩の両親は歩さんを誘拐犯だと、娘を返せと訴えているようだが、先輩の健康状態から先輩の両親が保護者として相応しく無いとされている。
先輩は妊娠していた。相手は殺された宗教団体幹部。
先輩のことも実名は伏せられているがニュースで報道されている。
先輩が中絶した胎児はDNA鑑定を行い、その父親を特定するための鑑定結果を待っている。
歩さんはこれであの教団から美崎先輩を守るつもりだ。件の幹部はすでに死亡して教団からは除名されているが、歩さんの調査で先輩とちーちゃん以外の被害者も見つかった。
父さんはテレビを見ながら、
「まさかあの人がこんなことをしていたなんてね」
「父さんは仕事で忙しくてあまり集会にも行って無かったけど、教祖が代替わりしてからいろいろとおかしくなっているよ」
母さんもご飯を食べる手を止めて、
「私たちもあの教団からは縁を切った方がいいのかしら」
「その方がいいと思う。今は世間の評判が悪すぎるから、職場の人達に知られる前に退会した方がいいんじゃない」
テレビでは歩さんが宗教団体について詳しく調べたジャーナリストとして解説している。
『もともとこの教団は第二次世界大戦のあと、敗戦の悲惨な状況の中、みんなで助け合って生活を建て直すことを目的に始まりました。この頃は宗教色の薄いボランティアの集まりという感じでしょうか。時代が変わり人が増えたことで、初代教祖の目指した助け合いのための集まりから変化していきます。特に現在の四代目教祖に代わってからは――』
「父さんと母さんも、のんびりしてていいの? 会社に遅刻するんじゃない?」
「そうだね。この話は帰ってからにしよう」
父さんと母さんが朝御飯を食べるのを見ながら、僕はお茶を入れる。
テレビを見ると歩さんが頑張っている。
『現在保護されている少女については、現代の経済の被害者とも言えます。彼女の両親の経営する工場、その親戚にして株主がこの教団幹部なのです。赤字経営の小さな会社にとって資産家の親戚の株主の意向には逆らえません。この少女は両親の会社の経営のために――』
歩さんの記事は主観が入って客観的では無いと言われている。だけど、その主観が人々の正義感と同意であれば。目を潤ませて少女の苦境を淡々と訴える歩さんに、見てる人達が共感するなら民衆の同情を買える。
その点では歩さんはテレビ向きの人材だな。
朝御飯を食べた父さんと母さんを玄関に送り出す。母さんが出掛けに抱きついてきて、
「こーすけくん、ちゅー」
「母さん、今年から僕も高校生なんだからちゅーはしない」
「あなた、こーすけくんがちゅーしてくれない!」
「そういうの恥ずかしい年頃なんだから、察してあげなさい。じゃ宏佑くん、行ってきます」
「行ってきまーす」
「はい、行ってらっしゃい」
両親を送り出す、二人とも仕事は順調で特に問題は無さそう。
洗い物を片付けようとするとテレビから、
『ここで速報です。殺人と思われる遺体が発見された、とのことです。遺体の状況から連続解体殺人事件の新たな被害者ではないかということです』
どうやら、ちーちゃんは頑張っているらしい。これで四人目の被害者。四体目の解体殺人。
ちーちゃんの隠れた才能には驚いたけれど、それを全開で発揮できるようになって、今は誰も止められない。
被害者も教団関係者だけで、他に被害者はいない。今のところは。
朝御飯の洗い物が終わると、電話がかかってきた。スマホの表示を見ると鏑美崎。
「もしもし」
「あ、宏佑くん。明けましておめでとう」
「明けましておめでとうございます。先輩。身体の調子はどうですか?」
「うん。なんだかスッキリした。私のお腹に赤ちゃんがいたなんて信じられない」
先輩の声は明るい。今は歩さんの実家にいるはず。
「なんだか、便秘が治ってお腹がスッキリしたような感じ。気分もいいし、ご飯も美味しい」
「そうですか、それは良かった」
「歩さんもいい人ね。ただ、たまにちょっと鬱陶しいと思うことはあるけど」
「そこは歩さんの個性なので。そのお節介のおかげで助かることもありますから」
「宏佑くん、ありがとう。歩さんに会わせてくれて」
「僕はなにもできませんから。そのお礼は歩さんに言ってください。歩さんは忙しそうですけど」
「そうね。回りだけが騒がしくなって、私はなんだか置いてきぼりにされてるみたいな気がするわ」
「今は先輩は話題の人ですから。歩さんの家から出たらマスコミに囲まれますよ」
「テレビで見たら、私の両親、すっかり悪者みたいね。お金を稼ぐために売れるものを売るのは、この国では悪いことみたいね」
「本来は買う人が悪いんですけど、買った人が死んでますからね」
「大人とか社会って、もっとまともでちゃんとしてるものだと思ってた」
「僕もそう思ってました。でもまともな社会秩序なんて、マンガとかゲームの中にしか無いみたいですよ」
「そうね。ゲームの方が現実よりもルールが厳しいものね。生きていくのがバカバカしくなってきたわ」
「先輩はまじめ過ぎるんですよ。これまでガマンし過ぎていたんですよ」
「そうね。あの草薙千尋ちゃんみたいに、私も好き勝手自由に生きてみようかな」
「それもいいんじゃないですか。応援します」
「宏佑くん。本当に、ありがとう」
「落ち着いたら、また映画でも見に行きましょう。先輩」
「いつになったら落ち着くのかしらね」
電話を終えてスマホをポケットにしまう。先輩はこれで家族と縁が切れた、か。先輩の方が家族に見切りをつけたようだ。
これで先輩は解放された。あとは歩さんにお願いしよう。
これで先輩が幸せになればいい。
ちーちゃんも自由になった。あの母親が死ななければちーちゃんは自由に生きられなかった。
僕の夜の散歩にちーちゃんがこっそりと後をつけていることは知っていた。
それを利用して佳介さんのいる神社へと誘導した。佳介さんもちーちゃんに会わせるために、あの神社に案内した。
ちーちゃんと佳介さんの出会いがちーちゃんの才能の発揮へと結びつくのは予想外だったけど。
結果としてちーちゃんは解放された。あの母親から、あの母親の呪縛から。ついでに常識とか良識からも。
押さえつけていた母親がいなくなったのだから、当然のことかもしれない。
今は反動で歯止めが効かないみたいだけど、自分の才能に引っ張られているみたいだけど。
それでも思う存分にその才能を発揮して、その才能との付き合い方を学べば落ち着くのだろう。
それまでに何人死ぬかは解らないけれど。
これでちーちゃんが幸せになればいい。
この事件であの教団は大きく評判を落とすだろう。父さんと母さんも教団から脱会しやすくなる。
かつては父さんと母さんの精神の安定のためにあの教団は役に立った。でも今はもう必要が無い。
教団も政治への影響力を上げようと教団の中から政治家を増やそうとしていた。政治に介入しようと、すでに政界にいる教団関係者に力をつけようとしていた。
そのための政治資金集めに尽力していた。お布施の額が上がり、会費だなんだと金を集めようとしていた。
その額が上がり過ぎれば僕の生活に影響する。
しかしこれで僕の一家があの教団から脱会できればその心配も無くなる。
僕はまだまだ学ばなければいけないことがある。そのためにも高校は出て大学には行きたい。
両親共に仕事は順調で、このままなら僕の学費と生活費の心配は無い。
昔は役に立った教団も両親が落ち着いた以上は、今では金と時間の無駄にしかならない。僕の学費の確保のためにはあの教団は邪魔でしか無い。
ちーちゃんが頑張り過ぎて壊滅しそうだけど。実質、これだけマスコミに叩かれたなら終わったも同然。
教団と縁があるテレビ局、ラジオ局ではなにかと対抗しようとしているが、既にこの流れは止められないだろう。
もと教団幹部ひとりの責任におさめて済ませるのは難しい。そして今も教団を狙う解体殺人犯が捕まらずに暗躍している。
宗教団体と狂信的な母親のせいで狂ってしまった復讐の少女A。それがちーちゃんの世間の評判。
このまま教団が消滅したなら、政界に多少の混乱はあるだろうが、僕の学費は安泰だ。
これで不安は少し払拭された。ようやく落ち着いて勉強ができる。
この先、生きていけば多くの人と縁ができるだろう。僕のこの才能で、僕と僕の好きになった人達をどれだけ守れるのだろうか?
どれだけ助けられることができるのだろうか?
そのためにはどれほどの犠牲が必要になるのだろうか?
今はまだ完全に使いこなすことのできない、この僕の才能。
その影響の範囲を見定めるためには、いろいろな分野の知識がいる。とりわけ人の心理と考え方、そして法律についても。
今の『なんとなく解る』状態を分析することで、結果の予測ができるようになるかも知れない。
コーヒーを入れて読みかけになっている本を一冊手に取る。しおりをとって続きに目を通す。キュルケゴールの死に至る病。
哲学は人の思考の道筋を解りやすく教えてくれる。人が人に与える影響を分析するには、哲学の本はなかなか参考になる。
四月から高校生。僕はこれからどんな人達と新しく出会うのだろうか?
どんな才能と出会うのだろうか?
その人達をどのように出会わせ結びつければ、どの方向へと未来が変わるのだろうか?
不安もあるが、楽しみだ。
読了感謝




