その2 電柱の写真を撮る仕事
最近は地下埋設配線が多くなったので、都市部では電柱の数は減っているらしい。しかし少し郊外になると、未だに電柱は林立していて、クモの巣のように電線は空を巡っている。カラスなんかが夕焼けの空を背景に、電線にとまってカァカァ鳴いているのになんとなくノスタルジーを覚えるように、それは現代に残る昭和の原風景である。
ところで、例外はいくつかあるが、基本的に電柱には電力会社が管理しているものと、NTTが管理しているものがある(工場や鉄道などの私有地内の電柱は、敷地内に引き込むところまでが電力会社の管轄だったりするが)。しかしケーブルに関しては、電気や電話だけとは限らない。最近はケーブルテレビの線、光ケーブル、有線放送、etc.etc.様々なケーブルが張り巡らされているし、自治体が管理する街灯が、それらの電柱にくっついていることもある。これらは、電柱を管理している会社に申請して、一緒に電柱を利用している(共架、という)。こういったものをくっ付けたり、取り外したり、点検の記録を付けたりするときに活躍するのが『電柱の写真を撮る仕事』である。正式名称はない(と思う)。前回、初めて勤めた会社のことをちらっと述べたが、この会社ではこういった業務もやっていて、デザインの仕事が暇なときはよく駆り出された。
話だけ聞くと、写真を撮るだけの物凄く楽な仕事と思うかもしれないが、これが結構な激務なんである。普段は気にもしていないが、電柱というのは膨大な本数があるのだ。1人で1日100本なんていうのはザラである。これらを、原付と足でひたすら回って写真を撮るのだ。
余談だが、電柱には『番札』というものが付いている。その地名や路線名(ある1本の電柱から分岐して、特定のコースを巡る一連の電柱群には同じ名前がついている、これを路線という)、それと電柱番号が記されている。電柱番号といっても、ただ番号がついているわけではない場合もある。例えば、『チュウオウ 1N4W』とあったりする。これは、チュウオウという路線の起点になる電柱から北(N)へ1本、西(W)へ4本いったところにある電柱、という意味である。これは管轄する電力会社によって命名規則が違うので、興味を持ってみてみると案外面白いかもしれない。ただし、ジロジロと電柱を眺めていて、お巡りさんに職務質問を受けたとしても、責任は負えません。
長い余談になった。さて肝心の写真だが、電柱の遠景をパシャりと撮って終わり、というわけではもちろんない。どういった目的で写真を撮るかにもよるが、例を挙げれば、原付を適当なところに停めて、電柱全体が収まるように離れて1枚、近付いて電柱が立っているところの地際を1枚、番札を1枚、架線状況を1枚、何か異常がある場合はその様子を何枚か収めて、手元のチェック表に記入する・・・・・・というように、1本の電柱を撮るのに何分も掛かってしまう。写真の使い道によっては、高所作業車に乗って、電柱の上から撮影することもある。これが結構高く、落下防止装置もあるし、命綱も付けているとはいえ、ファインダーを覗いていると足元が見えないのでとても怖い。
先述したように膨大な数の電柱を撮らないといけないので、手際よくやらないと、あっという間に日が暮れてしまう。会社は、大体1日に1人何本撮れるという想定をして見積もりを出しているので、その想定を上回ればそれだけ儲けになる。しかしそれを下回ってしまうと損になってしまう。だからスピードが命なのだ。
そういうわけで、一つの路線で何十本もあるところは助かる。十数メートルぐらいの短い間隔で並んでいるので、一気に本数を稼げる。しかし罠もあって、路線を追いかけていくと入り組んだ路地に入り込んでしまって、気が付くと2時間ぐらい、路線を追いかけてしまう。やっとの思いで撮り終えて原付に戻ると、しっかり駐車違反のキップを切られてしまっている・・・というわけだ。
しんどいのは山の中や田舎道なんかの電柱で、次の電柱が遥か彼方にあったり、草がボウボウに生い茂った斜面のど真ん中なんていう、ドえらい場所にポツンと立っていたりする。自分の背丈より高い草を掻き分けて、クモの巣まみれになりながらようやく電柱にたどり着いても、近くに生えている木の葉っぱが邪魔でうまく撮れず、結局高枝切りバサミを事務所に取りに戻って半日が潰れるなんてこともあった。そして何より自然の中なので、地域や季節によってはスズメバチなんかも怖いし、イノシシなんかの野生動物とばったり出会ってしまうこともある。そういうときはとにかく原付をフルスロットルで走らせて逃げる。スピード違反だなんだと言っている場合ではない。本当に命が危ない。そういう動物と出会ってしまったときは、猟友会や警察など然るべきところに連絡して、その日はもうそこには近付かないようにする。それから夏場は水分がいくらあっても足りない、常に自分の体調に気を付けていないと熱中症になってしまう。一人山の中で倒れてしまったら、よっぽど運が良くないとそのまま死んでしまうだろう。ファインダーを覗いて集中していると、周囲への注意が疎かになりがちなので、電柱の写真を撮る仕事は本当に冗談でなく、危険と隣り合わせなのだ。
それから気をつけないといけないのは、太陽の向きを考慮しながら回る順番を考えないと、せっかく写真を撮っても逆光で電柱が真っ黒になってしまって、何が写っているのかサッパリわからないといった事態になってしまう。結構写真を撮るウデも試されるのである。
そうやってヒィヒィ言いながら写真を撮って事務所に帰ると、今度は撮った写真を整理する作業が待っている。当然おれ一人で写真を撮っているわけではないので、1日に撮った写真を全部パソコンに収めると、何千枚にもなっている。これを所定の形式の書類に貼り付けていくのだが、これがまた気の遠くなる作業なんである。マクロやプログラムを組んで自動化することも可能なのだが、写真を1枚1枚ちゃんと確認しないと、中にはウデの悪い人がいて、肝心なところが見切れていたり、さっき言ったような逆光で真っ黒な写真だったりが混じっているのだ、ケアレスミスで、必要な写真を撮り忘れていることもある。そういうのがあると、チェックの甘い依頼元ならいいが、厳しいところだとせっかく提出したのに突き返されることもしばしばあった。だから自動化するのも考え物なのだ。これはこの仕事に限った話ではないが、結局最後にアテになるのは人の目なのである。
ところで、世の中には便利なものがあって、Adobe社の『Photoshop』なる写真編集ソフトがある。結構高いソフトなのだが、これを使うと・・・・・・おっと、これ以上書くと、今この仕事をしている人たちに悪いことを書いてしまうかもしれないので、ここで筆を置くことにしよう。