ケルベロスに頼まれた薬の調合をする ③
リアとルカは調合部屋の中へと足を踏み入れる。
そこには大きな鍋がある。その上にリア・アルナスが浮かぶ。
小柄な少女が鍋の上に浮かんでいる様子は、何処か不思議なものである。
「ルカ姉、ちょっと調合やってみる」
「ええ」
ルカが頷くと、リアは早速調合を進めることにする。正しい処理を行わなければ大変なことになるので、スキルを使いながら適切な処理をする。
その様子を見ながら、ルカは本当にリアは規格外だとそんな風に思う。
《調合》のスキルを使い、整えていく。
集中した様子のリアは、全く以っていつも通りである。知能のある魔物と対峙するというだけでも普通の人にとっては恐怖である。それだけの力を持つ魔物の頼みを断ってしまえば、大変なことになるとそういって怯える者は多いだろう。
しかしリアは落ち着いている。
なるべくケルベロスの頼みは叶える気ではあるが、リアからしてみれば無理なら無理でどうにかするだけである。
人体に被害を与える水草はスキルを使ってすり潰す。その際に周りにそれが飛ばないように気をつける。処理をしたものも下手に周りに飛ばすとかかった人は死んだり、建物の一部が溶けたりする可能性がある。
処理を行っている道具も耐えられるように高価なものである。
巨大な目玉に関しては潰す。大きな目玉が潰されてぺしゃりと形を無くす様子は、見る者によっては恐怖するものだろう。ただし此処にいるのはリアとルカのみなので特に二人とも動揺はしていない。
その潰したものを薬の材料にするためにまた加工していく。他の材料と混ぜ合わせてさらにそれは危険なものへと化していくのである。材料のどれもが危険なものである。
(これだけの危険な物を掛け合わせた薬が鎮静薬になるなんて、本当にケルベロスの友人の魔物ってすさまじい力があるのだろうな。やっぱり戦えないか確認しないと)
それだけの薬がないと大人しく出来ない魔物。それは普通ならば恐怖の対象でしかないのに、リアはあくまで戦えないかななどと考える。
そういう出会ったことのない強い魔物と戦って、自分の力を高められればそれでいいとリアは思っている。
考え事をしながらも、リアは集中している。
一つ一つの処理に無駄はない。
何か一つでも間違えれば大惨事になることは分かっているので、リアは真剣である。
薬草を大量に突っ込み、それを毒でもある魔物の唾液に混ぜ合わせる。その場に異臭が広がるが、リアもルカも対処をしているのでそれで何かの影響はない。
においだけでもすさまじいものなので、正直言ってリアはこんなものを飲まなければならない魔物に少し同情している。彼女は食事にそこまで関心がなく、保存食を食べていることも多い。しかし流石にこういう異臭を放つものは口に含みたくないと思っている。
一つの素材の処理をしている時に、突然その場に黒い何かが出現し、そこから魔物が現れる。
蝙蝠型の大きな魔物。建物の中で暴れられれば大惨事になるそれを、リアは一瞬で命を奪う。
その魔物が現れることは想定内であった。
驚くことに薬の処理の過程で、魔物をおびき寄せてしまうものがあるのだ。薬の調合法を調べた時はなんだそれと思ったリアである。調合をしていたら魔物が出現するなど、中々ホラーな展開だ。
リアにとってその魔物はただの狩るべき魔物でしかないが、戦う力のない者にとってはそれは命を脅かすものである。
その魔物の素材は後々何かに使うことがあるかもしれないので保管しておく。
そのまま彼女は調合を続け、長い時間をかけて一つの薬が完成する。
――それはまるで毒か何かを連想させるおぞましい紫色の液体である。
リアは難しい鎮静薬の調合を自分で完成することが出来たので、満足気である。
「ルカ姉、これを保存できる入れ物頂戴」
「ええ。ちょっと待っていてね」
これだけ劇薬ばかり材料にしている鎮静薬は、当然のように人の身体にとっては毒物でしかない。
ルカが専用の巨大な瓶を持ってくる。
「これなら壊れないと思うわ」
「かなりの量いるって聞いたから、分けて瓶に全部入れる」
「……これだけの量のものを飲んで大丈夫な魔物って何なのかしらね」
「さぁ。ケルベロスに渡した時に聞く。戦えたら戦う」
「本当に戦闘狂ね……。この薬、一部はお父さんに渡しておくわ。あと知り合いの薬師にも見せておくわ」
「ん。いいけど、扱い気をつけて」
「分かっているわ」
リアとルカはそんな会話を交わす。
その鎮静薬は魔物を倒すのにも有効と言えばそうなのだが、そういう使い方をする気は彼らにはない。というのもそういう劇薬は魔物だけではなく、他のものにも影響を与えるものだからだ。そういう毒物の影響で、土地が死んだ場所も過去にはある。
しかし繁殖期において他に手立てがないと判断されれば、何かしらの毒物は使われる可能性がある。繁殖期の後は自然も壊されていくものだ。
「ルカ姉、調合部屋貸してくれて助かった。ありがとう」
「全然いいわよ」
「じゃあ、また」
「ええ」
そのままリアはその場から去って行った。




