目の前で人が害されようとすると放っておけない時もある。
「今日はこのマナフィルムの建国祭よ。存分に楽しみなさい」
マナはにこやかに笑って告げた。バルコニーの下ではそんなエルフの女王の言葉に、歓声を上げる人々の姿が多くみられる。
エルフの女王、マナ。
紛れもない人族最強。この世界で最も強いものは誰かと問われれば、真っ先に名が上がるであろう圧倒的な存在だ。
その隣には、《女王の右腕》であるカイトが控えている。
女王とその右腕の、後ろにリアは控えていた。
《何人もその存在を知りえない》を行使して、その場に存在するリアは、今すぐにでも帰りたい気持ちにかられていた。
(なんで私ここにいるんだろう。こんな恐ろしいところいたくないのに逃げたら女王様は絶対に気づく。女王様が私に気づかない人なら今から逃げるんだけど、それは無理だしなぁ)
動けば確実に悟られてしまう。それだけの力がマナにはある。だからこそ、逃げることはしない。
逃げようとしたならば、マナならリアの素性をペラペラしゃべるぐらいはやらかしそうである。そんなことされては困る。
第一、マナとリアのレベル差は大きい。わざわざエルフの女王様の機嫌を損ねるような真似を行いたくないというのが本音である。
(それにしてもエルフの女王様は凄いコミュ力だよね。私にはない。というか、こんなに人がいっぱいいる場所で演説するとか無理すぎる)
じーとマナの背中を見る。人族最強の、エルフの女王様の背中をただ、見つめる。
エルフの国のトップであり、世界中から注目されている女性。この世で最も誰からも知られ、恐れられている人。それこそ、マナである。
正直な話を言えばリアはそういう場面を想像するだけでも気分が悪くなりそうなほどにそういう能力が皆無である。そんなリアからしてみれば注目される事を恐れず、堂々とその場に君臨するマナの事を見ているとどうしようもないほど凄いという感情しかわいてこないものである。
そもそもの話、リアがコミュ障で、人見知りで臆病者なんてものでなければもっと堂々と《超越者》であるという事をひけらかして誰からも注目される存在になっていたはずである。最も、リアが臆病者でなければここまでの強者にはなりえなかったといえるだろうが。
マナとカイトが演説をするのを見据えながら、リアはぼけーっと考え事をしていた。眠そうに、だるそうに、手をぶらぶらとさせて、退屈だと全身であらわしている。
(ルーンと遊びたいなぁ)
そして、考えていたことは唯一の友人のことだ。リアが、《姿無き英雄》が唯一友人だと思っている一頭のドラゴンについてだ。
こんな面倒な場所で時間を過ごすよりも、ルーンと思いっきり遊んで楽しんで時間をつぶす方が断然いいとそんな風にリアは考えていた。
(あー、もう早く帰りたいって、ん?)
帰りたいと思考をした時、何かを感じた。そして次の瞬間、リアはほぼ無意識に動いていた。
カキンッという音がなる。
リアが投げた短刀と、マナへと投げられた武器が交差する。そして、軌道はそらされる。
マナの胸元を、心臓を狙っていたそれが落ちて行ったのを見て、リアは息を吐くと同時に焦る。
(あ、何やってんだろ、私)
と慌てて、短刀を投げたことによって解かれた《何人もその存在を知りえない》をもう一度行使する。
「マナ様を狙った!?」
「え、てか、今後ろに人影が見えたような」
「一瞬現れて消えましたわ…」
マナの声を聴くためにその場に集まっていた人々は口々にささやき始めた。リアは一瞬現れ、次の瞬間消えたように大衆には映っていた。見間違いかと疑うもの、誰か不審なものがマナのすぐ近くにいるのではないかと疑うもの、それぞれだ。
そして、マナは、注目されている彼女は笑っていた。
(リアってば、別にリアが対処しなくても自分に向けられた暗殺ぐらい私でどうにかするのに)
そんな思いにかられて。
武器を投げてきた人物はマナを殺したいと思っているのだろう。だからこそ、心臓を狙った。とはいえ、人族最強のマナはそんなものでやられるはずはない。だというのに、リアはわざわざ動いた。
それは、リアが臆病者だからだ。
マナがいくら強かろうと人はいつか死んでしまうものだと感じているからだ。
そして目の前で人が害されようとするのを放っておけないと少なからず思っていたからだ。
だからこそ、無意識に体が動いた。
そんなリアの事をマナは心の底から面白いと思っていた。
「私を狙う不届き者がいるようね。まぁ、いいわ。その程度では私を殺すことなどできないもの。それにこの建国祭で私を殺すのは、大変だもの」
にこやかに笑って、マナは言う。
「だってこの場には私やカイトだけではなく、もう一人、いるの。その目をかいくぐって私を害するなんてできるはずないわ」
マナは高らかに宣言した。
(ってちょ、女王様、何をいっているの!?)
などとリアは焦っていたりするわけなのだが、もちろんのことマナとカイト以外の人々にその場にいる存在が《姿無き英雄》だとわかるものなどいるはずもないのであった。
そしてその後もマナを狙うものはいたものの、三人で恙なく対処をして建国祭は過ぎていくのであった。




