決闘をするそうですよ? 3
それから一週間後、リアはティアルク・ルミアネスとオルガン・カザスタスの決闘を見学していた。
この学園の生徒は決闘などの争い事が好きなだけあって、流石脳筋達と言うべきか強いと噂の一年を見ようと沢山の生徒が観客席を埋め尽くしていた。真ん中の席にぽつんと座っている幼馴染を発見したものの、リアは学園内で幼馴染に関わる気はないので近づこうとさえもしなかった。
ルクスとやりあった時にその場にいた生徒会長と副会長も観客席の前列に居た。
対してリアは上空に浮いていた。何気ない顔で闘技場の中に入り、《空中歩行》と《何人もその存在を知り得ない》を使い、一人ぽつんと観客席の上空で浮いていた。そして最も決闘の見やすい位置にとどまっている。
なんとも無駄なユニークスキルの使い方だが、リアにとって目立たない事は大事な事である。
「ティアルクさん、がんばってくださぁい」
語尾にハートでもつきそうなレクリアの声に、ティアルクは通常運転の面食いの女ならころっといきそうな笑みを浮かべていた。
(……うわ、何あのベタ惚れですって雰囲気。この一週間で何があったんだか……。私が知らない間にギャルゲーであるようなイベントでもあったんだろうか。とりあえず主人公体質って半端ないと思う)
リアは相変わらず声の一つも発さない。堂々とユニークスキルを行使しているのは、空中に浮いているリアに気づけるものはこの学園内にはいない事は確認済みだからだ。
学園での最高レベルはレベル九十五の学園長なので、レベルが百二十であるリアのユニークスキルを見破れるものはいない。
リアは視線を闘技場の中心――向かい合うティアルクとオルガンに向けていた。
視線の先に居るオルガン・カザスタスは見るからに苛立っていた。それを見てリアは苦笑する。
(ぽっちゃり君一味の協力者つるしてから協力者集まらなかったっぽいもんなぁ。それに自分達でさらおうとすれば主人公君達に感づかれてたし)
リアが『吊るし事件』と呼ばれるものを起こした結果、自分もそうなる事を恐れて協力者は集まらなかったのだ。
オルガン・カザスタスに手を貸せば同じ目にあうという噂が出回ったのも一つの理由である。それもリアがさりげなく広めた噂である。
実際クラスメイトが奴隷とか縁起悪いという思いやりの欠片もない理由でリアはせっせと誰にもばれないようにオルガン達一味の邪魔をしていたのだった。
オルガン達一味は邪魔している者を探そうともしていたようだが、便利なユニークスキルを持っているリアを見つける事はもちろんの事出来なかった。
「では、これよりティアルク・ルミアネス対オルガン・カザスタスの決闘を始める」
司会を務める放送部の男子生徒の声が発せられると同時に、両者の間に『決闘が始まりました』の文字が出現する。
それと同時に両者を囲うように周囲からの干渉がされないようにと不可視の壁が出現した。これは決闘が終わるまで決してとける事のないものだ。
ただこの『決闘システム』と呼ばれるものは殺し合いのためのものではない。そのため『決闘』ではどんな傷を負うとしても死ぬ事はない。『決闘』が終わればどんな傷だろうと治ってしまうのだ。
(主人公君は長剣として……、ぽっちゃり君って槍使いなんだ。ふーん……、私と同じ《コーロダル流槍術》かぁ)
《コーロダル流槍術》は《ルキネンス流長剣術》同様、攻撃こそ最大の防御を言わしめているような流派である。どの武器にも攻撃こそ最大の防御と言われている流派はある。
そして流石脳筋の多い世界と言うべきか、最もその流派を習得しているものが多い。
実際、リアがスキルとして身につけている様々な武器の流派は全てそれである。
リアの視界でティアルク・ルミアネスの長剣とオルガン・カザスタスの槍が交差する。
(ぽっちゃり君そこそこ強いなー。レベルは三十四か。この年代にしてはがんばってるなぁ。でも今回は相手が悪い)
貴族の子息として教育者を雇い訓練していたのだろう。下種ではあるが、この年代にしてはオルガン・カザスタスは強いと言えるレベルの槍術を持ち合わせていた。
人質を取らなくても普通の一般生徒相手なら勝てそうなレベルだ。ただ今回は相手が悪かった。
(つか、主人公君……、レベル差わかってて勝てるからって勝負に乗ったんだろうけど弱い者苛めに見えるなぁ……)
生徒達が『決闘』を見て騒いでいる声を聞きながら、リアは呆れたような視線をティアルクに向けていた。
視線の先ではティアルク・ルミアネスが魔法や剣術を使い、押せ押せ状態でオルガン・カザスタスに迫っていた。
この学園の大多数は割と騙せる程度の手加減の仕方である。殺さないようにする手加減はきちんと出来ている。それはいいことである。
(うん、弱者に対する手加減は問題ないね。これで弱者相手にする手加減が出来てなければ私が張り倒して、半殺しにしてお義父さんに突き出してる所だもんなぁ)
うんうん、と頷きながらリアは恐ろしい事を考えていた。
リアを含むレベル高位者と呼ばれる存在が弱者(レベル差が空きすぎている相手)に対して手加減をせずに接すれば、ただの破壊兵器になる。
なんせステータスに差がありすぎて、接触した相手が重傷を負うか死ぬ。
例えば握手の時に力加減を間違えて、相手が死ぬ。
例えば軽く背中を叩こうとして手加減をしなければ、相手が吹き飛び最悪死ぬ。
例えば何も考えずに抱きつけば、相手がつぶれて死ぬ。
例えばちょっとした訓練の最中に力加減を間違えて武器をふるえば、高確率で命中した相手は死ぬ。
恐ろしい事にこれは全部実例である。これ以外にもレベル高位者が手加減を間違って物を扱えば高確率で破壊される。
だからレベル高位者には徹底的に手加減が叩きこまれる。
というより身を持って手加減をする必要を知る。それが出来なきゃ普通の生活なんてまともに出来ない。
(でも手加減の仕方が下手すぎる。隠すなら私みたいに徹底的にすればいいのに。隠し方がなってない。あれじゃ実力かくしてますよーって言ってるようなもんじゃんか。てか何で小説とかの主人公もそうだけどわざわざ『バレたいんです!』と言うように目立つ事すんだろう…。んー現実でああいうのあんま好きじゃない。てか主人公君ってもしかして運で一気にレベル上がったタイプかな?)
リアの知識にある運で一気にレベルが上がったタイプとは、要するに普通なら絶対に勝てない相手に偶然と偶然が重なって勝ち、それによって一気にレベルを上げた者の事をさす。
リアが相変わらず脳内でばかり喋っている中で、一気にオルガン・カザスタスに向かってたたみかけ、ティアルク・ルミアネスは勝利を手にした。
それと同時に上空に次のような文が表示される。
決闘が終了しました。勝者はティアルク・ルミアネスとなります。よってオルガン・カザスタスは今後一切フィリア・カザスタスへ近づく事は不可能となりました。
オルガン・カザスタスは闘技場の端で倒れ伏している。対して立っているティアルク・ルミアネスはほぼ無傷と言えた。
そこがまたリアにとって呆れる要素であった。
(主人公君はレベル三十一って事にしてるなら、同レベルのぽっちゃり君相手に無傷は違和感があるからなぁ……。どうせレベル詐欺するなら一発ぐらいくらっちゃえばよかったのに)
レベルの偽装を行うならそれぐらいしてもよいぐらいなのだ。弱者が強者に勝ってしまう例も世界にはあるものの、致命傷にならない程度の一撃をもらう程度ならまず死ぬ事はない。
リアの呆れたような目の先では、フィリア・カザスタスが感激したようにティアルク・ルミアネスに抱きついて泣いている。
(てか生徒会長が主人公君に興味津々だし、何、生徒会接触フラグ?)
ちらりっと視線を向ければ目を輝かせてティアルク・ルミアネスを見ている生徒会長が居る。他の生徒達も彼に一心に注目している。
(うん。私があの立場だったら絶望するね。あんな注目されて目立つとか無理。バレないように心がけなきゃなー)
空中で停止したままそんな事を考えたリアは、もう用はないしという事で踵を返しその場を後にした。
その後、案の定ティアルク・ルミアネスに生徒会長が接触したりして、彼はその名を学園中に広まる事となるのだった。
(わー、馬鹿だ。本当隠すの下手すぎる。だから目をつけられるんだよ)
ティアルク・ルミアネスについて騒ぐ生徒があふれる中で、ただ一人呆れた目を向けていた少女が居た事に誰も気づくことはなかったのだった。