それぞれの繁殖期の本格化 ①
「《炎剣》様、ありがとうございます!!」
「助かりました。あなた様が居なかったら――」
《姿無き英雄》リア・アルナスが街を救っていたのと同じころ、《炎剣》ソラト・マネリもまたギルドの一員として繁殖期の本格化への対応で追われていた。
ソラトはリアと違い、姿を隠すユニークスキルなど持ち合わせていない。仮面を被り、正体をばれないようにしながら行動をしている。
(リアちゃん、何処にいるかな? リアちゃんは俺よりも移動速度が速いから遠くの街でもさらっと救っているんだろうなぁ。俺のリアちゃんの活躍が噂でもいいから早く流れてくればいいのに。今の時期は俺がレベルを上げるためにぴったりの時期だけど、リアちゃんに会えないのだけは悲しすぎる。ああ、リアちゃん。リアちゃんは今頃、何処で魔物を狩っているんだろう?)
ソラトは周りに感謝されていようが、頭の中はリアのことしか考えていない。
誰かに感謝をされることもどうでもいいと思っている。こういう場面に於いて誰かを助けることは片手間に行う。そういう彼のやり方はリアに影響されているが故と言えるだろう。
そもそも彼は彼女と出会わせなければレベルを上げることもしなかった。ギルドに所属することもしなかった。――《炎剣》という強者が居るのは全て彼女に出会ったからである。だからこそ、リア・アルナスと言う少女のことばかりソラトが考えるのも当然のことだった。
人を助けたソラトは、そのままその街のギルドに倒した魔物の報告に行く。
「《炎剣》様。魔物討伐ありがとうございます。私たちではどうすることも出来なかったでしょう。本当に感謝しておりますわ」
受付嬢のまだ若い女性はうっとりとした目でソラトを見る。
学園に居るソラトは周りから気味悪がられていて、ほとんどの者が近づいてこようとはしない。しかし《炎剣》として活躍している彼に関しては異性から熱い視線を向けられることも多い。もちろん、彼女たちも《炎剣》がまだ学園に通う年の年下の少年だとは思ってもいないだろうが。
「ああ」
ソラトはそういう視線を向けられても気にも止めない。というよりリア以外の生き物に興味がないので、この調子である。そういう所がクールで素敵などと騒がれているわけである。ネアラが見たら呆然としそうだ。
相手にされていない女性はソラトとの接触を諦める気はないようだ。
「《炎剣》様。魔物討伐でお疲れでしょう? よろしければご飯でも食べませんか?」
そういう誘いをするのは、彼が魔物を討伐したばかりで疲れているだろうという労わりの気持ちからくるものである。
「不要だ」
ただそんなものはソラトにとっては要らないものでしかない。
ギルドに所属しているのも、通り名をつけられて喜んでいるのも――全てリアと一緒がいいとそう思っているからに他ならない。今回の繁殖期の本格化で活躍したいと望んでいるのも、リアと同じがいいから。それにレベルを上げれば《超越者》に近づけるから。
《超越者》に至らなければ、リアを置いて逝かなければならない。そんな未来はソラトは受け付けられない。
「そんなことをおっしゃらず――」
手を伸ばそうとして、その手を何もつかめない。
振り払うでもなく、ただ避ける。まるで触れられたくないとでもいう風に。
……リアの前で「リアちゃんリアちゃん」と騒いでいる者と同一人物にはとてもじゃないが思えないだろう。
(次の魔物を倒しに行かないと。俺がこうしている間にもリアちゃんはきっと魔物を狩っている。リアちゃんのことだからきっと休んでいない。俺がちょっと魔物を狩ったぐらいではリアちゃんに追いつけないんだから、もっとリアちゃんに追いつくために戦わないと)
頭の中は相変わらずリアのことしか考えていないソラトは向上心の塊である。リアという高い目標があるからこそ、ストイックに戦い続けるリアを知っているからこそ――ソラトは止まる気はない。
そのままソラトはその受付嬢の呼び止める声を無視してそのままギルドを後にする。
そういう態度をされても「クールで素敵」などとささやかれているソラトである。……彼女たちがリアの前に居るソラトを見たら、驚愕することだろう。尤も二人とも隠れているためそんな姿を人前に出すことはないだろうが。
(ただ死なないようにはしないと。こんなところで俺が死んで、リアちゃんに将来、「昔、そんな幼なじみいたな」みたいに思われたら嫌だ。俺はリアちゃんとずっと一緒に居たいし、リアちゃんが行くところには俺も行きたい。俺が頑張って、リアちゃんにも活躍が届いたらいい。はぁ……リアちゃんに会いたい)
リアのことばかり考えていたソラトは、リアに会いたいというそういう気持ちでいっぱいになったようである。
そういうわけでソラトはその気持ちを一旦振り払うためにも、魔物討伐に集中するのだった。




