隠れ巫女
その日、その国では、式典が行われた。
古の理に則り、この世を救うものを呼び寄せたと。
男であれば、それは勇者と呼ばれ、女であれば、巫女と呼ばれる。
この世界の人間では対処出来ないものに対して、力を振るうことが出来る救世の手。
その巫女のお披露目とも呼べるものだった。
少女は、透けるような白い肌と、淡い色の髪をふわりと揺らし、年頃の少女らしく、緊張と共に笑みを作った。
人々が思う光りをもたらす巫女そのものの姿に、街は湧き上がった。
長らく、魔と呼ばれるものが世界を満たしていき、人は生きづらくなって言っていた。空は、曇天が多くなり、作物も上手く育たない。
それは緩慢な市へと向かっているようだった。人々の顔からはいつしか笑顔がなくなり、いつも疲れた顔をするようになっていた。
そんな人々にとって、彼女は一条の光。
いや、世界を満たす大陽のようなものに思えた。
彼女は、後の歴史学者達に、彗星の巫女と言われる事となる。
さて、時間は遡る。
救世の手を召喚するためにしかれた陣。
てきぱきと準備を整えながら、その中で幾人かの顔色は冴えないものとなっていた。
幾人かが、召喚に反対をしていたのは、王も知るところである。けれども、彼らは、進言という程度の声しか上げなかった。
現状を憂えるのであれば、召喚が一番ではあるが、他に手がないわけではない。時間がかかるが、召喚をせずとも、なんとか出来ないことはないのだ。
けれども、それには、色々とかかるものがある。それを出し惜しんだとも取れる王の行動は、正しくそれに相応しき最後を迎えることとなった。
「では、召喚の儀を執り行います」
一人が恭しく頭を垂れ、儀式が始まる。
召喚そのものは、蓄積されていく力で出来るため、それを起動させるための儀式を執り行うだけ。後は呼ばれた人間が世界の闇を払えばお終いだ。
何とも簡単で、単純な仕組み。
けれども、それは一方的な搾取であることを皆はすっかりと忘れていた。
儀式が終わり、陣が発動されれば、その中に一人の人間が経っていた。
真っ黒な髪と真っ黒な瞳。過去に幾度も召喚された、異界の人間の特徴そのもの。しかし、その人間を見て、その場にいた誰もが顔をしかめた。
女性と見て取れる姿は良い。けれども、その髪は男のように短く、衣服もとんでもないものだった。
下着かと見紛わんような姿に、素足をさらしている。卑しい身分の女でも、足を晒すようなことはしないと言うのに、召喚された巫女は、とてもではないが、人前に出せるようなものではなかった。
「これが巫女だと」
最初にそう言ったのは、王であった。
王の言葉にその場にいたほとんどのものが、顔をしかめる。
その雰囲気を肌で感じた召喚された女性は溜息を吐くと、異界の言葉を紡いだ。
最後まで反対の異を唱えていたものの数名が、彼女にせめてと、布を差し出す。この場を離れ、衣服を取りに行くことはどうにも難しい雰囲気であった。
それを受け取ると、静かに何かを口にした。それは小さな呟きであったが、近くにいたものははっきりと聞こえる程度の声。
けれども、その異界の言葉を理解出来るものはほとんどいなかった。
彼女の近くにいた者達は、真っ青な顔をして、体調が優れないと口々に言うと、そのまま下がることに許しを貰う。
想像もしなかった巫女の姿に気分を害したのだろうと、王はその者達の申し出を鷹揚に受け入れた。
王の言葉に感謝を述べて、去って行った者を見て、更に幾人かが後を追ったが、王はそれらを咎めることはなかった。
「さて、娘よ。お前をここに呼んだのは他でもない。この地を救って貰いたいのだ。異界のものは、陣を通ったときにここの言葉も理解出来るようになっていると聞く。私の言っていることは理解出来るか?」
王の言葉に、彼女は、頷いて理解を示した。
「巫女の姿を人々にさらすのは力を削ぐことになりかねぬため、他のものを身代わりとして立てようと思う。少し窮屈な思いをさせるやも知れぬが、よろしく頼む。世界を救った暁には、元の異界に戻すことを約束する」
王の言葉に、彼女はまた一つ頷いた。
何故言葉を発さないのかと思ったが、口が利けぬのであれば好都合であると、王は気にも留めなかった。
そして、旅の準備が始まり、巫女とその一行が旅立つと言うとき、彼女は、その場に集まっていた幾人かに聞こえるように言葉を発した。
それは、王には解らぬ言葉であった。近くでそれを聞いていた男は、真っ青になってガタガタと震え始めた。
それに追い打ちを掛けるように、彼女は更に言葉を続けると、男は真っ青な顔のまま絶望したような顔をする。
王はただ、彼女の言葉が忌むべき言葉なのだと思い、慌てて男から引き離す。
男は、その手を振り払うと、城下に走って行った。
普段であれば無礼を咎めるところであるが、どう考えても、原因は召喚した巫女のせいである。何を言ったのかは分からないが、まじないのようなものであったのだろうと、王は思った。
けれども、巫女が呪いの言葉を振りまくなどと知られては困ってしまう。王は、巫女に街の中に入らぬように言いつけた。
何を言っているのかと、家臣一同思ったが、王の言葉に逆らうことも出来ず、ただ頷く巫女を見送った。
巫女は、国中の街に足を運ぶ。
どれほど言い募っても、耳を貸さない巫女を見捨ててしまうことは出来ない。彼女がいなければ、この旅は意味がないのだ。
どれほど彼らが嫌がろうとも、行き先を決めるのは彼女だった。
それは悪いことばかりではない。街に巫女が現れると言うだけで人々は安らぐ。それが分かってからは、誰も何も言わなくなっていった。
何より、巫女がいれば、歓待され、街はお祭り騒ぎとなる。
それだけ人々は今の状況に行き詰まっていたと言うことではあるが、王宮でぬくぬくと暮らしていた王子や、騎士達には実感の湧かぬ事であろう。
ただ、自分たちが諸手を挙げ歓待されているという状況に酔い始めていた。
「あの、巫女、様」
街の外で野営を始めていた彼女に、偽の巫女である少女が声を掛ける。
「これ、街の人たちが下さったものです」
彼女のために皆の目を盗んで持ってきたのだろう。そわそわと落ち着かない様子に、彼女はぎこちなく笑った。
どういったものかと小首を傾げるようにして、彼女は、貰った食料を大事そうに胸に抱えると、小さく頭を垂れた。
「そんな。気にしないでください」
淡く笑って少女はそのまま皆の元に帰っていく。
少女の姿が見えなくなると、彼女は中身を確認して、溜息を吐いた。
そのままふらりとどこかに姿を消してしまう。
言葉をしゃべらない。関わらない彼女のことをだんだんと一考は居ない者のように扱っていくことになる。
巫女は奇跡を起こす。
まことしやかに囁かれ始める言葉。
それが、彼女がなにがしかをしているせいであると言うことを、初めは理解していたはずだった。
けれども、いない人間を覚えているのは難しい。
いつしか彼らは、自分たちが奇跡を起こしているのだと思うようになっていった。
初めの頃はおどおどとしていた少女も、今では巫女のように慈愛に満ちた笑みを浮かべ、人々に言葉を掛ける。
「私たちが来たからには、もう安心です。もう憂えることはありません。私たちが世界を救いますから」
ただ、彼女の後を追い、彼女の成したことをまるで自分たちが成したのだというように、誇らしげに語る少女には、一片の疚しさもない。
それはもう当たり前の、誰も咎めることのない事実なのだ。なぜなら、彼女の成したことを人に知らしめるのは、少女達の役目なのだから。
この国の最後の町。
この町を越えれば、後は荒野が広がっている。豪遊が出来るのはここで最後だ。
だから、彼らはここに留まることにした。
ここに居ても、奇跡は起こる。世界はそう出来ているのだと、彼らは信じて疑わない。
「本当に救いようがないな」
ぼそりと呟かれた言葉を聞くものはないはずだった。
「あ。あの」
まさか自分の側に人が来ると思っていなかった彼女は、自分が油断していたことを少々悔いる。
けれども、彼女に声を掛けてきた町の娘は、思わぬ事を口にした。
「あの、あなた様が巫女様ですよね」
確信というようなはっきりとした言葉に、彼女は慌ててなんと言ったものかと、言葉を探してしまう。
「だって、アナタの側には加護が見えますから」
加護といったものがなんであるのか、彼女はすぐに解った。それは、彼女がここに来たときから自分の周りにいる者達だ。
これのお陰で、彼女は魔と言われるものに侵されることもなければ、払うことも出来る。
加護とは上手く言い表しているなと、感心をしながら、娘を見た。
「これが加護だというなら、町の中にいる少女にもあるはずだけど」
彼女の身に纏う衣装は、彼女が時折念入りに細工を施しておいた。そのため、彼女ほどではないが加護と言われている光りがその身を包んでいるはずだ。
「あれは巫女様が施した術でしょう」
何を言っているのだという娘の言葉は、こんな当たり前のことも分かっていないのかと、言外から聞こえてくる。
「そうか。君は見えるのだね」
「え? 私だけじゃないですよ。皆、巫女様はどこにいるんだろうって探してました」
そんな娘の言葉に、彼女はケタケタと楽しそうに笑った。ここに来て、始めてかも知れない笑い声。
「そうか。それならば、私は君たちに助言を与えなければならないだろう」
すうっと、彼女の纏う空気が変わったのを娘は感じ取り、緊張に背筋を正した。
「君たちはこれから私の示す場所に移動しろ。これからここに魔物がやってくる。町はなくなるだろうが、人が居れば何とかなるだろう。王子たちの世話をするものがいなくなるので、こちらに手配をするように言うと良い。
名目はそうだな。町に伝わる古い祭で、町の人間以外は参加出来ないとでも言えば良い。助けたいものがあれば、伝令と一緒に移動していけ。伝令が人を連れて帰ってくるまでの時間を考えれば、随分と時間は稼げるだろう」
彼女が全てを言い切ると、娘は真っ青な顔をする。
「巫女様は、世界を救われないのですか?」
「世界は救ってやってもいい。だが、この国を守る義理はないんだよ」
しばらく巫女を見詰めていた娘は、何も言わずに頭を下げる。
「長に話をします。私たちは何処に逃げれば良いでしょう」
「そこの山。その山頂まで行くと良い。数ヶ月は凌げるようにはしておいて上げるよ」
「ありがとうございます」
娘はそう言うと、急いで町に帰っていった。
彼女はそんな娘を見送って、溜息を吐く。
「以外だ」
こんな国、とっとと滅ぼしてしまおうと思っていた。
けれども、悪いのは王だけかも知れないと思ったのだ。彼女の言葉を覚えていた者達が王城に残っていたから。
城から出て、町を渡り歩き、くまなく見て回ったのは、彼女の言葉を知る者を探していた所為だった。
「一体うちの人間を何代もってきゃ気が済むんだかな」
最初の一人は偶然であったのだろう。だが、一人が呼ばれた瞬間に、その一族に妙な縁が結ばれた。そのため、その後の償還は全て彼女の血筋から出ていたのだ。
さして悪くはなかったと言ったのは、ほとんどいない。
元の世界に還してやると、ばっさりと切られて殺された。
晩餐だと呼ばれ、饗された食事に毒が盛られていた。
帰る術などないと、嘲笑と共に殺された。
もっとも、笑ってしまうのは、死ぬと言うことが、世界に戻る鍵であったと言うことだろうか。
どうも、呼ばれているのは魂だけのようで、この世界の器を壊すことで元の世界に帰ることが出来るのだ。
皮肉なその結末に、彼女も呼ばれた誰もが笑った。
だから、言葉を残したのだ。
いずれ、私たちはこの世界を壊すだろう。
その時に、よくしてくれたものを殺してしまうのは忍びないが、時が経てば、忘れてしまうだろう。
そこまでは責任は持てない。だから、いずれあるかも知れないその時のために、言葉を伝えていけ。
投げつけるような言葉を、彼らは必死に伝えて行っていたらしい。
召喚された彼女が呟いたのは、彼女の世界の言葉。
「こんな世界は壊してしまおう」
彼女を見て、顔をしかめた王達。
呼び出しておきながら、適当にあしらって、魔だけを滅ぼさせ、自分たちはぬくぬくとしていようという魂胆が見え見えだった。
「私の言葉が理解出来るなら、一族引き連れ逃げるが良い。私は世界を滅ぼす。鍵を使え」
祖父は、幾つかの単語を教えたと言った。滅ぼすと鍵、それを口にしたときは、この国を見捨てたと言うことだと、言い含めて、異界とはまた違う、ほんの少し次元をずらした扉を開く鍵を渡しておいた。
入るのも出るのもその鍵が必要らしいが、彼女は祖父の作ったものの原理は知らなかった。
ただ、もし、この世界を滅ぼすと決めたのであれば、滅ぼすと鍵という言葉だけは伝えてやれと言われていたのだ。
まさか自分自身も人を助けることになるとは思っていなかったが。
「さあ、最後の宴を始めよう。きっと君らは気に入ってくれるだろう。君らの器が壊れたら、君らは一体何処に還っていくんだろうね」
笑った彼女の視線の先には、魔の住まう世界が映っていた。
それを粗方掃除してしまえば、世界はそこそこ元に戻る。要は均衡が崩れてしまったせいなのだ。
だから、定期的に狩っていれば問題はない。
それが面倒だったのか、知らないのか。多分面倒だったのだろうなと、彼女は薄く笑うと、ぐっと一つ伸びをした。
「さあ、始めようか」
その言葉を引き金に、その国は滅んだ。
時間にして三日ほどであったろうか。巫女は、魔を引き連れ、国中の町という町を逆走した。人々混乱のまま、魔に蹂躙されていった。
「何事だ」
一番最初に異変に気付いたのは、王子であった。
その頃には護衛がほぼ死に絶えていた。
「魔が」
そう言って少女は青い顔をして、町の端を指さした。
見たこともない程に黒々と膨れあがった魔の群れ。それが一直線に自分たちに向かってきている。
一直線に向かってくる魔が少女に当たると思った瞬間、目標を別のものに定めた。
何が起こったのかと、少女は瞬きを繰り返した。
けれども、すぐに気が付いた。自分には力があるのだと。魔物は自分に近寄ることが出来ないのだと。
それが分かると、少女は、いつものように慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
王子と騎士は、少女の側にいれば助かると思い、その体に縋った。
少女は皆を守るように両手を広げた。
しかし、攻撃はただ彼女をすり抜け回りのものを切り刻んでいく。
「え?」
何が起こっているのか解らず、少女は間の抜けた声を上げた。
「ああ。上手く効いているね。あんたには生きてて貰わないと困るからね。だって、この後始末を付ける人間が必要だろ」
すっかりと忘れていた黒い人が立っていた。
楽しそうに歪んだ笑みを浮かべている。
初めの頃に浮かべていたぎこちない笑みではない。
「なんで」
「だって、あんたが巫女じゃないか。救世の巫女。最後までがんばってよ」
そのために色々と仕込みをしたのだと彼女は笑う。
「助けるかどうかは、ずっと考えてたんだよ」
少女が持ってきた食料。それは、少しずつ囓ってあった。
それは、食べ残しでなければ持って来れなかったとも取れる。けれども、彼女は知っていた。それが少女の口に合わなかったものであることを。ようは残飯に思しきものなのだ。
正に乞食に施すようなもの。
それをさも良いことをしているかのように振る舞っている少女を見て、彼女は本当に寒気を覚えたのだ。
人はこんなに人と思わぬものに残酷になれるのだと。
こんな愛らしい姿をしている少女すら。人ではないとそう思うただそれだけで。
「いや。いや」
少女が叫ぶ。
けれども、彼女はもう振り返ることなく、走り抜けていった。
王が異変に気付いたときには、もう魔の群れはすぐそこまで来ていた。
巫女の姿を見つけた王は、彼女を口汚く罵る。
「魔を滅ぼすのは貴様の仕事だろうっ。何をやっているのだっ」
その言葉に、巫女は笑った。
「そうだな。魔を滅ぼすのが私の仕事だ。だが、貴様らを守るのは、私の仕事ではないんだよ」
彼女の言葉に、王はやっと理解する。
彼女には、王を守る義理も義務もない。
「世界に。元の世界に帰れなくなるぞ」
そう言って、異界のものを従えてきたのだと、古い文献にあった。異界のものは元の世界に戻るためだけに馬車馬のように働くのだと。
「なあ、前から聞きたかったんだ。お前らはどうやって私たちを戻すつもりだったんだ?」
「それ、は?」
当たり前の問いかけに動揺を隠せない王に、彼女は笑う。
「バカだな。お前達は。還らないと決めてしまっていれば、そんな言葉、意味もないと言うことすら思いつかなかったのか」
嘲笑を響かせ、彼女は魔と共に王城に突っ込んできた。
がらがらと崩れていく城。あっという間に瓦礫になっていくその様を王が最後まで見れたかどうかは、彼女にも解らなかった。
魔を滅ぼして、さっぱりと更地になってしまった国を見詰めて、彼女は笑った。
元々潰したかったのは王城だけであった。
ここの陣さえなくなってしまえば、もう2度と、彼女の血族は呼ばれることはないだろう。
問題は、器を壊しても彼女が帰れなくなっているかも知れないと言うことくらい。
「うん。問題ないな」
ここに呼ばれたらこうしようと、彼女はずっと考えていたのだ。
もう2度と誰も呼ばれないように。
何より、町をくまなく見て回ったのには、別の意味もあった。この世界で暮らしていかなければならないのであれば、ここの生活水準などを知るべきだと思ったのだ。
旅は、彼女の望む情報をくまなくくれた。
一人で生きていくのは難しくないという結論に達し、戻れなくなるのは少しばかり寂しいが、これ以上の犠牲がないのであれば良いのだ。
「さてと、どれだけの時間があるのか知らないが、世界を楽しむとするかな」
彼女はくすりと笑った。
一瞬でなくなってしまった国。
大国と呼ばれたそこは、もう跡形もない。
僅かばかりの生き残りが、城の跡の近くに小さな町を作っている程度。
巫女の不興を買い、魔に滅ぼされた国と言われれば、どれほど肥沃な土地であろうとも居着くものはほとんどいなかった。
魔に侵された土地。神に見捨てられた国。
ならず者ですら近寄らないような土地となってしまった。
たった一人、魔の中で生き残った巫女。
彗星の巫女と呼ばれた少女。
落ちて、世界を滅ぼした巫女という皮肉を込めたその名に、少女は必死に言い募った。
「私は巫女なんかじゃないんです。私は、私は身代わりで」
その言葉が真実であると言うことを知っている者は、確かに生き残っていた。
だが、やはり、誰一人として、少女が哀れだと思う者は居なかった。
巫女は知らなかったが、少女は、巫女の身代わりと望まれたときに巫女の姿を遠目に見て、言ったのだ。
「ああ。あんな姿では人前になど出れませんものね」
哀れみと、蔑みと、優越感の入り交じった顔を、その場に居た者は決して忘れないだろう。
断罪されるままに任せ、誰もが口を噤んでいた。
しかし、しばらくして、国外れの町娘が声高に叫んだ。
「あんな人は巫女様じゃありません。加護が見えないのに、皆何を言っているんですか?」
巫女が姿を隠したがっているのだろうと口を噤んでいたものは、娘の言葉を聞き流していた。
けれども、娘は口を閉ざさなかった。
「巫女様は、一人で世界を救ってくださったんです。国は確かに滅ぼしてしまったかも知れません。それが良いことか悪いことかは、私には解らないけど。でも、巫女様は、世界を救う義理もないのに、それでも世界は救ってくださったんです。そんな巫女様を蔑ろにするなんて、私は嫌です」
国が滅んだことばかりを気にしていて、重要なことをすっかりと忘れていたと、巫女の言葉で事なきを得た者達は、娘の言葉に深く頷いた。
縁も所縁も無い上に、呼び出されてすぐに疎んじられた。
果たして彼女は世界を救う義理があったのだろうか。
元の世界に還す手立てすら示すことの出来ない状況で、それでも彼女は世界を救ってくれたのだ。
かくて、巫女が二人存在し、彗星の巫女は、ただの身代わりであったこと。それとは別に異界から呼ばれた巫女がいたらしいと言うこと。
巫女の姿を見たものは、その姿をはっきりと口にすることはなかった。
ただ、美しい黒い髪と、闇を見通すほどに黒い瞳をしていたとだけ語った。
「うん。まあ、これは予想の範疇内か」
陶器のような体が脆くなって崩れていく。
「本当にこの世界に魔がなくなったってことかな。あの子の言っていた加護も見えなくなったし」
さて、この器が壊れて、その後は一体何処で目を覚ますのだろうか。
そんなことを考えて、彼女は笑った。
悪趣味な神様のもたらす結末など、悪趣味に決まっていると。




