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第1章〈仲間はずれの暗殺者〉(1)

 「影が薄い人間、というのを知っているだろうか?」という質問に対しNoと答える人間はそう多くはないだろう。


 では、「影が薄い人間を覚えているだろうか?」という質問に対してはどうだろう。


 これは非常に返答に困る質問だ。


 すぐにその人間の名前が出てくるのであれば、自らの認識において、逆に影が薄いとは言い難いという事の証明になるからだ。


 理想的な展開としては、誰かにその人物を指定され「ああっ、確かにそんな奴いたな」というパターンだろうか。つまり、その人物は結局のところ、影の薄い人間としてすら認識されていなかった事になる。


 であるならば、影の薄い人間というものはこの世に存在しないのだろうか?


 否、それを認識する事が出来る人物が一人だけいる。


 それは己自身。


 自分というものを認識していながら、認識されていないという事も認識出来るただ一つの存在。


 つまり、自分自身を認識出来る最も強大な個とは己自身なのだ。


 はるか昔「我思う、ゆえに我あり」何て事を言った人間がいたらしいが、まさにその通りだろう。なんたって影が薄い人間というものは、自分が自分を認識しなくなった瞬間、この世から消滅してしまうのだから。








 で、ここまで大層に語っておいて一体何が言いたいかというと、なんの事はない。『自分は影が薄い』というただの自己分析だったりする。


 いや、薄いなんてもんじゃない、存在していない。それこそ物理的に薄いハンカチやナプキンのほうが数百倍存在感がある、自分なんて他人から見たら向こう側が100パーセント透過してしまっているのではないだろうか?それぐらいに薄い。


 だから今、この俺が上官に行っている定期報告も、それなりの成果であるはずのフレームの回収に関する成果報告も、恐らく書類上の出来事以上の何者でもないんだろう。


 「以上、報告を終わります」なんの反応も返さない上官にアホらしくなりながら、恐らくなんの意味もないであろう調査報告を終える。


 上官は「んっ」と一言だけ返し、また目の前の書類に目を戻す。


 ……こりゃあダメだ、後になって報告が無かったなんて言われないよう、さっさと報告書を出してしまおう。


 「それでは失礼します」


 口頭で伝えれば済む事まで全て書類で提出し直さなきゃならない事に頭を抱えながら、上官の部屋をあとにする。


 次に報告するときは、途中で報告を打ち切って出て行ってもいいんじゃないだろうか。どうせ返事は「んっ」か「んっ?」ぐらいの差しかないんだから。


 うん、そうしよう。時間は有限で貴重なんだ、存在しない自分を主張するぐらいなら『いた』という記録を残すほうが建設的だ。


 そんなことを考えていたせいか、一気に気分がブルーになっていく。


 「これが栄えある中央騎士の末路なのかなぁ」ポツリとそんなことを呟く。


 中央の騎士なんていえば普通はエリート中のエリート、民衆からは羨望の眼差しで見られるわ、女の子たちはキャーキャー騒ぐわ、子供達は寄ってくるわと誰も羨むポジションであることは間違いない。


 ただ一人の例外、そう……俺を除いては。


 原因はわかっている、それは自分の魔術特性とクラス、これが全て、あらゆる諸悪の根源。


 『只今の照魔の儀を持って、この瞬間、君のクラスは決定された』


 人生山あり谷ありといえど、あの時ほど希望に満ち溢れ、そして絶望した瞬間はないだろう。


 『 実に珍しい、まさか君にアサシンの適性があるとは、確かに……例外中の例外ではあるが、君には特別にアサシンの称号を与えよう。喜ぶといい、実に200年ぶりとも言えるアサシンとして、騎士団に所属できることに』


 まったくもって忌々しい記憶が蘇ってくる。


 『得意な魔術はなんだったかな?ほうっ、気配遮断と環境同化か、素晴らしい。前々から君は影が薄いと言われていたようだが、まさか魔術までそれに準じたものだったとは』


 いや、実に清々しいほど鮮明にあの時の記憶が蘇る。


 『うまくやっていけるかわからなくて心配だと?安心したまえ、誰も君に期待などしていない、アサシンは鋼魔戦争時代、ついになんの戦果も残すことなく歴史の中に消えていったクラスなのだからな』


 よく知ってますとも。過去の文献をどれほど漁っても、確かにアサシンがマトモに活躍したなんて記録が残っていないことくらい。


 『各クラスの上位者は中央に集うという決まりである以上、君は中央の騎士として騎士団に所属することになるが、間違っても実力で中央にいるなどと勘違いをしないようにな』


 ……もうやめよう、辛い記憶を思い出して自分を苛めるのは。


 気を取り直して俺の部屋に入る。


 そう、さっさと報告書を書き上げて、どっかでうまいものでも食おう。そういえばウィザードの連中が、凄い綺麗なウェイトレスがいる店の話なんかしてたな。これ以上男が増えるとこまるからなんて内緒話のつもりが、俺の隣で話すもんだから全部だだ漏れで全く秘密になっていないんだけれども、確かにそういう点ではこの影の薄さも全くなんの役にも立たないというわけでも……ん?


 ここは俺の部屋だったはずだが、なんだ、様子がおかしい。


 見かけない顔の連中が3人も部屋にいるってのがそもそもおかしい、しかもその表情は物々しいどころの話じゃない、殺気立ってるといったほうが正しいか。


 3人ともまるで何かを探しているかのような素振りで、俺の部屋を漁りまくっている。


 案の定俺の事には気づいていないらしい。


 こんな状況、誰がどう見たってそのまま立ち去ったほうがいいに決まっているのに、他人と触れ合う機会やまともな人生経験がなかったためか、俺は何をトチ狂ったのか、彼らにごく普通に話しかけてしまった。


 「あの、何か俺に用ですか?」


 部屋を漁っていた連中の一人がこっちを振り向く。


 あ、やばい雰囲気。


 「隊長!いました、奴です」


 いや、いましたも何もさっきから普通にここにいたんですけれど。


 あれですか、手の込んだ嫌がらせですか?


 そんなことを考えていると、振り返った彼らの所属を示すエンブレムがちらりと目に映った。


 瞳とそれを囲むように並べられた剣のマーク。


 悪名高い"異端審問課"の連中だ。


 瞳は真実を表し、それは剣によってのみ明かされるという意味合いだと聞いたことがある。


 反騎士団の活動家やアンダーズのような連中を取り締まり、彼らの罪のを実に様々な方法で暴き出して処断する、つまりは"そういう"連中だ。


 「アサシン、シロナ・ヒロカゼだな、我々は異端審問課の者だ」


 彼らのうち、隊長らしき男が俺に詰め寄ってくる。


 「なるほど……確かに特徴の無い所が特徴というだけの事はある、覚える価値のなさそうな顔だ」


 その男はさも当然のように、さらっと酷い言葉を口にする。


 自覚が無いわけでは無いが、流石に面と向かって言われると腹がたつ。


 が、相手は厄介さにかけては大陸一の連中だ、ぶん殴ってやりたい気持ちを抑え、最大限譲歩して返答する。


 「覚える価値の無い顔の男に、異端審問課の方々が三人も揃って何の用でしょうか?」


 その問を聞いたそいつは、目にも留まらぬ速さで、腰に差していたはずの剣を俺に突きつけると、こう言い放った。


 「ヒロカゼ、お前を旧遺産の私的な保持の疑いで拘束する」

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