決闘をするそうですよ? 2
「あの女を人質にして勝てばいい」
「いくらあいつが強いと噂でも―――」
オルガン・カザスタス達を追いかけたリアは、彼らの入っていった空き部屋に身を潜ませていた。
空き教室の中には無造作に机や椅子が並べられており、彼らはそれに腰かけて話しこんでいた。
腕を組んで偉そうに、何処か気持ちの悪い笑みを浮かべているオルガン・カザスタスと彼に向かって話しかける取り巻き二人。
そして想像通りの下種発言というか、卑怯な事を言っている様子をリアはただ聞いて若干引いた顔を浮かべている。
「こちらが勝てばあのミレイ・アーガンクルも奴隷に出来るんだ」
舌舐めずりをして人気のない空き教室でそんな事を言い放つ姿にリアは声には出さないがうわーという引いた気持ちでいっぱいだった。
何でもリアが盗み聞きした話によると彼らは女を屈服させることに夢中らしい。ばれないように下種な活動をしていたようだ。
ミレイ・アーガンクルにも目をつけていたようだが、身分が自分達より上という事で手を出せていなかったらしい。が、先ほどの決闘システムの約束によりティアルク・ルミアネスに勝てればミレイ・アーガンクルにも手を出す事が出来るのだと喜んでいるようだった。
それを知ったリアは、
(うわー、下種い)
引いたように心の中でそんな事を思う。
その後もぽっちゃり君達は何処までも聞いていて引くような言葉を言い放っていた。
曰く「人質にして滅茶苦茶にする(性的に)」だの、「女に騒がれているティアルク・ルミアネスをボコボコにしてやる」だの、「奴隷となったあかつきには××して、××して屈服させる」だの。
自分の勝利しか見えてないような驕りきった考えにリアはただ呆れた。
戦闘において絶対はあり得ないのだ。
幾ら勝てると思いこんでても負ける時は負けるし、幾らレベル差があっても戦い方や運次第では勝てる可能性もある。
(……とりあえず人質を取られるのを邪魔しようか。でも目立つとか死んでも嫌だからなぁ。ま、バレなければいいか)
ついでにフィリア・カザスタスはリアの想像通りオルガン・カザスタスの肉親だった。妹らしい。最も腹違いの妹だというが。
オルガン・カザスタスがフィリア・カザスタスを苛めている理由と言えば、彼女が卑しい平民の子であり、家の恥さらしであるからのようだった。
オルガン・カザスタスの母親にも冷遇されている彼女はさぞ大変な思いをしているのだろうが、リアはあまり彼女の境遇に関心はない。
(卑しい平民の子ね。そうはいってもこいつらレベル高位者になら平民だろうと強く言えないんだろうな。本当馬鹿らしい。つか虐げられてる理由も知らずに女の子助けようとするとか主人公君っていつか深く考えずに行動して失敗しそうだなぁ)
リアは呆れていた。
平民を馬鹿にしている者だろうとその者が強ければ、馬鹿にしない…いや、出来ない者も世の中には多くいるのだ。
一通り作戦会議を終えて空き教室から彼らが去っていった後、リアもその場を後にして行動を始めるのであった。
それからのリアの行動ははやかった。
まず、さりげなくクラスメイトの生徒にオルガン・カザスタス達の事をほのめかし真実を確認しにいってもらう。そして確認しにいったクラスメイト達の口からティアルク・ルミアネス達へとその情報が伝わった。
何故直接言わないのかと言えば、ただ単にリアが彼らと関わりを持ちたくないとか、目立ちたくないという考えを持っていたからである。
人質に取られる恐れがある事をわかっていれば下手な行動には出ないだろうし、ティアルク・ルミアネスはギルドランクAの実力を持っているのだから守る事も出来るはずだと考えたわけだ。
とはいっても、
(小説とかの無自覚鈍感ハーレム男って変な所で気を抜くしなぁ…。ティアルク・ルミアネスってそれそっくりすぎる。なんだか、そんな事になりそうな予感がするんだよなぁ)
リアは気を抜いてはいなかった。
(とりあえず、ぽっちゃり君達の様子見に行きますか)
ティアルク・ルミアネス達が無事な様子を確認した後、リアは例のオルガン・カザスタス達の様子を見に行く事にしてみた。
ちらっとリアがオルガン・カザスタス一味の様子を見に来てみれば、案の定ティアルク・ルミアネス達が警戒しているというのに誘拐の算段を立てていた。
(人質を取らずに戦うって選択はないのかねぇ……。ま、この世界で人質なんてありふれてるけどさ……。やっぱ気分良いもんじゃないよ)
あきれ顔でオルガン・カザスタス達一味を見ていたリアは思う。
曰く、「警戒していようが強硬手段でさらえばいい」らしい。
オルガン・カザスタス達は何処までも卑怯な手段しか考えていなかった。最もこの世界にはこんな思考している貴族のぼっちゃんなんて割と珍しくないものだ。
幾ら強さが全てと言わんばかりにレベル高位者に権力があったとしても、一般人からすれば王族や貴族といった身分の高い人間の横暴なんて当たり前の事である。
甘やかされて育った人間はそれだけ自分の思い通りに何でもなると思いこむものであるし、その例がリアの目の前にいる彼らなのだ。
(主人公君達に悟られないように拘束して風紀に差し出すかな。てか今思ったけど風紀や生徒会に言えば動いてくれただろうし、あの苛められっ子ちゃんも助けられると思うんだけど。此処の風紀って学園内の出来事取り締まる立場にあるし、生徒会もあのぽっちゃり君より家柄上だし)
空き教室の中で、会話を交わすオルガン・カザスタス達に視線を向けたままリアは思考する。
生徒会と風紀は実力があるのは当たり前だが、由緒正しい貴族の生まれの者も多い。生徒会も風紀も学園の風紀が乱れるのは好ましくないだろう。
だから何か問題があるならば彼らに頼るのが最善な事だと言える。
それをティアルク達はしていない。よっぽど自分で解決する自信があるのかは知らないがそれは自惚れた行動と言われても仕方がない行動だ。
(というか幾ら自分が家族から妬まれてようとそれで悲観して自分から行動に出ない苛められっ子ちゃんあんまり好きじゃないんだよね)
リアはフィリア・カザスタスが苛められていた現場を思い出して嫌そうな顔をする。
(あんな人生諦めてますみたいな顔して、自分が一番不幸って顔して抗う事もしない子助ける気しないんだよねぇ。難しいだろうけど幾らでも逃げ出す手段はあるんだもん)
リアは人助けをするものの善人ではない。
ティアルク・ルミアネスのように正義感が強く、困ってる人を誰でも助けようとするようなお人よしでもない。
リアが助けるか助けないかの判断はまず、その助けようとしている人物が死にそうかどうかで決まる。
死に瀕している人は大体リアは助ける。とはいっても他にも判断する所があるため、それでも助けない時は助けない。
それも他人を思いやって助けるわけじゃない。
リアは人の死を見るのが怖いとか、人の死は見ていて気分が悪いかそんな自分勝手な思いで人を救う。
《臆病者》の称号を持っている通り、リアは周りが驚くほどに臆病だ。
自分が死ぬのが怖い。人の死を見るのが怖い。人に注目されるのが怖い。
それを常々感じながら生きている少女――それがリア・アルナスという人間であった。
(主人公君みたいなタイプにはかわいそうな子って事で助けてもらえるかもしれないけど、あんな絶望してます的な顔してる子嫌いな人は嫌いだよね)
結局自分の力で切り開かなければどうしようもない事が溢れてるのだと十五年もこの世界で生きていればリアだって理解している。リア自身も危険は自分の力で回避してきた。だからこそ余計その事が身にしみている。
誰かが助けてくれると期待して、その状況で甘んじているような存在、正直嫌いである。
自分の力で出来る限りの事をしようという意気込みさえもない。そんなフィリアを助けようという気にはリアはあまりなっていない。
だから、今動いているのは決してフィリア・カザスタスという不幸な少女のためではない。
ただクラスメイトが奴隷落ちすれば気分が悪いから。
そんな理由でただリアは動いているのである。
(私のユニークスキルなら気付かれずに拘束出来るだろうし、ちゃっちゃとやりますか)
そう考えて、リアは早速動き出すのであった。
そもそもの話、どうしてリアが誰にも悟られずに動くことができ、その場にいても気づかれないのかというとそれは一重にリアに発現したユニークスキルのおかげであった。
ユニークスキルは大きく分けて『攻撃系統』、『防御系統』、『補助系統』、『その他系統』に分けられる。
その中でも最も多いのが『攻撃系統』である。これは所謂地球でいう『自分だけのかっこいい必殺技』のようなものである。
強い事に誇りを持つ者は脳筋な者が多い。それもあって攻撃こそ最大の防御という人が人間、竜族、エルフ――などの様々な種族の中でも大多数を占めていたりする。
そんな連中の発現するユニークスキルであるから、『攻撃系統』が多いのは当たり前であった。
最強の一角とされるレベル九十後半以上の者の中でも同様で、ユニークスキルで『攻撃系統』が出現しているものが多い。
そして『防御系統』と『補助系統』は大体合わせて攻撃系統の約五分の一程度しか所持者は存在しないと統計が出ている。それは結界だったり、味方の能力の向上や敵の攻撃を鈍らせるといったものをさす。この系統の発現者が少ないとは言ってもそれなりに居るものである。
だが、リアのユニークスキルは系統別するというならば圧倒的に前例の少ない『その他系統』であった。
リアはユニークスキルを使って、クラスメイトをさらおうとしていた連中を追い、背後を歩いていた。
隠れる事もなく、すぐに後ろをである。
普通なら後ろから人がついてきていれば気づくだろう。でもリアのユニークスキルは相手にその存在を気づかせない(・・・・・・・・・・・・・)。
「あの子を好きに出来るなんて最高」
「油断している隙にさらおうぜ」
そんな風にリアが居る事に気づかないまま彼らはそのような会話を交わしている。
リアはそんな彼らに近づいていく。
その場を歩くリアからは一欠片の音さえも響かない。一切の音を立てる事なく、リアは動く。
後ろから素早くその場を歩く三人の男子生徒の首をめがけて、手刀をくらわせる。
殺さないように手加減はしているものの、リアと彼らのレベル差は百近く開いている。
それほどの差の相手から素手とはいえ攻撃を食らったのだから彼らはたまったものではないだろう。
実際に彼らはリアのたったそれだけの動作で倒れた。
それだけで、痛みに意識を失ったのだ。
リアのSTR値は彼らのVIT値よりも圧倒的に高い。そのためリアがもし彼らを殺す気で掛かれば一瞬でその命を狩り取る事が出来ただろう。
ステータスの値はそれだけ戦いに作用するものだ。
リアがその存在をその場に現したのは彼らへの手刀を加えたその一瞬だけであった。相手が気づかないほどのただ一瞬だ。
そのユニークスキルの名は《何人もその存在を知りえない》という。なんとも厨二臭い名前であるが、その効果も魔法とかにあこがれるお年頃の喜びそうなものである。
(気絶させたけどどうしようか。風紀へ連行中を見られてもなぁ……。私のこれって生物に接触してたら無効になるし……)
気絶してその場に倒れている三人組を横目にめんどくさそうに思考しているリアであった。
リアのユニークスキルの効果は、その存在さえも相手に悟らせないようにする事だった。
姿が消えているわけではない。それでもそのスキルによりリアはそこに存在しているはずなのに居ないものとして扱われる。
なんとも暗殺などに便利そうなユニークスキルであるが、このスキルにももちろん欠点は存在する。それは使用者が音を立てたり声を上げたり、生物と接触した場合効果をなくす事だ。
付け加えればこのスキル、発動中は使用者よりレベルの高い人間以外には見破る事もスキルを解除する事も不可能である。
(これ生物に接触しても効果があるなら《姿無き英雄》なんて厨二な二つ名つけられずに済んだのに……っ)
思わずため息が漏れそうになるリアであった。
《姿無き英雄》―――そんな明らかな厨二な二つ名はギルド最高ランクを保持するリアにつけられた名前だったりする。
人の死が怖いとか、死なれたら縁起が悪いとかそんな理由でリアは人を助ける。その際、目立ちたくはないので顔をすっかり隠した状態でユニークスキルを使って助ける。
魔物を葬る時、人を助けるためにその体に触れる時、ただその時のみリアは姿を現す。
本名不明、年齢不明、性別不明という三拍子のリアはそのために《姿無き英雄》と呼ばれていたりするのだ。
本人がその厨二すぎる二つ名を幾ら恥ずかしがってたとしても、それはすっかり定着してしまっている二つ名であった。
(人が来ないうちに縛って、口ふさいじゃおう)
縛れば行動が出来なくなるし、口をふさげば普通の人族なら魔法は使えない。
《詠唱破棄》と呼ばれる魔法名のみで発動させるものなら人族でも平気だが、《無詠唱》と呼ばれる何も口にせずに発動させる魔法とくれば人族ではまず無理である。
リアは《アイテムボックス》と呼ばれる収納魔法具の中から縄と口をふさぐためのガムテープのようなものを取り出す。
《アイテムボックス》は入れておけば匂いももれず、入れた時のそのままの状態で持っていけるという優れものである。
魔物退治をし、その素材をこの中に入れておけば腐る恐れもないのだ。
ギルドではギルド員に対し、この《アイテムボックス》の貸出や販売を行っている。最もリアの《アイテムボックス》はリア自身が稼いだお金で買ったものであるが。
ギルド最高ランクとして働いていればそれを買えるだけのお金を稼ぐ事はたやすい事だ。
なにより手っ取り早くお金を稼ぎたければ強くなれと言われている世界である。強くなれば名声も手に入るし一石二鳥である。
そんな世界のギルドという機関で最強の一角と呼ばれるギルド最高ランクを保持しているリアはそれだけお金を稼いでいた。
慣れた手つきでリアはせっせと彼らを捕縛していく。
(縛ったはいいけど、どうしようか? 風紀に差し出す際に顔見られるとか嫌だしなぁ。あ、そうだ。うんと目立つようにして風紀の方から見つけられるようにしちゃえばいいよね!)
それを考えた時のリアの顔はそれはもう良い提案を思いついたとでもいうような笑顔であった。
その後、彼らが『僕たちは誘拐をしようとしました』という張り紙を張り付けた状態で屋上から紐でつるされていたのは別の話である。
なお、彼らをそんな有様にした犯人は風紀が全力で調べたにもかかわらず見つからなかったという。