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「ら」 ランチで聞いた 2015年春
鹿児島で兄2人姉2人の家に5人目の子として産まれ
1歳半で母親が亡くなった
足が不自由で婚期を逃していた母親の妹が
後添えとして養母になり
小さかった彼女だけが素直に「かあちゃん」と懐いた
戦時中は父親の出身地岡山に家族7人で疎開
出征した父親が戦死した
不自由な足で思うように働けない養母は
懐いていた彼女だけを連れて鹿児島に帰った
戦後は
母方の祖母と養母と3人の生活になり
長じて大阪に働きに出て
ばあちゃんと母ちゃんに仕送りを続けた
縁あって嫁いだ人は
岡山の出身だとわかり
永年会う事も出来なかった兄姉たちと
交流を持つ事も出来て
今では親の墓参りが出来るようになったと
喜んで話してくれた
私も子沢山の貧しい家に産まれたが
父親も兄も出征せず兄弟全員で一緒に育ち
母親は96歳まで生きていてくれた
戦争の後遺症もなく生きてこれた自分の人生が
ありがたいと思える
戦争がない生活が続いている今の時代に
ひとつ上の彼女と楽しく乾杯した




