ギルド会議の後に捕まった 1
「おい、《姿無き英雄》、居るんだろ。出てこい」
ギルド会議が終わりギルド最高ランクのほとんどが帰った後、その場に残ったのはリアを含めて四人だけだった。
ギルドマスター、ゲン、ルノ、リアである。
人が帰っていき静まり返るその場所で、ゲンは声を上げた。その黄色の目は真っすぐに空席に見えるその席を見つめている。
(わー、めんどくさそう。無視したい。にーげーたーい!)
ゲンの呼びかけに対してなんともやる気のない思考をしながらもリアはユニークスキルを解除する素振りを一切見せなかった。
知人とだろうとあまり話したくないらしい。
そんなリアに続けてルノが笑いながらいう。
「ちゃんと人が来ないようにしてあるから大丈夫よ? だから安心して。出てこないなら無理やり引きずり出すわよ?」
優しくいったかと思えば恐ろしい事を言うルノ。そんな様子をギルドマスターはニヤニヤしながら面白そうに見ている。
そんな彼らの様子にようやく観念したとでもいうようにリアは姿を現す。
「………お久しぶりです。ルノさん、ゲンさん」
姿を現したリアは席から立ちあがり、仮面をつけたままぺこりと二人に頭を下げる。
その様子から姿を現すのが不服だという態度がにじみ出ていた。
「全く……、てめぇはいい加減ギルド会議ぐらい顔だせよな。まぁ、《炎槍》達の態度はおもしれぇからいいけどよ」
リアの姿を見せたくなかったと全面に出しているような態度に呆れたようにゲンは言った。
「相変わらずちまってしてるわね。ねぇ、いい加減顔ぐらい見せてくれない?」
続けてルノがそういって笑う。
(あー、逃げたい逃げたい逃げたい。自分よりレベル高い三人と一緒とか怖い。てかお義父さんはニヤニヤしてないでこの状況どうにかしてよ。というか、ソラトが待ってるって理由で逃げ出せたりは……無理だな、この二人相手じゃ)
そんな事を思いながらも、ため息が出そうになるのを抑える。そして渋々答える。
「小さいのは仕方ないでしょう、ルノさん。レベルを上げすぎたせいで身長伸びないんですよ……。それと顔を見せるのは却下します。嫌なので」
「これから十数年から数十年はその身長って、可愛いからいいじゃない。というか、本当顔見せるのも嫌がるわね」
リアの身長が百四十センチ弱なのは理由がある。
それはこの世界ではある一定のレベルに達すれば種族としての限界を超えたとみなされ、存在の格が上がる。それと同時に寿命が延びるからだ。レベルが満たされたと同時に成長がゆっくりとなるのだ。
寿命が百年未満の人間や百五十未満の獣人はレベル九十半ばあたりで、寿命が二百年未満の竜族はレベル百二十五あたりで、寿命が三百年未満のエルフではレベルが百五十あたりでそうなる。
それはその種族では普通たどり着けないレベルに到達したという事である。
リアがレベル九十半ばに達したのは十三歳の時である。その頃から成長がゆっくりとなっているリアは一センチも身長が伸びていないのだ。
そしてどんどんレベルを上げているため身長が伸びるのが十数年後が数十年後か、それとももっと長いのが現状では想像もつかない。
それに限界を突破した人々の中でも寿命は異なるためいつ身長が伸びるか正確にはわからないのだ。
そんなわけでリアは少なくともこれから十数年以上背が低いままである事が確定している。ついでに胸も十三歳で止まっているためまさにまな板であった。
(貧乳合法ロリとか誰が喜ぶの。てか私自身がそれとか嫌だよ! 変態とかロリコンとか居たらどうすんの。なんか考えたらうんざりする)
本人は小さな自分に対してそんな風に思っているため、若干レベルを一気に上げすぎたかなという後悔はある。だけれども身長と胸が成長しないのが嫌だという思いよりも強くなりたいという思いが勝ったからこそ、今のリアが居るわけだが。
「当たり前ですよ。嫌に決まってます」
「いいじゃない。別に故意にバラしたりなんてしないわよ?」
嫌だと答えたリアにルノは詰め寄っていく。
「いーやーですってば!」
「いいじゃねぇか、リア。こいつらとは2年もの付き合いだろ?」
「って、名前ばらさないでよ!!」
さらっと笑いながら名前を暴露したギルドマスターに思わずリアは声を上げる。仮面越しに睨みつければ、さらにギルドマスターは笑みを濃くした。
それに益々リアの睨みはきつくなる。
(お義父さん! さらっとバラさないで! すごく嫌なんだけど。本気でやめて。ゲンさんとルノさんが楽しそうな顔してるから! ああ、逃げたい。超逃げたい。でも逃げれる自信ないよ! てか無理だ!)
リアだってわかっている。自分よりレベルの高い三人が逃がすまいとしているのに逃げられない事ぐらい。それでも逃げたくてたまらなくてただ心で喚いていた。
「へぇ、リアっていうのか。つか、人間だよな、リア」
「私たちが見つけた時って大体十二、三歳すぎぐらいよね? 今何歳なの? 顔みたいわ、絶対リアちゃんって可愛いと思う」
「リア、諦めろ。こいつらも二年待ったんだぞ?」
ゲン、ルノ、ギルドマスターの言葉である。
三人ともリアが逃げたいと思っている事ぐらいわかっているだろうにそれはもう楽しそうな笑顔であった。その笑顔に本気で逃げられないと実感して、リアは思わず肩を落とす。
そして諦めたように息を吐いた。
「……仕方ないですね」
そう口にして仮面を取る。
「あ、やっぱりリアちゃん可愛いわ」
「ほぉ、やっぱり若いな。結局何歳だ?」
「とりあえず、リアと言います。種族は人間です……。年齢は十五歳です……」
問い詰めるような目にリアは渋々答える。
(ああ、逃げたい。そしてお義父さんは面白そうに笑わないで……)
ゲンとルノに詰め寄られながらもリアはギルドマスターに向かって鋭い目を向けている。そんな目を向けられていても、ギルドマスターは何が楽しいのか笑みを深めている。
「人間で十五歳でXランクって凄いわよね。リアちゃんって。さっきマスターがあいつらよりレベル高いっていってたけど幾つなの?」
「普通に百以上か。十五でそれはすげぇな」
二人は驚いたような顔をして、そのあと面白そうに笑う。
(何ですか、この質問攻めは。逃げたら駄目ですか、逃げさせてください。Xランク二人に質問攻めとかぶっちゃけ恐縮します)
詰め寄るかのように迫ってくるゲンとルノを見てリアはうんざりしていた。
出来れば逃げたいというのが本音である。が、無理なのでまた渋々答えた。
「………この前百二十になりました」
「百二十……? あら、私そのうち追いつかれそうじゃない」
「その年で百二十か……。流石《姿無き英雄》って所か」
「……そのはずかしい称号呼ばないでください」
思わずといったようにリアは眉をしかめる。
(英雄なんて恥ずかしすぎる。厨二すぎるよ、恥ずかしいよ。というか逃げたい。本気で逃げたい)
めんどくさそうに二人を見ていれば、リアはルノに右手を引かれた。そしてそのまま顔を胸に押しつけられる形で抱き込まれる。
その状態は男なら嬉しいかもしれないが、リアにとって苦痛であった。押しつけられたまま不機嫌そうな声を発する。
「ルノさん……放してください」
「え、いやよ。折角リアちゃんが自己紹介してくれたのに。離したら逃げちゃうでしょ?」
「……逃げます。あなたたちと一緒に居ると目立つので嫌です」
ぎゅーっとルノに抱きしめられたままリアはきっぱりと答える。
「お前もXランクの一員で何を言ってる。お前も同類だろ」
「でも、いやです。帰してください。ゲンさん、ルノさん。大体、私課題あるんですけど」
それは事実である。
筆記の課題がいくつか出ているのだ。単位を落とさないためには解いておかねばならないものである。
リアの言葉に二人はまた驚いた表情を浮かべた。
そこでようやくルノはリアを離す。
「課題……?」
「え、もしかしてXランクなのに学園通ってんのか」
「はい、一応。私目立ちたくないですし、Xランクとして過ごすかレベル上げに励む以外は平凡な人生がいいので。色々資格とってのんびりしようかなと」
そんな風に答えたリアに二人揃って変な顔をした。
リアの目標、それは平凡に一般的な仕事をこなしながら、ギルド最高ランクとしてこそこそ動きたいというものだった。
平凡な人生がいいなどと言っているが現状でもギルド最高ランクを所持している時点で平凡ではない。
そもそもの話、ギルド最高ランクは一つ仕事をするだけでも普通に働いたら中々たまらないほどのお金が入ってくる。だから他の仕事をする必要はないし、リア以外のギルド最高ランク所持者は実際にギルド以外では仕事をしていない。
一生食べていけるほどのお金を既に手にしているというのに、わざわざ学園に通い、他の仕事をしようとするリアが変人なのである。
(薬師とか図書館の司書とかやりながらが一番楽しそうなんだよなぁ。資格取るために学園の単位落とすわけにはいかないし本当課題やりたいから帰りたい。いや、まぁ課題なくても帰りたいけどさ。あとあまり待たせるとソラトが此処に突撃してきて益々面倒なことになりそう)
学園に通う生徒達は将来良い職業に就きたいと思っている者が多い。実力を発揮して国に仕えるとか、ギルドで働くとか。基本的に脳筋が多いため、大抵が戦闘職を目指している。
が、リアは薬師や司書などの地味な職業の資格がほしいために学園に通っている。理由はその職業なら目立たなそうだからである。
「目立ちたくないってリアちゃん、存在そのものが目立つんじゃなくて?」
「そこは隠密系スキルとか活用しまくって回避してるので大丈夫です。ゲンさんとルノさんには気付かれましたけど、私のユニークスキルって気付く人ほとんどいないですしね」
ルノの突っ込みともとれる言葉に、リアはそういって答えた。
リアの言うように今までユニークスキルを使用している最中に気づいたのはお友達のルーンと目の前に居る三人ぐらいである。
元々例も少ない『特殊系』のユニークスキルであるし、その効能を知らずに気づく人なんてほぼ居ないと言える。
《何人もその存在を知り得ない》は、リアが目立ちたくないという一心で生きてきた結果発現したものだ。それだけ目立たない事に特化しているのだ。
「どんだけ目立ちたくないんだよ。つか、目立ちたくないならXランクなんてなるもんじゃないだろ」
「……強い敵と戦いたくてギルド入ったんです。そこの私の養父にあたるギルドマスターに勧誘されて」
尤もなゲンの言葉にリアは告げる。
リアがギルドに入った理由は『強い敵と戦いたい』という一心からだ。臆病な癖にリアは変に戦闘狂である。
強い者と戦い、それに勝利する事でリアは安心する。
この世界は大体強ければ死なない。だから強者に勝つ事で、これで死なないですむと安堵する。
死にたくないから、強くなろうとする。
強くなりたいから、強者と戦う。
強者と戦い勝つ事で、死ななくてすむと安心する。
それでも自分は誰よりも強いとそんな風に過信出来ないから、それを繰り返す。
リアがやっている事はそれだけだ。それで生き残ってきたからこそリアは十代にしてギルド最高ランクを保持しているのだ。
「養父?」
「そうだぞ、ルノ。こいつ、魔物が往来する場所で子供なのに平然と戦っててな。発見して孤児院から引き取ったんだ」
ギルドマスターはリアの方を指さして、そんな事をさらっと暴露する。
リアは孤児院育ちである。魔物相手に戦っているのを目撃され、その実力を買われギルドマスターに引き取られ養子となっている。
(てかあんな所に人居ると思わなかったのにお義父さんってば何か私を目撃してんだもん。お義父さんに目撃されてなかったら私どうなってたんだろう?)
相変わらず食えない笑みを浮かべているギルドマスターに視線を向けながら、昔を思い出してリアはそんな事を考える。
(てかお義父さんって本当、良い性格してるよね。はじめて会った時も凄いテンションあげて私を捕まえたしさー)
普通に考えて魔物を蹂躙する子供だなんて異常である。その異常性を気にもしないで、純粋にその力量を見てリアをひっ捕まえたというのだから本当に良い性格である。
しばらく捕まえられて会話を交わした後にギルドマスターだと知らされ、心臓に悪い思いをしたのもリアの記憶に新しい。
「というか、私本当に課題したいんですけど。終わってなきゃ休みの日に学園行かなきゃなんですよ?」
いつまでも離す気のなさそうな二人に思わずといったように声が漏れた。今にも去っていきたいという雰囲気を漂わせている彼女を慌ててルノが引きとめる。
「あ、待って。リアちゃんに頼み事があるのよ」
「頼み事ですか……?」
何だか嫌な予感をひしひしと感じながらもリアは問いかける。
「ああ。お前が一番適任だ。それに学園に通ってるっていうなら丁度あいつの事知ってるかもしれないしな」
「……あいつとは?」
問いかけながらもリアの脳内は警報を鳴らしていた。嫌な予感は収まらない。
「ティアルク、ティアルク・ルミアネス。知ってるか?」
そうしてゲンの口から出たその名前にリアは思わずあー、とめんどくさそうに声を出すのであった。




