《英雄》はようやく義妹を鍛える事にする 1
《超越者》に至るほどに強者である人というのは、傲慢で、不遜で、自分勝手なものである。
それはなぜかと問われれば、この世界がそういう人々にとってみればかなわない事がないといえるほどに優しい世界だからといえる。
強者に逆らう事なかれ。
強者の命令は絶対である。
強者に弱者が逆らう事は、死を求めることと同意である。
そういう世界。強いものが生き、弱いものは死んでいく。強者は圧倒的な力を持つが故に、この世界で絶対的な権力を持つ。
――――《姿無き英雄》リア・アルナスは世界にとってみればそういう存在である。
最短で《超越者》に至り、その姿、性別、年齢、全てが謎に包まれた紛れもない強者。
そんなリアは、本人は平凡を装っているつもりだが、一言しゃべれば全然平凡ではない。事実、他の《超越者》と変わらず酷く自分勝手な存在である。
「ネアラ……、一緒、出掛ける」
「え、ええっと?」
アルフィルド学園が休みである週末、ネアラはしばらく自分の前に姿を現さなかったリアが突然目の前に現れて言い放った言葉に瞠目していた。
一緒に出掛けるのはわかるけれども、何処に連れていかれるかも何のためにそういっているかもわからない。
「行く」
「ちょ、リ、リア姉、ちょっと待って」
「煩い、いいから、行くの。待ち合わせ、カザエイラの森」
何も説明されないままにリアはそう告げて消えた。残されたネアラは立ち尽くす。どういう事だと意味がわからなくて。
短い付き合いだが、ネアラにもリア・アルナスという少女がどういう少女かぐらいはなんとなくわかる。ひたすらに言葉が足りない。そして人との付き合い方がわからないのか、慣れないと本当にしゃべらない。
リアの義妹になって少しが経つが、いまだにリアがネアラになれる気配はない。
(これは行かなかった方が恐ろしい事になりそうだ。ならば、行くしかあるまい)
リア・アルナスが―――、この世界で強者として知られている《姿無き英雄》が出かけるから来るようにと言っているのだ。普通に考えてそれに逆らう事はするべきではない。
ネアラはこれから何をするのかわからなかったが、急いで準備をして慌てて出かけるのであった。
引き取られてからというもの、買い物ぐらいしか外に出て居なかったネアラであった。そもそもリアは育児放棄ともいえるほどに、義妹を放置していた。顔を合わせることもすくなく、ネアラは元皇女だというのに自分で買い物をし、料理をし、それを食べていたのであった。
リアにとっては一緒に住んでいるだけの、義父が娘にすると決めた存在という認識しかネアラにない事は明確であった。関心がそこまでなく、真実どうでもいいのだろう。
カザエイラの森の中へと足を踏み入れる。
危険な森の中へと足を踏み入れる事に、ネアラは緊張しているようだった。リアが何処に居るのか、正直わからないというのも不安な理由の一つといえるだろう。
《姿無き英雄》がすぐ近くに居るというのならば、安心できる。しかしたった一人でこの場に居る事はネアラにとって緊張するほかなかった。それもそうだろう。この森に住まう魔物たちに襲い掛かられればネアラは生きて居られない。
(そもそも森に来るようにいっていたけれど、リア姉は何処にいるのだ?)
第一、カザエイラの森に来るようにとはいったが、一重にカザエイラの森といってもその面積は広い。その何処に来いといっていたのか、よく考えればわからなかった。
目の前に広がる森を見ながら、途方に暮れる。
そうしていれば、後ろから声が聞こえた。
「何ぼけっと間抜けな顔で突っ立ってんだよ」
誰も居ないと思っていた空間から聞こえてきた声に、ネアラは驚いて振り向く。そうすれば、そこに居たのは相変わらず整えられていない灰色の髪を持つ少年――ソラトであった。
ソラトはネアラの事を見下ろして、「ネアラの事が気に食わない」とその表情前面に出している。何とも大人げない男である。
「…ソラ兄、なんでここに」
「何でってリアちゃんに誘われたから」
「妾も誘われたのだが、何のお誘いかわからない」
「お前頭悪いな。リアちゃんがお前をこういう場所に誘うって事は一つしかないだろ」
ソラトは馬鹿にしたような言葉を口にして、そんなことを言う。
「一つ?」と不思議そうな顔をするネアラに呆れたような溜息を吐いて、ソラトは続ける。
「前にリアちゃんがお前の事適度に鍛えるっていっただろ。今回のがそれ。つか、それ以外でリアちゃんがすすんでお前と出かけようとかするわけないだろ」
なんてことを当たり前のようにソラトはいってくるが、まだ短い付き合いのネアラからすればリアの性格をそこまで把握しているわけではない。何の説明もなしに来るようにと言われても、何のために呼び出されているかもわからないのも当たり前である。
だというのに、それを理解しなければソラトは馬鹿にしてくるというのは何とも理不尽である。
しかし、ネアラの心に怒りはなかった。今、あるのは、《姿無き英雄》に鍛えてもらえるという事実に対する確かな興奮だけだった。
(鍛えてもらえる、あの、《姿無き英雄》に―――)
期待に胸を高鳴らせる。
ネアラの目は見るからに期待に輝いていた。
ソラトはそんなネアラの心情を見透かしながらも呆れた目である。
そんな二人の前にリアは現れる。
「……じゃ、はじめる」
いつものように突然現れたリアは、何の説明もなしにそんなことを言った。
そして「危険そうなら助けるから」と告げ、ネアラを魔物の群れの中へと放り込んだ。




