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序章 終りと始まりの黒

 マリンブルーと白を混ぜたような淡い青色を目の前の大きな絵に乗せていく。筆は筆の形を絵に残さぬよう優しくそして大胆に描かれていく。


 筆を持つ手はしわだらけで老いを感じさせる骨の角ばった手だったが、その手が魔法や霊妙といった類の奇跡を起こせる手だということを祖父を知る者はみんな知っていた。孫の私もその一人である。

 私の祖父が起こす奇跡とは単純明快。無限の美しさと神々しさを放ち、”世界の縮図”と言っても過言ではないほどの地下室に飾られた美しい一枚の絵の事。


 自宅1階の階段を二十段下る。階段を降り終えたときに目の前に現れるドアを開くと三十畳ほどの広さの地下室があり、すぐ目の前の壁に横2メートル縦1・5メートルのその絵は存在した。祖父は有名な画家というわけでも賞を狙うわけでもなく趣味で好きなときに絵を描くくらいのものだったが、子供の私達でも祖父の描く地下室のその絵がどれほど美しく素晴らしいものなのかが理解できた。

 一度、この絵を誰かに見てもらったら?と聞いたことがある。その時祖父は私に微笑みかけ、悲しい目をしたあと問いには答えずその絵の制作を続けた。今思えばその目はまるで自分の墓が作られていく様子を見つめるときのような覚悟やあきらめのような目だった気もする。そしてゆっくり時間をかけて製作されていく地下室の絵はついに完成の時を迎えようとしていた。



 「じい!この絵・・・生きているみたいだ。」

 ポテトチップスをほおばりながらそう言うのは私の双子の弟、橘ハル。ハルの声に反応し筆を台に置いて祖父は笑顔で私達のほうへ振り返り、こちらへ歩み寄ってくる。

「そうかハルにはこの絵が生きているように感じるのか。アキはどう思う?」

「う~ん。スッゴく綺麗だよ! 私この絵大好き!」

「そうか・・・アキの今描いている絵もじいちゃんに負けないくらいすごくいい絵だ。」

「えへへ。」

 祖父の真似をして自分も絵を描いていた。赤いトカゲのようなよくわからない絵だったが祖父はそんな絵を見て優しくほめてくれた。


「じい!これいつ完成すんの?もう友達に見せるって約束しちゃったぞ!?」

 台に備えられていた綺麗なタオルを取り、汚れた手を拭きながら祖父は答える。

「二人が寝て次の日起きた頃にはもう完成している・・・・はずだよ。」


「・・・・おじいちゃん。なにか悩み事でもあるの?」

 質問をした理由は特にない。ただ、なんとなくそう感じた私は祖父に聞いていた。


「どうしてそう思うんだいアキ?」

「おじいちゃん。描き続けるたびに・・・絵が完成していくたびに疲れた顔になっていくから。」


 私はこのときすでに祖父の出す違和感に気づき始めていた。しかし、心配しただけでそれ以上は何もしなかった。


「体に気をつけてね!早く寝なよ!」

「ああ。ありがとう。アキは優しい子だね。」


 このとき、祖父の悩みを打ち消すことが出来ていたのなら今のような状況にはなっていなかったといつも考える。しかし何をすればよかったのかは今でもわからなかった。

祖父は私とハルの頭をなで、私達を寝るようにせかした。

 「また明日。」と手を振る私達に祖父は笑顔をみせて手をふり返す。




 翌日。

 明日完成という祖父の言葉を覚えていた私達は起きてすぐ地下室に向かった。絵の全貌はよく知っていて、後は仕上げだけの状態だったため昨日の夜とは大きな変化はないと思っていたがやはり、孫として、絵の制作を見続けた者として完成品を見るという使命はやり遂げなくてはならないという妙な想いが私達にはあった。絵を見る前から口がほころびだす。

 ハルが落ち着かないまま、地下室の絵のある部屋のドアを勢いよく開けて入っていく。私はまだ階段を降りている途中だったのだが、なぜか急激に全身を悪寒が包み込む。ハルはいつも絵を見ると第一声に必ずと言っていいほど「すげえ!」という大声を出していた。しかし今回は出さなかった。それが体を包み込む悪寒と関係があるのかよくわからなかったが、地下室のドアを開ける。私は自分の中からあふれ出た不安がただの偶然ではないことを知る。




 絵は・・・・死んでしまっていた。




 正確には美しかったその絵は黒で塗りつぶされていた。命の源と言わんばかりに光る太陽、生きる喜びを教えてくれているような動物達、それを包み込む空と海と大地、世界の縮図とも思えたその絵はすべて、すべて黒になった。私達はその黒に直感的に”死”を感じ取る。ますます不安になっていく自分を抑えるため私は思わず胸を押さえる。

「どうしてこんなに黒く・・・?イタズラ?」

 その時ハルが私の不安の虚をつく言葉を放つ。

「じ、じいは・・?」

「!。」

 私達は家中を探し回り祖父の姿を探した。



 しかし、祖父はいなかった。



 出かけているのだとも思い一日、一週間、一ヶ月、一年と家で待ち続けたが祖父はそれから二度と家に帰ってくることはなかった。私達に両親はいない。母は私達を身ごもると同時に父にすてられ、そして私達を産むと同時に息絶えた。生まれた私達を祖父はわが子のように可愛がり、この歳まで育ててくれた。私達にとって祖父は親同然なのだ。

 私達は祖父にすてられてしまったのか?違う。祖父は強盗に殺された?違う。

私達は考えられる現状マイナスの可能性を思い浮かべては潰し、思い浮かべては潰しを繰り返し、繰り返した。警察に捜索願いを出しても何もこれといった証拠や返事は来なかった。

 二人だけになってしまった私とハルは黒い絵と共に祖父の帰りを待ち続けた。待ち続け、待ち続け、6年の時が流れる。



 私達の元にまだ祖父は帰ってきていない。

頑張って続けていきます。評価、コメント、批判何でもしてくださいよろしくお願いいたします。

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