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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

佐々木と小次郎

作者: はんみょう

 小次郎は山の上流で親友の佐々木と山女ヤマメを釣っている。

 山女は秋に上流に戻ってくる、大物は体長40cmに及び一匹だけで酒の肴には申し分ない。

「おい小次郎よう」

「なんだ佐々木よ」

 小次郎はやる気無く竿を垂らしている、刃長3尺余(約1メートル)の重苦しい竿を。

「竿ってお前それ物干し竿じゃねえか、一応お前の家宝だろ、言ってくれたら俺が釣竿の一本や二本こさえてやるものを」

 佐々木は手先が器用で持参した釣竿も自作したものだ、漆なんかも塗って拘りが見られる。

「なにを、餌さえ着いてりゃなんでもいいんだよ、ほら来た」

 物干し竿先端に結び付けた糸が引いた、小次郎は手繰り寄せ釣れた山女を佐々木に見せた。


 結局その日の釣果は小次郎五匹、佐々木が一匹で小次郎の勝ち、五匹も食えぬと4匹は川に返した。

 小次郎の家に着く頃には日がすっかり落ちていてちょうど晩酌時であった。

「なんで、即席の釣竿紛いに負けるかな…」

 ぶつぶつと独りごちりながら日本酒を煽る佐々木、小次郎はそれが面白可笑しくて山女よりよっぽど肴になると思った。

 山女と酒はすぐに無くなる。

「おい小次郎よう」

「あん」

「お前弟子はとらんのか?」

「取らん」

「何故?」

 猪口に残った酒をちびりと舐めてから小次郎は答える。

「うん、俺は剣士としての自覚はあるが競争事はどうも好かん。百姓やってる方が楽しいんだよ、それに勝負ならお前との釣り遊びで十分、弟子を取れば遊んでばかりいられなくなるからな」

 

 酒も無くなったので佐々木は帰ることに、小次郎が玄関まで見送る。

 佐々木は小次郎が腕っ節を持て余してるのではないかと岩流の跡継ぎについて言及したのだがどうもそうではないらしい。

 可笑しな男よと独り帰り道で笑う。

 家に着くと、佐々木は日記をつけて寝ることにした。

 佐々木は百姓にしては学のある方でこれは珍しい習慣である。

 ある日の日記にはこう書かれている。


 去年の秋か、いつもの様に小次郎と山女を釣りに。

 その日は気分を変えて遠出することになった、当然帰り道には既に日が暮れ、慣れないことはするものではないと思った。

「お前ら待てよ」

 暗がりから小汚い甲冑を着た男が独り、佐々木は突然目の前に現れた男に仰天したが小次郎はいつものとぼけた様子だ。

 気付くと辺りにはさらに三人の男が、野盗である。

「金を置いてけ、無ければ殺すが」

 佐々木は青ざめる、こんなつまらない所で死んでしまうのか俺は、一方小次郎相も変わらず頭のふけか何かを落としていた。

 それが野盗の逆鱗に触れたらしく小次郎を囲み襲いかかる。

「小次郎ッ!」

 佐々木は小次郎の手にいつの間にか細枝が握られているのを見た。

 野盗の頭が袈裟懸け気味に切り込む、野盗といえども侍は侍、一応は剣の形はできている。

 小次郎はそれに少し遅れて同じ型の打ち込み。

 崩れたのは野盗の方、小指が外れ地面に落ちた。

 響く野盗の悲鳴。

 野盗どもは頭がやられたことで一斉に逃げ帰る

「小次郎無事か?」

「なんとか」

「お前その細枝で斬ったのか?」

「そうそう、竜口たつのくちと言って柳生の技よ、俺が真似するくらいには強いよ柳生は…」 

 興味無さそうに呟く小次郎、昔旅の途中で柳生を盗んだという。

「やつめ小指を忘れて行きおる」


 小次郎は一人で山に遊びに、不思議な光景を目にする。

 燕が一匹、飛び損なっている。

 様子を見るとどうやら羽を怪我している、見誤って岩にでもぶつかったのだろう。

 出来もしないのに飛ぼうと羽ばたく、辛うじて小次郎の腰の高さまでには上がっていたが再び落ちてさらに血濡れになった。

「苦しかろうに、どれ」

 酔狂で治療してやろうかと思ったが、燕は警戒して小次郎を寄せ付けない。

「治してやろうというのに、しかしもう天は飛べなかろう」

 小次郎はせめてもの情け、介錯してやろうと思った。

 今日はたまたま物干し竿を持ってきている。

 呼吸を整え、股を開く。

 鞘は不要だ、地面に置いた。

 背なまで峰が着くほどに体を捻る。

 この型は初めて試すもので、小次郎自身も何故そうとしたのか分からなかった。

 燕が羽ばたき小次郎の腰まで上がる、頂点に達した瞬間、小次郎は真一文字に一閃、残像が残る。

「おとと」

 山の不安定な土でバランスを少し崩した。

 燕はどうなったか。

 首だけが飛び、体が地べたに着地した。

 その亡骸は最初からそうで合ったかのように切り口が鮮やかで、殆ど出血はしていない。

 燕の頭が風に乗ってどこかへ消えた。

「天晴れな燕よ、死してなお天に舞うとは、そうだなこの技は燕還しとでも名づけるか…」

 魚釣りを忘れその日は帰った。

 

 佐々木の日記。

 小次郎が自ら剣を語るのを始めて聞いた。

 なんでも『燕返し』とか、なにやら妙に嬉しそうだったな。


 ある日、剣豪宮本武蔵名乗る者の使いが佐々木と小次郎が居る村へ来た。

 なんでも対戦相手を探しているとか。

 佐々木は小次郎を推す、小次郎がこれで名を上げれば本気で天下を獲れると思ったからだ。

 宮本は現在最強の剣士らしい、吉岡も破っていると使いから聞いた佐々木。

 剣に無知な佐々木もその名は知っていた。


「勝手に喋ったのかよお前」

 珍しく声を荒げて小次郎。

「仕方ねえよだって相手は侍だよ嘘つくわけにはいかねえだろ」

「だから留守にしてたんだよ、それがお前…」

 小次郎は武蔵の使いが来るのを知っていたらしい。

 本人の意思とは逆に対決の日程は粛々と決まる。

 佐々木は小次郎に平謝り、対決場所はここから近いからと説明、干し芋の貢物をしたりして相手の機嫌をとるしぶしぶ小次郎も納得してくれた。


 約束時間より大分早く到着、巌流島は佐々木と小次郎が住む村のすぐ先にあった。

「早く着すぎちまった、釣りでもしてるか佐々木よ」

「やめておけ小次郎、今日は剣士として来てるんだろうよ」

 しばらく待っていた佐々木と小次郎、宮本が遅れて来た。


 立会人から説明を受け、すぐさま試合開始となる。

 宮本の礼に合わせる小次郎。

 相手が刀を抜いた。

「どうした抜かぬのか岩流とやら」

「はいはい」

 相手はどうやら二刀流、この手の立会いでは珍しい型。

 小次郎は刀を正眼に構えて様子を伺う。

 先は武蔵が獲った、猪の様な力強い突進のあと右の大太刀で斬りかかる。

 小次郎は難なく防ぐ、そして間合いを離した。

(太刀に気をとられては小太刀にやられるか…、厄介な面倒くせえ)

「頑張れ小次郎、これに勝てばお前が天下一なんだぞ」

 佐々木には確信があった、いつかの野盗相手の一閃、普通の人間、いや剣客にさえあんな芸当できるものか、いくら強くても宮本も所詮侍、小次郎の強さは普通の侍の枠に嵌っていないもの。素人目に見ても宮本は小次郎以上には見えなかった。

 小次郎も何度が切り結んで武蔵の実力を測り終えていた。

(たしかにコイツは強いが、俺以上ではないな、負けることはあるまいがさっさと帰りたいしあの技で締めるか…)

 小次郎は腰に巻いてた鞘を捨てた。

 それを見た途端武蔵が哄笑。

「鞘を捨てるとは小次郎敗れたり、帰る場所を失くした刀よ」

(うるせえよ、あの技を出すにはこの鞘重いんだよ…)

「いざッ!」

 小次郎も負けじと吼えた。

(いざって使い方合ってたっけ?)


 じわりじわりと間合いが詰まる、立会人、付添い、両陣営に緊張走る。

 それはそう次に剣が振るわれた時にはどちらかの命は果てるのだ。

 あと三歩ほどで小次郎の燕返しの間合い、武蔵は知る由も無いこの妙な構えから嘗て無い疾風の斬撃が飛んでくることを…。

 二歩。

(しかし武蔵を斬るんだ、技名は宮本還しかな?ププッ)

 小次郎が笑った。

 武蔵に戦慄走る、相手の笑みもそうだがこの時剣士として理解した、俺は負けるのだ。

 刀が走る前に勝敗が分かる、それぐらい武蔵には実力があった。

 一歩。

 上空から巌流島に飛来する影有り、時速は200kmを超え、途中で静止することは出来ない。

 同時に小次郎の燕還しが発動、武蔵の首は一秒後には地に転がる運命。

 しかし、燕還しの軌道上に一匹の燕が。

 小次郎は人間離れした反射神経でそれを確認した、ほんの一瞬だけ剣が鈍る。

 武蔵はその隙を見逃しはしない、太刀は真横に小次郎の首を撫で跳ね飛ばした。


 意識が完全に飛ぶ前、空中に舞った小次郎の目は天空に返った燕の影を追っていた。


どうやら最近の小次郎はワイバーンも落とすらしい

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