第2章〈機械じかけの金糸雀〉⑸
外と違ってアンダーの中は、不毛の大地とはまた違った無機質な世界だった。
入り口こそ酷く損壊しているが、実際中に入ってみると、そこは数百年の時の流れを感じさせないほど綺麗に整っており、幾度も騎士団やアンダーズの手の入った場所とはとても思えない。
物珍しそうに辺りを見回していると、その様子を見たリアが説明を始める。
「ここは特に綺麗な方よ、他の場所はここよりもっと人の手が加わっているの、貴方も騎士なら知ってるんじゃ無くて?」
相変わらず、こっちのことを見透かしたかのように、こちらの思ったことに答えてくる。
「あぁ、ここじゃないけど、一度、任務で別のアンダーに訪れたことがある」
彼女の言葉に相槌をうつように答える。
「だけど、確かにこんな風に荒らされていないアンダーは初めて見るな」
「でしょうね」
そう言うと彼女は肩をすくめ、両手を広げてぐるぐるとその場で回って見せた。
「だってここ、他のアンダーと比べて何も無いんだもの」
「何度も何度も調査を行って、やっとの事で見つかったのは馬鹿でかいクラウドコンピューティングシステムのサーバーと、私の持っているこれだけだったのよ」
そう言うと、リアは手に持った銀色のトランクケースを持ち上げて、俺に見せつける。
「クラウド……なんだって?」
「あら、知らなくて?確かに騎士には馴染みの無い言葉よね。いいわ、それも後で教えてあげる」
そういった彼女について行った先で目に映ったのは、小さな小部屋が無数にある居住区のようなスペースだった。
リアに招かれるままその一室に入ってみると、予想通りベッドや椅子、机など、普通に人が暮らすのに必要なだけの家具が揃っていた。
「ここならゆっくりできるかしら?」
そう言うと、リアは側にあったソファに腰掛ける。
「貴方もここに座ったら?」
リアはぽんぽんと自分の隣の席を叩いて誘導しようとする。
何を言ってるんだ彼女は。
多少どぎまぎしながら手を前に突き出して。
「いや、俺はここでいいよ」
そういって彼女の誘いを断る。
「あら、意外と堅物っぽいのね、それともまだ私のことが信用できない?」
「そういう事じゃない、ただ、そんな雰囲気で話をするようにも思えないってだけさ。」
「そう、じゃ、このまま始めるわね。」
リアは自分の胸の前で右手の指を立てる仕草をして語り始めた。
「まずは私から、さっきも言ったけど、私の名前はカナリア、アンダーズの一員でフレーム使いの一人、ここにはフレームの捜索を含めた遺産の回収目的で来てるの」
『フレーム使い』
鋼魔戦争後、騎士団の目を逃れながら、アンダーに残された科学技術の恩恵によって生きながらえてきた人間達の守護者。
旧世代の機械技術によって肉体を強化し、騎士と互角の力を持つと言われているが、まさかこんな女の子までが戦いに駆り出されているとは……
「ま、言いたいことはあると思うけど、取り敢えず質問は後でね」
そう釘を刺してリアは続ける。
「せっかく遠出してまでここに来たのに、探してみるとひたすら目につくのは居住区ばかり」
「なーんにもないこの場所を長い間、探して、探して、探して……」
右手で数字を数えるように指を折っていく。
「やっとのことで今日、地下の最深部50階層目でこれを見つけたってわけ。」
そう言って銀色のトランクケースを顎でさす。
「でも、ちょっと時間をかけすぎたのがいけなかった、騎士団の定期巡回の時間にまで被ってしまったの」
「その結果があのざまってわけ」
「私がここにきてからの経緯はこんなところよ、さてと、今度は貴方の番ね」
リアは話し終えるとこっちに話をするように促す。
さて、どこから話したものかと迷ったが、俺は結局、中央での出来事から今までの経緯を説明することになった。
最初こそ興味深そうに聞いていたが、途中から深刻な顔をして考え込むような仕草になり、話を聞き終わる頃には呆れたような顔をしていた。
気づくとなんだかジトーっとした目で俺の方を見てくる。
「……なんだよ」
「シロ……どこからツッコミを入れたらいいのかわからないけれど、取り敢えず少しは情報を隠しなさいよ。そのペンダントのことも、自分のクラスのことも、魔法の特性まで説明し始めた時は耳を疑ったわよ」
「貴方のクラスもペンダントの話も、それは戦闘と交渉において強力なカードになるのよ、特にクラスの話、それを敵に知られたら命取りになる。そんな情報を他人に簡単に話したら駄目よ」
「リアも普通に自分のこと喋ってたじゃないか、俺だけ黙ってるなんてずるい気がしただけだよ」
「私は!自分の大事な情報の核心部分は全部避けて話してるでしょ!」
怒られた。
聞かれたことを包み隠さず話したら、話すなって怒られた。世の中は理不尽だ。
「あーもう!調子が狂うわね!」
怒ったリアは、ソファーから立ち上がって、うろうろと周りを歩き始める。
暫くの間、自分の周りをまわっていたが、やがて意を決したように足を止め、こっちを向いて喋り始めた。
「目よ」
突然の発言にあっけに取られる。
「へっ?……なにが?」
「だから目よ、私の秘密の一つ」
「それは……」
喋ろうとした瞬間、また俺の口の前で指を立てて言葉を遮る。
「いいの!言わないで!私だって馬鹿だってわかってるんだから!」
やっぱり怒りながら喋る。
「自分だけ何もかも隠したまんまってのが気持ち悪いから話すだけよ、これは私のエゴなの!だから何も言わないで、何か言ったら怒るわよ」
もう怒ってます。
よくわからないけど僕は怒られています。
そんな間抜けなやりとりをした後、彼女は自分の目について話し始めたのだった。