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べっさんの不思議なお仕事  作者: べっさん
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その3 起業家

 前回、電柱の写真を撮る仕事というのを紹介したのだが、段々とデザインの仕事よりもこういった会社本来の仕事が増えてきたので、おれは会社を辞めることにした。決断は早かった。決定的なきっかけは上司との衝突だったのだが、そのことには触れないでおこう。

 さて、晴れて無職となったおれだが、幸い仲間には恵まれていた。おれが無職になったことを聞きつけた専門学校の先輩が、数人の仲間と一緒に会社を立ち上げないかと誘ってくれた。若さもあって、母親以外に怖い物などあんまりなかったおれは一も二もなく先輩に付いていくことにした。一応ウェブサービス関連の事業をすることは決まっていたのだが、具体的な事業内容についてはまだ詳しく決まっていなかったので、それから何度か先輩たちと酒を飲みながら、どういう商売をするか、あるいはサービスを作るか?資金は?顧客はどう獲得するか?などについて話し合った。おれはなるべくぼやっとした話をせずに、具体的にこういうことがしたいということ、100万なら自分の貯金から出資できること、営業なら口の達者な元同僚が引き抜けるかもしれないということなどを話した。先輩は先輩で具体的なサービスが決まれば出資してくれる人がいること、自分が営業に回っておれが指揮を執るのがベターだと思うということなどを話してくれた。初期メンバーはおれを含めて5人いたが、五者五様にそういう話をしているとき、おれは物凄く楽しかった。新しいものを作り出すワクワクや、人生を賭けることになるかもしれない緊張感の中におれはいた。


 そして具体的にどういうサービスを作るか決まり、資金の目途もついたので、おれたちは東京に出た。こういうサービスはまず東京から広めていかないと話にならないという先入観もあったし、事実そうだったからだ。渋谷区本町、駅でいうと初台駅と幡ヶ谷駅の間ぐらいのところに事務所を構え、その近辺にそれぞれアパートを借りた。なるべく家賃は安くしたかったが、さすがにこのあたりではワンルームでも月6万を切るような部屋は中々無く、結構な家賃を払うこととなった。


 しかし、おれたちは法人化する前に解散するということになってしまった。開発は順調だったし、先行して顧客も何件か獲得できた。収益化の目途もそれなりに立っていた。何故そういうことになってしまったかというと、先輩が頼っていた出資者が、収益化の目途が立ったと知るや否やこのサービスを乗っ取りに来たからだった。結局金の力には抗えず、おれはリーダーを下ろされて、外部からリーダー役が入って来た。おれはいちデザイナーになった。けれどこの新しいリーダーが、こう言っていいのかはわからないがとんでもないアホで、やることなすこと全てがトンチンカンなのだった。そのくせ出資者には忠実で、自分のせいで開発が遅れ、ロクに顧客が取れていないことは棚に上げて、おれたちが悪いということをしきりに報告するのだった。すると今度はその出資者が首を突っ込んできて色々と言うのだ。その出資者は60を過ぎたオッサンだった。時代遅れの頭しかないオッサンが適切なことを言えるはずもなく、現場はますます混乱した。そしておれたちは空中分解してしまった。

 そのときの出来事がきっかけで、おれは一時期心を病んでしまった。失意のまま実家に帰り、しばらく心療内科に通うだけで、何もできない日々が続いた。立ち直るまでには一年近くの時を費やした。その後のことはまた次回以降で語ることになるが、とにかくその間はキツかった。

 

 だから、というわけではないが、これから何か事業を起こそうと思っている人たちに言いたいことがある。人に頼るのは最後の手段にしたほうがいい、ということだ。霞を食べて泥を啜ってでも、自分の力で成し遂げなければならない。もちろん、部分的に人に頼るのは悪いことではない。手を差し伸べてくれる人を無下にすることはない。ただ、依存してはならない。おれたちは出資者に頼る前に一人100万ずつでもプールしておけばよかったのである。500万あれば、軌道に乗るまでの時間は稼げたかもしれない。

 もちろん一人では何もできない。ただ、自分の金を出してもいいというのは俺と先輩だけだった。だから一緒に何かを賭ける覚悟のある仲間も大事だ。もっと言えば、自分一人で500万出せたのなら、もっと話はスムーズだっただろう。

 夢を叶えるために辛酸を舐めるのは仕方がない。苦痛を伴わない成功などない。徹底的に節約して努力すれば4~5年あれば500万貯めることは可能だ。自分の野心のために、自分の寿命を犠牲にする覚悟がある、ということはとても大事なことだと、今は思う。なんとなく働いていつの間にか貯まっていた100万が泡沫になっても、現実感が無かった。


 起業するということは、ロマンに満ちている。成功も、挫折も、学生のときに味わったそれの比ではない。だからこそ、雌伏の時は必要なのだ。

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