青き絵描きの少女 1-3
「あいつ帰ってない。くっそ・・・・・また、彼女に話を聞いてもらわなくちゃ。」
足踏みから怒りの音を鳴らしつつ、残りの家までの道を歩いていく。家に着いたアキがまずしたこととは荷物を玄関に置き、着替えもせず地下室に向かったことだった。
「ふむ。こう何日も家を開けるとなるとやはり考えられる可能性は一つ。”女”だな。」
「女?まだ高校一年生でだよ?それはないんじゃないかな~。」
アキは数十個の淡く光る蛍のような光源が広がる自宅の地下室でおしゃれなティーカップを手に膝をつきながらある少女と話す。
青いドレスを着て、長い金髪の上に白い水玉模様の青い大きなリボンをつけた少女がアキの周りをしばらく右往左往し、疲れたのかあれから黒いままの祖父の絵の前に置かれている金の装飾と赤い布のクィーンチェアに少女はちょこんと座った。
アキは特に驚いた反応は見せず、両手に持つティーカップを口まで運び紅茶を飲む。少女に思ったことがあるとすれば、今日は青い服なのか・・・。ということだけであった。
「なにを言っているの?アキ。その時期だからこそよ。高校生になりたての男子なんてそういうことしか考えていないものよ。」
「そういうことってどういうこと?」
自分よりも一回り小さい女の子に諭され、振り回されるアキ。
「弟を家に帰したいのならばそれ相応の家に帰る理由が必要だろうな。」
「理由・・・・理由ね。例えば?」
「簡単だ。この真っ黒な絵とおじいさんのことを明らかにさせること。それさえわかれば弟は嫌でも帰ってくると思うけど?」
少女のその言葉でアキは今日あった出来事を思い出す。直感的に、そして不意に。
「そういえば、アリスちゃんが言ってた色がなくなる現象っていうのが私の学校の美術室で起こったよ?もしかしてあれが、前に言っていた・・・・!!」
少女は椅子に座っていた。しかし、まぶたを下ろしあけたときには椅子に少女の姿はなく、その代わりに後ろから肩に手をおかれる謎の感触を味わう。振り返ると少女が肩を掴んでおり、そのまま顔を近づけてアキに言った。
「アキ。私に弟の愚痴を言う前にそれを言うのが先でしょう?バカな子ね。」
「ご、ごめんなさい。」
少女の怖い顔とアキの引きつった顔でにらめっこがはじまった。にらめっこの勝敗が決まってしまう前にアキは少女に言われたとおり、今日の出来事を少女に話し始めた。
ところでアキと親しげに話す少女は一体何者なのか。実はアキの妹でも親戚でもない。少女とは一週間前に出会ったばかりのただの”普通でない友達”。
時は一週間前にさかのぼる。自宅1階の階段を二十段下る。ドアを開くと三十畳ほどの広さの地下室があり、その地下室で私と少女は出会った。私が一年前からいつも日課にしていた地下室の黒い絵へのお祈り。参拝と言ってもいいかもしれない。その黒い絵を目の前に毎回同じことを私は祈っていた。”祖父を帰してください”と。私は祖父を失ってからハルと共に遠い親戚や町の周辺を探し回ったり聞き込みをしたりなどして祖父を探し続けていた。しかし、祖父の生存や居場所の有力な情報は一切見つからず捜索5年と十ヶ月目にしてハルは祖父を探すのをやめてしまった。私はそれから二ヶ月ほど動いたが不毛な気がしてハルの後を追う様にあきらめてしまった。祖父は死んではいないと思う心も日をおうごとに弱くなっていき、祈るという行為への虚無感を覚え始めた私は、手にアートナイフを持ち大きな黒い絵に向かって怒りをぶつけるように突き刺した。
するとその瞬間、黒い絵の切り口が光を放ちそして絵からなんと少女が現れたのだ。
「!・・・・・・・・ゆ、幽霊?妖怪?きゃああああ」
足をもつれさせながら出口のドアへ急いで向かう。そのアキの姿を見た少女は指を鳴らし魔法なるものを使う。すると扉に鍵がかかったようにガチャリと閉まる音を立てて扉が開かなくなってしまう。なぜ?鍵穴などないのに。
「どうして開かないの!?」
「落ち着け。橘アキ。」
そう言うと少女はポケットから白い水玉模様の大きな赤いリボンをとりだし頭につけながら言葉を続けた。
「落ち着いて聞くんだ。私は幽霊でも妖怪でもない。後ろのあの黒い絵の世界からやってきた絵の世界の住人だ。」
「え?」
「ふむ。予想通りの寂しい反応だ。人は本当に驚くと思考が停止し言葉につなげる感覚が鈍るということを知ってはいたが、寂しいものだ。もう一度言う。私はこの黒い絵からやってきたあの絵の住人。言い換えるならばあの絵の主人公だ。理解するのはゆっくりでいい。まずは私の話を聞いてくれ。」
少女は祖父が書いた絵の住人でアキが絵に傷をつけたことによってゲートなるものが開き、絵の世界からこの現実の世界に来られたのだと言う。少女は魔法のような力が使え、ドアを塞ぐ魔法以外にも、一つのボロボロで割れたランプしかなかったこの地下室に蛍のような浮遊する光源を魔法で生み出したり、絵の横にポツリとおかれていたボロボロの手作りの椅子にそっと息を吹きかけ金の装飾と赤い布で出来た豪華なクィーンチェアに変化させた。その椅子にちょこんと座り、この世界にやってきた理由をその少女は聞いてもいないのに話しはじめた。
「なぜ私が絵の世界からこの現実の世界へ現れたかと言えば、この黒く染まってしまったこの絵にはもう美しいものはひとつも残っていないからだ。私は美しい物好きだからなショックだった。途方にくれること6年。すべてをあきらめかけたその時、絵に傷がつき絵の世界からお前のいるこの世界へ来られるゲートが開いた。お前のおかげだ。そして何もかもなくなったこの世界から私は脱することができたというわけだ。」
「絵に傷をつけると絵の住人は絵から出られるって事なの!?初耳だけど・・・」
「まあ・・・そうだな。だが大概の奴は絵から出ない。チキンだからな。それに私のように外に出る者も少なからずいるが人間に顔を見せずに隠れてどこかへ行くのがほとんどだ。だから初見なのは普通のことなのだよ。」
「はぁ・・・・・。」
床に膝をついてアキは豪華な椅子に座る自分よりも半分くらいの身長の少女を見上げて一番気になっていた質問をぶつける。
「聞きたいことがあるんだけど、あなたこの絵が黒くなった理由を何か知っているの?この絵にいたのならわかるんじゃない?」
「知っているも何もこの絵は私の家のようなものだからな事情を知りえているのは当然のことだ。絵を再び生き返らせて欲しいところだが、”あんなこと”があっては作者の助けをを求めるのはもう無駄・・。ああ、・・・この絵は本当に美しかった。描かれた私ですらそう思うほどだった。アキお前もそう思うだろう?」
「まさか・・・・・おじいちゃんの事も知っているの?」
少女は自分に笑顔を向けてゆっくりと頷いた。
アキは衝撃の出来事の連続で息が詰まる。祖父がいなくなり、好きだった絵が黒く染まってから約6年目。ついにまったく見つからなかった真実への道が絵からやってきたという少女によって開かれようとしていた。またあの絵が見られる?また祖父と出会える?そんな奇跡の未来にわずかな希望をアキは抱き始める。
「お、教えてください!」
口はごもり、そして思わず敬語になる。言葉に反応した派手な格好の少女は指差し言う。
「ふむ。かまわない。でも私のお願いを聞いて叶えてくれたらな。それを叶えてくれた時、おじいさんの居場所そしてこの絵を救う方法を教えてやろう。どうだ?やるか?」
アキはあらゆる町を訪問し、恥を捨てあらゆる人に行方を聞き続けた。祖父の事がわかるのならば何でも出来ると信じていたアキは少女の言葉を当然のように受け入れる。いきなり信用しすぎだと思うかもしれないが、道で突然会った人に言われたわけではない。祖父の描いた絵からやってきた絵の世界の少女に言われたのだ。かなり信憑性は高い。すべてを知っているだろう。アキは少女の言葉に間髪いれずに返事を返す。
「もちろん。」
「いいわ。まずは私の願いを話す前に、お前達のいるこの世界にはびこる悪夢、ナイトメアについて話そう。」
「ナイトメア?」
少女が指を鳴らすと目の前にティーセットが現れカップにコーヒーが無人で注がれる。そのまま紅茶の香りを漂わせながら少女とアキの双方にひとつづつカップが浮遊して到着し、それを受け取るとカップは地球の重力を取り戻し、アキは紅茶を零しかける。
「アキ。君はおじいさんがいなくなった日から今日この日までで不思議な事象に出会ったことはあるか?」
「不思議な事象?」
「例えば、”ある場所のある箇所の一部分の色が消えてしまう”といった事象だ。心当たりは?」
「あったような・・・なかったような・・・」
少女のカップから出ている甘い香りの湯気で少女の顔は隠れる。
「アキは不思議な現象にあまり対面してこなかったようだがこの世界にはナイトメアという生き物が存在する。ナイトメアというのは私のように絵の世界から何らかの手段でやってきた絵の住人の事を言うんだが・・・・。」
「・・・あなたと同じ?」
「その通り。私もナイトメアだ。私のように絵の世界からやってきた絵の住人は人にばれずにこの世界にたくさんいる。家の中、町の狭い路地、山道や、川、海などにな。」
アキはモナリザからモナリザが出てきたりムンクの叫びからムンクが出てきたりといった不思議な妄想を膨らませる。こんな世界があったことに驚き自分の絵も具現化させることも考え付いた。しかし、少女の次の言葉がそれを引き止める。
「だが、絵の世界にいた者はその絵でしか生きていくことが出来ない。」
「え?」
「つまり、簡単に言えば食べ物がないんだ。絵から飛び出した者は自分がいたその絵の中のエネルギーを受け取って生命を維持する。しかし、その絵から飛び出してしまったものは絵のエネルギー供給から外れてしまい何も食せず朽ち果ててしまうんだ。」
「食べ物ならあるはずでしょ!? スーパーや畑に行けばいくらでも・・。」
「牛やブタが牧草を食うのに対して人間がそれを食わないのと一緒だ。どれだけそのナイトメアの風貌が人間に似ていたとしても食すものは人間の食べるものではなく自分のいた絵にある食べ物がそいつのエネルギー源なんだ。」
「じゃあナイトメアは自然と消えていくわけなのね・・。」
「そう思えるがそうじゃない。何も食せず朽ち果ててていくナイトメアは消えずこの世界に残り、黒い魔物へと姿を変えていくのだ。姿を変えたナイトメアは自分を維持するためこの世界にある自分の好みの色を食し続ける。食す色は絵の具の色から生物のもつ色まですべてだ。」
「え・・? じゃあ色を奪われた生き物はどうなるの?」
「下手をすれば存在を保てなくなり消滅してしまうこともしばしばある。だから君たち色を持つ生物にとってナイトメアは命を脅かす敵となってしまうのだ。」
紅茶を飲み落ち着くアキ。しかしとんでもないことに気が付き口から紅茶が吹き出す。
「まった!あなたもナイトメアでしょ?これってまずいんじゃないの・・・?」
怯えた表情を見せないようにして半歩少女から遠ざかる。
「安心しろ私は特別なナイトメアだ。餓死して消えるなどという間抜けな奴と一緒にするな」
「はぁ・・・それならいいけど。というかその話本当なの?全部始めて聞くけど・・・。」
「すべて事実だ。情報が出回っていないのはおそらくお前の知らないところでナイトメアから人々を守り、撃退する自警団なるものがこの世界に存在しているからだろう。だから・・・」
「なるほどだからそんな不思議な事に出会わなかったのね。自警団には感謝しないと・・!センキューセンキュー。」
アキはここで紅茶を4分の3ほど飲み干す。意外とおいしいこの紅茶がなにで作られているのか気になりだしたが、話の腰を折りそうなので後で聞くことにする。
「いいや。それは一方的な正義であって、実は本当の正義じゃない。ナイトメアも・・・生きている。一見色を奪い悪行をしているように思えがちだが、そうじゃない。実は彼らも飢えに苦しんでいるんだ。彼らを救うことさえ出来れば色を奪うことはなくなる。彼らを救えるんだ。しかし、この世界の自警団なるものはその悪魔達を死に至らしめることでしか世界を守れない。こんな悲しいことがあっていいと思うか?アキ。」
「救える命ならナイトメアでも救うべきだと私も思うよ!」
「そうだその通り!そして私には彼らを救うことの出来る力がある。しかし私は絵の世界の者。この世界の表に出ることは難しいしなにより自警団に見つかると厄介。そこでアキの出番だ。」
小槌を叩くような動作と同時にアキが少女に指先を向けて言い放つ。
「私があなたのかわりにナイトメアを助けるってことね!」
「理解が早くて感心するぞアキ。ナイトメアをを助けてあげて欲しいそれが私の願いだ。この願いをお前が聞き入れてくれたとき、私は黒い絵の事とお前の祖父の事、すべてを話そう。」
「救う・・・・か。まかせて!これでやっと・・・・!。そうだあなたの名前は?」
「名か・・・・。通常であればこの絵の題名が私の名になるわけだが、残念ながら絵の作者は題名をつけずに去った。アキ。お前がこの絵に題名をつけろ。私が許可する。」
「うん。え~~と。」
この絵が生きていた頃の姿を思い出しそしてそれをゆっくりと文字に変換する。
「題名は・・・”アリスの国の不思議”・・・・・おじいちゃんの描いた絵の世界にいたあなたはアリス。よろしくねアリスちゃん!」
「よろしく。アキ。ひとまず”色がなくなる事件”が起こらない限りナイトメアの居場所はわからない。それまで待機を命ずる。しかしその事象に気づいたまたは出くわした場合はすぐに私に報告しろ。わかったな?」
「わかった。じゃあ・・・・それまで話し相手になってもらってもいい?」
「かまわないよ。素敵な話を聞かせておくれ。」
そしてそれから一週間後の今。私はアリスに話す事の順序を間違え少し怒られた後、今日あった絵から色が消える不思議な現象について話した。
ほう。やっとあらすじまでの設定を投稿できます。ここからですよ!