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第2章〈機械じかけの金糸雀〉⑴

 真っ暗な闇の中。


 ガタッ……ガタッ……と定期的にその狭い空間が揺れる。


 暗くて何があるのかはわからないが、時折鼻腔をくすぐるような香辛料の匂いと、甘い砂糖の匂いがむしろ自分の想像を掻き立てる。


 季節的に考えれば、外は随分暑くなっているはずだが、少なくともここは思った以上に涼しく快適だ。


 おそらくはどこかに空調を整える魔導設備が付いているのだろう。


 中央にいた時はこれが当然だと感じていたが、今となってはそれがどれほど恵まれていた環境だったかよく分かる。


 不意に壁の向こうから声がする。


 「騎士のにぃさん、特に不自由はねぇですかい?」


 多少くたびれた中年男性の声が響く。


 「問題ないよ、ここは涼しいし、むしろ快適なぐらいだよ」


 「そうですかい?あっしの荷車のなかは狭くて申し訳ねぇと思ってたんですがそりゃあよかった、もうすぐつきますだよ」


 そういえば部屋の揺れも収まってきた、足場の悪い獣道を抜けたようだ。


 「いやぁ、騎士ってのは戦うだけしか能がないもんだと思ってやしたけど、ゴレムの修復まで出来るなんて、おったまげましただ」


 お世辞か本気かはわからないが、確かに騎士で魔石修復技術を持っている者は少ない。


 基本的に必要な者はすべて騎士団から支給されるし、壊れたら壊れたで替えはいくらでもある。


 もしかしたら、騎士の中には物を直すなんて概念すら持ってない奴までいるかもしれない。


 「本当にたまたまだよ、中央にいた時にゴレムついて書かれた書物を偶然にも読んでいてね、運が良かったんだよ。最新のフライターだったらこうはいかなかったさ」


 「へぇ、って事はにぃさんは中央の騎士様なんで?そりゃあすげえや、うちのガキどもも騎士になりたい、騎士になりたいっていつも騒いでますもんで。この話をしてやったら喜びますわ」


 お世辞が半分ぐらい入ってるような気もするが、悪い気はしない。


 なんたって、中央にいた頃の自分の扱いは最悪も最悪、こうやって素直に人に感謝されたり、尊敬される機会なんて微塵もなかったわけで。


 「でも気をつけてくだせぇよ、最近この辺じゃ"下"の連中をよく見かけるって話ですだ」


 『下』ってのは恐らく『アンダー』のことだろう、地方独特の呼び方なんだろうか?騎士団の記した正式な呼び名が違うってことは、それだけ中央の力が届いていないってことだ。


 「おっと、騎士のにぃさん、着きましたぜ」


 その言葉の後、どたばたと物音がした後、少しだけ間をおいて荷台の扉が開けられ、眩い程外の光がはいってくる。


 日差しが強い、時刻は丁度昼ごろだろうか?


 「あぁ、分かった。今行くよ」


 重い腰を上げて、後ろの荷台から飛び降りる。


 強い日差しがを手で遮りながら、あたりを見回して自分の周りを確認する。


 最初に目に付いたのは自分の来た道。


 特別変わったところはない。


 所々に草木が生え、綺麗な舗装こそされていないものの、人が通るのに支障のない程度の道があり、旅をする人間や行商人ならば見慣れた風景だろう。


 では、自分達の進行方向はどうだろうか?


 砂、砂、砂。


 ひたすらに砂ばかり。


 そこは完全なる別世界。


 草木一本生えてはおらず、生物の生存を拒否するかのようにひたすらに砂が続く不毛の地。


 強い風が吹き荒れ、生命の気配を微塵も感じさせないそこは、何がとは言わないが、確実に何かの意図を感じさせるほど排他的な環境だった。


 丁度自分の足元あたりを境に、その変化が訪れている。


 『傷の大地』


 鋼魔戦争の影響の一つで、世界中に無数に点在する不毛の砂漠地帯。


 正確な理由はわかっていないが、機鋼連合の遺産による影響によって環境変化が起こり、不毛の大地と化してしまった土地と言われている。


 その証拠に、傷の大地の中心付近には必ずと言っていいほど『アンダー』と呼ばれる機鋼連合の地下施設が存在している。


 「ここで間違いないですかい?」


 周りの様子を確認し終えた自分に、行商人特有の衣服に身を包んだ中年の男が話しかける。


 「あぁ、間違いない、ここで合ってる」


 「もし可能なら、もう少し先へ進んでも構わねぇんですが、あっしの連れているゴレムじゃあ砂に足を取られちまうもんで」


 すまなさそうに商人風の男は申し訳なさそうに頭を下げる。


 「いや、ここまででもずいぶん助かったよ。ありがとう」


 そう自分に礼を言われた男は、目の前でぶんぶんと手を振りながら

 「とんでもねぇです、ガタぁきていたあっしのゴレムを直してくださったんで、こっちが礼を言いてぇぐれえでさぁ」


 「いや、ここまできつい道を運んでくれたんだ、礼ぐらいいわせてくれ」


 そう言うと、商人の男は驚いたような顔で。


 「どうやら、中央の騎士様ってぇのは、人格まで立派な人みてぇですな」


 そう言うと関心したかのように一人でうんうんとうなづく。


 「そうか?流石に礼を言っただけで、別に驚かれるほどのことだとは思わないが」


 中年風の男は頭を振って否定する。


 「呑気なうちのガキどもは知りゃあしませんが、あっしの故郷みたいな田舎にいる騎士連中は酷いもんです。あいつら、あっしら商人を自分の財布か何かだと思ってやがるのか、道端で出会えば難癖つけて金や商品をたかってきますし、商売やってるところにやってきては、見回り料だなんだいって金を取る。正直、にぃさんみたいな人に会うまでは、騎士はみんな人でなしだと思ってやした」


 商人の男は笑って続ける。


 「でも、少しだけ考え方を変えてみようと思いますだ」


 自分の荷車の座席によじ登ろうとしながら、一度振り返ると商人の男は最後にこう言った。


 「それじゃあ、あっしはここで失礼しますだ、にぃさんみたいな騎士様ばっかりになれば、もっと住みやすい世の中になると思いますだよ」


 男は荷車を引くゴレムの頭の上を杖で『こつん』と叩き、移動来た道を引き返していく。


 「俺みたいな騎士ばっかりの世の中……か」


 異端審問課の連中が聞いたら卒倒するかもしれないな。


 くだらないことを考えて笑いが漏れる。


 「さてと、ようやくここまで来たか……」


 あれからどれだけの月日がたったか、二月目の終わりぐらいから面倒になって数えるのを辞めたのを覚えている。


 最初こそ死に物狂いで逃げ出した俺だったが、街を離れてしまうと案外拍子抜けの連続だった。


 首都付近の街々ではそれなりに手配が行き届いていたのか、確かに何度か危ない目にもあった、だが、中央付近を抜けてからはそんな様子は微塵も感じられなくなり、この辺に着く頃には姿を隠す必要もないんじゃないかと思えていたところだ。


 「騎士は人でなし……か」


 あの中年の商人が語っている言葉こそが真実なのだろう。


 気ままにぶらりぶらりと各地をさまよいながら、ペンダントやアンダーの情報を集めてまわっていると、時折そういった話を聞くことはあった。


 黄金時代と違い、質のいい魔石は殆ど出なくなってきているにもかかわらず、中央は昔ながらの税を徴収していく。


 酷い所では冬場を越すための魔石も足りなくなってきており、家によっては労働用のゴレムの魔石まで燃料に使い回すことがあるという。


 さっき別れた商人のゴレムも術式回路が無茶苦茶に崩れていた、恐らく、型が合わない魔石を魔導路炉に無理矢理接続して使い回していたのだろう。


 地方の人々が困窮する原因は単純だ、過剰な数の騎士とそれを維持するための魔力資源の強制的な確保。


 100年ほど前ならまだしも、世界的に魔術資源の枯渇が叫ばれる中、治安維持の名の下に大量に資源を食い潰す騎士の数は余りにも多すぎた。


 食い詰めた人間たちが次々にアンダーへと流れるという理由もよく分かる。


 「アンダー……か」


 こんな所まで自分が来たのも当然、ここのアンダーへと向かう為だ。


 どうやらここのアンダーの奥には、昔っから用途不明の馬鹿でかい装置があるそうな。


 それが遺産と呼ばれるものなのかどうかは自分にもわからないが、試しに行ってみる価値はあるだろう。


 もしあてが外れたら、適当に使えそうなものを探してみるのも悪くない。


 掘り返してみて近くの街まで持って行ってみれば、案外いい値段で売れるかもしれない。


 中央の騎士がアンダーの遺跡で禁忌を犯して生計を立てる。


 これも異端審問課の連中が聞いたら泡を吹いて倒れるかもしれない。


 数ヶ月前まで、古代の禁忌を犯すべからず、なんて周りの連中は偉そうに言っていたが、それは背に腹を変えられると本気で思っている連中の言葉でしかない。


 街を出て数ヶ月でそれを嫌という程思い知った俺は、とっくに騎士団の粛清対象である異教徒と成り果てていた。


 「さて、鬼が出るか蛇が出るか」


 もう随分と長い間一緒に過ごして来たローブをかぶり直し、俺は不毛の大地へと足を踏み込んだ。






 でも……どうせ出てくるなら可愛い女の子の方が嬉しいな。


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