ギルド会議
「では、これよりギルド会議を始める」
ただ広いその部屋の中で、一人の男が声を上げた。
四十代後半の外見をした男性で、その髪色は血のような赤だ。
その部屋の中央には巨大な机がおかれている。そしてその机を囲うようにして九個もの椅子がある。その中で空席は赤髪の男性の左隣のみであった。
ギルド会議の始まりの宣言に対し、
「ちょっと待ってください、ギルドマスター」
思わずといったように声をあげて立ち上がった者が居た。
それは五、六十歳に見える黒髪の老人である。その老人はこのあたりでは珍しい褐色の肌色を持っていた。そしてもっと特徴的なのが大きく刻まれた刺青だ。
ただし彼が老人だからと侮ってはいけない。彼はこれでも《炎槍のロス》と呼ばれるギルドSSSランク所持者である。
「なんだ」
赤髪の男――ギルドのトップを務めるギルドマスターがロスへと視線を向ける。
「今回も《姿無き英雄》は出席しないというのですか! ギルド最高ランクでありながら、会議に参加しないなど許されるものではありません」
憤怒したように声を上げ、ロスはただ一つある空席を睨みつけた。
ギルド会議は年に五回行われるギルド最高ランクとギルドSSSランクとギルドマスターによる近状報告の事をさす。定期的に行われるそれが今年も開催されているのだ。
なんせ世界中にギルドは根づいてる。
世界はこのギルド本部の存在する中央大陸と中央大陸を囲むように存在する四つの大陸がある。一番デカイのは中央大陸――ゼフス大陸である。
その五つの大陸で基本的に自由気ままにバラバラにギルドランク高位者は存在している。
ギルド本部のあるこの街に常にとどまっているのなんてギルドマスターと《姿無き英雄》と呼ばれるリアだけである。
そんな彼らが集い、会話を交わす貴重な場だというのに《姿無き英雄》の姿はない。その者の近状報告は毎回ギルドマスターが代理だとでもいうように報告するのだ。
それに疑問を感じているものもギルド最高ランクの中でも幾人も居る。
「くくっ、ああ、そうだな……」
ギルドマスターはロスの言葉にそういって頷いて、ちらりと空席に見える左隣りの席へと視線を向ける。
《姿無き英雄》は決してギルド会議に一度も参加した事がないわけではない。
現にロス達が知覚できないだけで、今も《姿無き英雄》―――リアはギルドマスターに視線を向けられていつも通り脳内で喋りまくっていた。
(ちょ、こっち見ないでよ。お義父さん! 勘付かれたらどうすんのさ。嫌だよ、私は注目されるとか! てか《炎槍》って私の事本当気に食わないんだろうなー。あー、怖い怖い)
リアはギルド最高ランクになってから、ギルド会議には毎回参加はしていた。ただしユニークスキル、《何人もその存在を知り得ない》を使用してである。
要するに「《姿無き英雄》が一度も会議に出席していない」と文句をいっている連中はただ単にリアがそこに居る事に気づいていないのだ。
基本的にリアは真面目な性格なので、ギルド会議に参加しなければならないランクに到達してからは会議に参加していなかったことはない。ただ、ユニークスキルにより数人だけしかその事実を知らないだけである。
「そうだね。私もあった事ないからあってみたい!」
幼さの残る口調で《炎槍》に同意するような言葉を言い放つのは《兎姫》と呼ばれる白髪の三十代ぐらいに見える女性である。
彼女を特徴づけるのは頭から伸びた耳と背後に生えた尻尾である。
その耳は真っ白で長い。背後で揺れる尻尾は小さくてまるくて、ふわふわしている。
彼女はギルドSSSランク《兎姫》という二つ名の通り兎の獣人なのだ。
(何かすごいもふもふだよなぁ。あの耳触りたい)
リアは《兎姫》の声を聞きながらそのウサ耳を凝視していた。自分の話題がされているというのになんともマイペースなリアであった。
そんなリアの方を面白そうに見ているのがギルドマスター以外にも二名ほどいる。
それは一組の男女であった。
一人は衣服からはみ出た肌に鱗が見られる竜族の男。
もう一人は尖がり耳を持つ銀色の髪を腰まで伸ばした美しいエルフの女性。
この場でギルドマスター除く九名の中で、その二人のみがリアよりレベルが高い。
そして、この二人だけがリアがユニークスキルを使っての行動中にリアに気づいた強者であった。
リアのユニークスキルは幾らレベルが高くても気づかない人は気付かないので、気付けただけでも彼らは只者じゃないと言えた。
実際今文句を言っている《炎槍のロス》やリアに会いたいと抜かす《兎姫》達よりもリアのレベルが低い時、動いていたリアに彼らは一度も気づかなかったのだ。
最も気配すら感じられないのだから気づかない方が普通と言えるが。
「そもそも実在しているのでしょうか。目撃情報も一瞬姿を見たっていうだけでしょう? これだけ姿を見せないとなると幻影の類と言われた方が納得します」
一人の女性が赤渕眼鏡をくいっとあげてそう言った。
彼女は《絶対防御》の名で知られる三十代後半に見える人間であった。
知的なイメージの赤茶色の髪を持っていて、ギルドSSSランク所持者というよりも教師の方が似合いそうである。
(これで普通のドラゴンなら一人で倒せますとかある意味詐欺っぽいよね。《兎姫》もあんな可愛いのに滅茶苦茶強いし)
そんな事をリアは思っているがリアも充分見た目詐欺である。見た目だけならリアは十歳~十三歳程度の女の子であるから、ギルド最高ランクで最も見た目は弱く見えるだろう。
ちなみにギルド最高ランクとギルドSSSランクは人間五人、エルフ二人、獣人一人、竜族一人で構成されている。
リアはその中でも最年少である。そもそも十代でギルド最高ランクに上り詰めた例は過去にない。
「実際に居るかどうかってならいるぞ。俺とルノと、マスターは知ってるしな」
《絶対防御》の言葉に、面白そうに笑ったのはこの場でただ一人の竜族――ゲン・サバステスだった。
ギルド最高ランクを持ち、《竜雷》の名で知られる彼は、何処までもこの状況を楽しんでいた。
それに慌てたのはリアである。
(ちょ、ゲンさん、何言ってんの! そんな暴露いらないから!)
リアは思わずゲンを睨みつける。最もユニークスキルを使用中なので睨みつけても効果はない。
本人が居る事知っていて、暴露されたくないのを知っていて、それでも暴露するあたり良い性格をしていると言える。
「な、何故、わしには挨拶をせぬというのに――…」
文句を言っているのは見た感じ三十代後半ぐらいの壮年の男性であった。
葉っぱ色の髪と瞳を持ち、威厳のある喋り方をしているのが特徴的だ。動いやすい軽装を身につけ、その男性は身を乗り出すようにしていた。
ちなみに《水属性》の魔法の使い手で、ギルド最高ランクの《氷華》という二つ名で知られている。
(見た目若いのに相変わらず喋り方が爺臭い。それに《氷華》なんて綺麗な二つ名なら男より女の方が絶対夢があるのに。何で綺麗なお姉さん系じゃなくて爺言葉のおっさんがこんな二つ名なんだろう)
その白髪の《氷華》を見据え、リアは何とも偏見に満ちた酷い事を思っていた。
「挨拶に来たんじゃなくて、私たちは《姿無き英雄》を見つけただけよ。あなたたちが見つけられないのが悪いんじゃなくて?」
《氷華》の言葉に銀色の髪に手をやりながら、エルフのルノ・フィナンシェリは馬鹿にしたように笑った。挑発するかのような笑みは様になっている。
ギルド最高ランク《風音姫》の名を持つ彼女もまたリアのことに気づいている一人であった。
(綺麗な人ってどんな表情でも絵になるなぁ。つかルノさんも余計な事言わないで……)
むーっと不機嫌そうな顔をしてリアはルノの方を見ている。
しかしどうせ今出来る事はリアにはない。下手に動いたり喋ると気づいてない連中にまで自分が此処にいる事がばれる事になるのだから。
それは避けたかった。というより絶対に嫌だった。
だからリアはその場で声を上げる事も音を立てる事も一切しない。
(バレたら怖いからなー。私の事よく思ってない人多いしさ。幾ら私よりレベル低くても全員で掛かられたら死ぬし、怖い。考えるだけでもう怖い。うん、ある程度強い人には絶対にバレたくない。怖すぎる)
それは心を読める人がいれば何回怖いって言ってるんだよと突っ込まれそうな思考であるが、これは紛れもないリアの本心だ。
リアが幾らレベル高位者だろうと、単体で一般人にとって恐怖の対象を一撃で葬る事の出来る実力を持っていようと《臆病者》の称号を持っているほど臆病であった。
第一リアが最高ランクを所持しながら姿を現さない事と、短期間で最高ランクまで上り詰めた事が気に入らないと思っている者もこの中には居るのだ。自分に良い感情を持ってない人間かつ最高ランク所持者だなんてリアにとって恐怖以外の何でもない。
リアに過信の文字はない。
寧ろ心配しすぎるためにギルド会議にもユニークスキルを使用して参加するという蛮行に出ている。
それを面白がって許したのはギルドマスターである。ギルドマスターはリアが呆れるほどに愉快犯というか、面白い事が大好きなのだ。
「見つけるとはどういう事ですか?」
顔をしかめたのは美しい女性だった。
その人の髪は黄金の輝きを放っている。身に纏っている真っ白なシスター服はその人の清廉さを引きたてていた。
耳が尖っている事から、彼女がエルフだとだれもが一目でわかるだろう。
その人は見た目だけなら清楚なイメージ全開の神殿に仕えるシスターに見える。だが、この人の二つ名は《血染めの聖女》という恐ろしい二つ名であったりする。
エルフは種族的に見て、魔法の方が得意なものが多い。
しかし、この人はガチの物理攻撃ばっかりの武闘派である。その戦い方は過激の一言につきる。
実際に二つ名は返り血に染まった真っ赤な姿を見てつけられたというのだから恐ろしい他この上ない。こんな見た目でギルドSSSランク所持者とはある意味詐欺である。
(なんて恐ろしい。てかエルフってもっと何かこうさ、夢があるもんだと思ってたんだけどなー。昔は。今は何か、間近に居るエルフが笑顔で毒を吐く人と物理攻撃の化け物だけだし……夢も何もなぁ…)
そんな本人に知られたら怒られそうな事を考えながらリアは遠い目であった。
「そうだな、少しの情報ぐらい良いか」
ギルドマスターはそんな言葉を言って笑っている。
そんな彼に存在感ゼロと言っていいほどに約三名以外には存在が気付かれていないリアは表情にこそ出さないものの慌てていた。
(な、少しの情報もダメなの! 絶対ダメ! あああ、そんな楽しそうに笑って暴露しようとしないでよ!)
ギルドマスターはリアが情報を知られる事を嫌がっている事ぐらいわかっているだろう。それでも笑って一つの事実を告げるのだ。
「《姿無き英雄》は別に一度も会議に参加してないわけではない」
そんな言葉を告げた彼に、リアは馬鹿ああああああと叫びたくなっていた。もちろん、バレるのが嫌だから心の中でだけだ。
「は?」
「それは、どういう……?」
次々にそんな声が上がった。
ゲンやルノ以外の者達からすればそれは理解不能の一言に尽きる言葉だったのだろう。
実際リアのユニークスキルは稀な能力である。その効果を知らなければ言っている意味がわからないのも無理はなかった。
「さっきこいつらが、見つけるだの言っただろう? 貴様らが見つけられていないだけで参加してないわけではない」
ギルドマスターはそういって心底楽しそうにニヤニヤしていた。
「見つけられてない……?」
愕然としたような声を聞きながら、ユニークスキルを使って潜んでいるリアはそれはもう慌てていた。
(お義父さん、まじやめて! ヒントなんかいらないから!)
あわてながらも一切動かず声を発さないリアであった。
「もしかして、ユニークスキルですか?」
《血染めの聖女》がふと問いかけた。
ユニークスキルはリアや学園の生徒会長のように若い内に発現するものも少なからずいるが、幾らレベルが高かろうと、どれだけの年月を生きようとも発現しない人は発現しないものだ。
実際ギルド最高ランクを所持する彼らの中にもユニークスキルがいまだに発現していない者もいる。
「そうだ。《姿無き英雄》のユニークスキルだ。ただし、貴様らには破れないがな。《姿無き英雄》は貴様らよりレベルが上だ。もし貴様らが《姿無き英雄》のレベルを超す事が出来れば見つけられるかもしれん」
「……レベルが上、ですか」
「それならレベルを超してやるぞい。負けてはられん!!」
ギルドマスターの面白そうに笑って告げた言葉に《血染めの聖女》とロスが反応を示す。他の面々も声で反応はしていないものの表情を『絶対に越してやる』と言わんばかりに変えていた。
ギルド最高ランクには大体レベル九十越えぐらいでなる事が出来る。最高ランクになった当初は《血染めの聖女》達よりもレベルが低かったのにたった二年でそれを越えたリアが異常なのであった。
そこにゲンが茶化すように声を上げる。
「《炎槍》悪いお知らせだか、《姿無き英雄》のレベルの上がり具合は半端ないぞ」
事実、ゲンの言うとおりリアのレベルの上昇具合は異常と言える。
普通に生きていればまず十代でレベル百超えに達する事などあり得ない。
それを可能にしている時点で本人の目立ちたくないという意思はともかくバレれば注目されて仕方ない事なのであった。
今、《姿無き英雄》は性別、年齢全て不明という状態である。それでも十分注目の的なのだ。情報が晒されたら人の視線を感じながらリアは生きて行く事になるだろう。
「そうだな。《姿無き英雄》はよく勝てないと思う連中に喧嘩を売っているしな。霊榠山の《ホワイトドラゴン》にも何度も喧嘩を売っているようであるし……」
ゲンの言葉に付け加えるようにギルドマスターがロスに向かって笑って告げた。
(ゲンさんもお義父さんもやめて! 何、暴露大会みたいに勝手に暴露してんの! バレたらどうすんの! そんな怖い事絶対嫌なんだよ!)
ゲンもギルドマスターもそんな風に慌てて心の中で喋りまくっているリアなど完全に無視である。最もユニークスキルを使っている状態なため、彼らにさえリアの姿は見えてはいないわけだが。
「霊榠山の《ホワイトドラゴン》ですって……?」
《血染めの聖女》の声は驚きと戸惑いに満ちている。
それも当たり前と言えば当たり前である。霊榠山と呼ばれるあの山自体、危険度が高いのだ。ギルドランクA以上でなければ確実に死ぬと言われているような場所である。
そんな山で最強として知られているその存在こそ、その山の頂上付近に住まうリアの友人でもあるホワイトドラゴンのルーンなのだ。
人族最強として知られるエルフの女王――レベル三百超えの正真正銘の化け物である――にしか負ける気はしないと本人が言うほどの強さを持っている。幾らギルド最高ランクと呼ばれる彼らだろうとも単独でルーンと対峙する事を恐れるほどなのだ。
ルーンは長く生きているのと種族的特性で《神聖魔法》―――治癒系の魔法と《光属性魔法》が生まれながらに使えるのもあって強いのだ。
(いやー、よく考えれば十歳の私身の程知らずだったよなぁ。私の性格をルーンが気にいってくれなきゃあの時絶対殺されてたし)
彼らの驚く声を聞きながらもリアは遠い目であった。
ユニークスキルが既に発現しており、ギルドマスターの元で戦いなれ、少し当時のリアは自惚れていたと言える。
勝てないかもしれないけど試してみようというそんなノリで、単独でルーンに十歳の時にきりかかったのだ。冷静に考えると当時のリアはただの馬鹿である。
が、結果としてルーンに気に入ってもらえて、友達になれて、遊べているから結果オーライだとリアは思っている。
(しかし本当あれから五年たって私も強くなったのに本気でやっても全く歯がたたないから悔しいなぁ)
ギルド最高ランクなんていってもそれより強い存在はこの世界には少なからずいる。
実際にリアはルーンに全く勝てる気配がない。
下位のドラゴンぐらいなら余裕で倒せるリアだが所謂最上級にあたる《ホワイトドラゴン》にはかなわないのだ。
「おう、本人が友達になって時々バトルしてるって言ってたからな。何かよく《姿無き英雄》が本気で《ホワイトドラゴン》に切りかかってるらしい。でも普段は仲良いらしいがな」
そんなギルドマスターの言葉に益々ロスや《血染めの聖女》達が信じられないといったように息を呑む。
(あー、何かルーンの話聞いてたらルーンに会いたくなってきたなぁ。今度学園の休みの日に遊びに行こうかな。ついでにルーンが好きなお菓子作っていこう)
ギルドマスターの暴露はもうどうしようもないのでリアはそんな呑気な事をマイペースに考えていた。リアは称号も所持している。
性格の称号は割と多くある。
その中には決して人に所持している事を知られたくないような称号もある。
例えば《弱者を甚振る者》。
これは要するに人を痛めつける事に快感を覚えるような所謂ドSが持つ称号だ。
例えば《女をなぶる者》。
これは要するにセクハラを行ったり、無理やり事をなそうとするような下種な人間が持つ称号だ。
一度手に入れればその称号は永遠にその人に付きまとうものだ。
(本当これ考えた運営何考えてたんだろう…)
その知られたくない称号を思い浮かべて思わずリアは遠い目をして本人にしか理解できない事を思うのだった。
そしてその後は目立った事もなく、各々業務報告を行いそのままギルド会議は終わるのであった。
※『強者は潜んでる』と若干色々と違ったりするので、両方連載は少し難しいのですよね。こちらは以前掲載していた短編連作の名残(というよりそのシーンが多々入っている)バージョンになってます。
それとギルド会議のお話は以前上げてた『VRMMOの世界に転生した私』の短編連作のうちの一つとほぼ内容は同じです。
 




