青き絵描きの少女 1-FINAL
アキは先ほどまですらすらと呪文のように唱えていたが今度は透明な文字を指でなぞりながら一つ一つ文字を確認してそれを唱える。先ほどまでの言葉はアリスが教えた基本の言葉で、アキはそれを頭で反復していたためにすらすらと言えた言葉だったようだ。
「SECOND CALL。WEAPON5、・・・え~と・・BUCKET。NEXT。SIZE・・・・Large2。COLOR、ライトブルー・・・・。」
アキの右斜め上に巨大な銀のバケツが現れその中には独特の匂いを放つ青色のペンキが池のように入っていた。
「まずは下地!SQUIRT!」
そういいながら右手人差し指を掲げ、下に振り下ろす。するとその人差し指の動きに連動するようにバケツも動き、そのままバケツの中の青のペンキはナイトメアの全身に降りかかる。
ナイトメアは色を求める。基本的に食す色は限定されないが、ナイトメアそれぞれに好む色と言うものがある。ペインティングはその好む色で染めるといい。なぜなら、好みの色で染め上げることでより正確にデータベースの改ざんがおこないやすくなるからだ。つまり今回で言えば、絵の青、花の青を食していたことから青ということがわかる。だから攻撃色を青を基本とし、明暗を使い分けペインティングするといい。あと言い忘れたことが一つある。ただナイトメアをひとつの色でただ染めるだけではペインティングとは言わない。要するにそのナイトメアをを助けたとはいえない。その意味アキなら理解できるな?
「渡された絵に色を塗ってくださいと言われて、ひとつの色でただその絵を塗りつぶしただけの絵を絵とは言わない。私はこの筆であなたに命を吹き込む!」
そう言うとアキは筆が届く位置まで接近し、左手から流れるように筆を両手で持ち下から上へ下地になっている青よりも暗い色の青でペイントする。饅頭のような青のペンキベタベタのナイトメアは二つの長い触手のような腕でアキのこれ以上の接近を妨げようとするがその間をアキは縫うように迫り、そして再び半透明の文字列に目を向ける。
「え~~と。THIRD CALL。CREATE、TEMPLATE。・・・・・StairとSpring!」
透明なしかし透明ではあるがしっかりと物質として確認できるガラスのようで一見柔かそうなそれはパレットから飛び出し、フニャフニャと粘土がこねられているように動くとアキが指定した階段とバネに形を変え固まった。目の前に作られた透明な階段をアキは1段飛ばしで駆け上がり、ナイトメアの上方へと上がっていった。しかしナイトメアもたやすくアキのやりたいようにさせる気はなく、アキを長い腕で狙う。長い腕はアキの通った後の階段を砕き破壊していったが運よくアキに腕も破片も当たることはなかった。
透明な階段はやはりガラスと同じような素材だったのか、ガラスの割れるような音が体育館の中に響き渡る。階段を上りきるとそこに巨大でまだ広がる前のバネが生成されていた。もちろんこれもアキの作り出したもの。アキがバネの上乗っかるとバネは主の命令を聞く様に大きく開き、そしてアキを天井すれすれのところまで飛ばした。
「高っ!・・・・えと、&(アンド)・・・Slope!」
先のと同じロープ状のガラスが手元から伸びてナイトメアの周りに螺旋を描いて固まる。
「BRUSH SIZE、Medium2。さらにCOPY2。」
背にコピーした二本の筆が浮かんでいるのを確認するとアキはガラスの螺旋のてっぺんに両足で着地する。そのままバランスを保ちながらスケートのように地面に向かいスロープを足で手繰り滑り降りる。
「COLOR COPY1、インディゴ。COPY2、シアン」
背に浮かぶコピーされた筆のひとつに自身の持つ筆の青よりも濃い青をそしてもうひとつの筆には自身の持つ筆の青よりも薄い青を引き出した。アキのもつ三つの筆は実際のパレットから絵の具を取った時のようなみずみずしい絵の具を蓄える。螺旋を滑り降りるまでの7周の間にアキは3つの筆を取り、塗り、放し、取り、塗り、放しを繰り返す。さらに筆自身がアキの手の届かない場所にもぐりこみアキの命令で着色していく。スロープの5周目が終りにかかるところでペインティングはほぼ仕上げの段階に入る。ちなみにスロープを三周するまでにかかった時間は約十秒。アキはその十秒間の間に筆をふり続け、ナイトメアをペインティングしていった。
ほう。戦う前に一通りパレットの中身を確認しておけとは言ったが、スロープをつかうとは。使うなら誰でも出来るが、アキは初めてにもかかわらずスロープを使いこなしている。アキの中では戦うというよりは着色するという意識のほうが強く、だからこそ完璧な集中力が発揮されるのかも知れないな。さすがはあの男の孫なだけある。まったく、いいバランスだ。・・・・ん?まて、奴の様子がおかしい。
「あとはこの色をここに乗せるだけ。COLOR COPY2、マリンブルー。」
そう言い、右腕を真後ろへと投げ出す。マリンブルーを蓄えたその筆は投げ出された右腕に間髪入れずに着地しアキによって振り上げられたそのときだった。ナイトメアの様子がおかしいことに気づく。小刻みに揺れ何かを放出するような・・・・。
「まてアキ!危険だ離れろ!」
アリスの呼びかけはわずかに遅れてしまう。ナイトメアの様子の変化よりも作品の完成を急いでしまったアキにナイトメアの反撃が襲い掛かる。体から解き放たれた複数の砲丸くらいの大きさの黒く重い弾がアキの腹部、右顔面、左腕の三箇所に当たり、アキはナイトメアを囲むスロープ同様砕けて周囲に飛ばされる。床に転がり落ちるアキ。スロープにいた場所は床から1メートルもないため高所から落ちたことによるダメージは少ないようだったが、やはり硬く重い球の一撃は生身の人間に致命傷を与えるには十分だった。アドレナリンが出ていたアキは痛みに床に垂れる自分の血を見てから気づく。腕は鈍い痛みを膨らませていく。きっと折れているのかもしれない。腹部の痛みは吐血の量がその酷さを物語っていた。さらに目を開こうにも右目が開かない。ここでやっと自分の顔がつぶれてしまったことに気が付く。後悔も憤りも感じないまま残った左目が閉じていくのと同時に意識が飛んでしまう。
「よくやったなアキ。仕上げは出来なかったようだが、悪夢は悪夢でなくなったぞ。」
ナイトメアは体から黒い煙をゆっくり放出し、少しづつ縮んでいく。アリスは学校新聞から少女の姿で飛び出す。残された新聞は簡単に丸まりステージのほうへ転がっていった。
少女はボロボロになり瀕死のアキに視線すら向けず横を通り過ぎて、ペインティングに成功したそのナイトメアに近づき縮んでいくそれに手をかける。
「お前の敗因は技を発動するまでの初動の遅さだな。しかし、エネルギーを貯めるのは遅いが技の予想できない特殊なバリエーションには感銘をうけた。ぜひ、私の下に来ないか?」
ナイトメアはついにアリスの手のひらに乗れるほどの大きさにまで収縮した。黒い煙は晴れ、その中から青いコートと青いシルクハット、さらに杖をもった小さな妖精が生まれた。そしてその妖精は帽子をとり胸にあてながら言葉を話す。
「女王様。私めの力を求めてくださり光栄であります。私のこの身滅ぶまであなたに尽くす所存でございます。」
「いい返事だ。」
青い妖精はアリスの顔から倒れる少女のほうへ目線を変える。
「女王様。私めを救ってくださったこの方は?」
「あ~~。わすれていた。教えてくれてありがとう。もう少し遅れていれば死んでしまうところだった。」
「いえいえ。早速お役に立てて光栄でございます。」
アリスはナイトメアの救出の成功に喜んでいるのか、自分の靴と体育館が奏でる足音に耳を澄ましながらボロボロのアキへとゆっくり近づき青白く光る手でアキをなでる。アキの体の傷はゆっくりっと消え去り、顔に生気が戻る。
「傷は治した。出血で流れた血も同じ分だけ追加したしひとまず生命の危機は去った。」
「この方はあなた様の何なのですか?」
アリスの足元から青い妖精がアキの吐いた血の上に立ち言った。
「大切な友だよ。私に名をくれた友人だ。」
「では、この方は私にとっても大切な方ですね。」
「まあそうなるな。”作戦が終わるまで”アキには死なれては困る。すごく。」
アリスは元の顔に復元したアキの顔をなで、そして髪をなで、唇をなでた。その時のアリスの顔を妖精は見てしまう。黒、悪、闇を連想させるようなそんな笑み。妖精はアリスへの疑心感よりも自分の想像力の豊かさに喜びを感じるとともに倒れるアキに感謝の意を払い帽子を取り胸にあて一礼する。
「そして、アキにはとことん・・・悪役になってもらわないとね。」
「くっそ。やっとアホ担任から逃げ切れてナイトメアの討伐に本腰入れようとしていたのにナイトメアのいる体育館のドアが開かねえんだもんな。さてと、もう追い詰めたぜ!さっきは教室で逃げられちまったが、今度は逃がさねえぞ・・・・・ってあれ?」
通常のドアの状態を取り戻した体育館のドアは一人の少年によって開かれる。体育館を見渡す少年。体育館の中には自分の探しているものがないことと中央に青い大量のペンキが撒かれていることに気づく。
なんだ?この青い・・ペンキ?ナイトメアもいないし・・・・。しまった、逃がしたか?
「何があったんだ?実践初ソロ任務がこれかよ。カテドラルに失敗の連絡するしかない・・か。・・・?」
携帯電話を取り出そうとするが手がすべり床に転げ落ちる。それを拾い上げるときに少年はステージ前に倒れているアキの姿に気がついた。
「?・・・・・・・・。ね、姉ちゃん?・・・・・・・・・・・姉ちゃん!」
一話終了! 二話目の投稿は最長でも一週間以内に行います!それではまた~