リアは夏休みに薬師の元へ行く ③
「普通に美味しいね。上手く作れないかもと言っていたから、酷いものが出てくるかと思ったよ」
「ん。良かったです」
薬師の言葉に、リアは頷いた。
リアの作った料理を食べれるなんて……とソラトがこの場にいたらとてもうらやましがることだろう。
ソラトはリアの幼なじみだが、野外で焼いただけのものを食べたことはあってもこうしてちゃんとリアが料理をしたものを食べたことはない。
「普段は料理をしないのかい?」
「しません。……義妹が作ります。あとは保存食とか」
「リアには妹がいるのかい」
薬師はリアから”妹”などという存在の話を聞けると思っていなかったので、驚いた。
彼女は薬師の弟子になりたいと此処にきているが、自分のことをそこまで話さない。薬師も必要に応じてしか話を聞き出そうなどとしないので妹の存在は初めて知った。
「ん。います。血は繋がってない」
「血が繋がってない……? あんたも苦労しているんだね」
血が繋がっていない兄妹がいる。そんな話を聞けば苦労しているのではないかと思うのは当然である。
薬師はリアの家庭環境がそこまで良いものではないと思ったのかもしれない。
「いえ。私は苦労してない。お義父さんも、血繋がってない。姉もそう。私、孤児院育ち。でも普通」
リアは淡々とそう言った。
リアは家族とは血が繋がっていない。元々孤児院で育ったので血の繋がった家族と言うのは知らない。特にそれを望んでもいない。ギルドマスターも姉も妹も、全員リアとは血の繋がりはないが、一応家族と言う認識はしている。
特に悲観などもせず、本当に気にしていない様子のリアに薬師は笑った。
「そうかい。それならよかった」
「師匠、家族いる?」
「息子が居たけれど、ずいぶん昔に家を出て以来何処で何をしているか知らないね」
「師匠、会いたい?」
「まぁ、会えるのならね。元気にしているのならばいいが」
少しだけ薬師は寂しそうな表情を浮かべている。
(師匠、息子がいるのか。随分前に出て行ったっていつ出て行ったんだろう? 師匠が会いたいなら探してもいいけど、でもあんまり師匠の所に来る人増えると私の平穏な生活が揺らぎそう。一旦探してみてから決めるのでいいか。意外に師匠、情がそれなりに深いのかも)
基本的にリアは自分本位な考え方をしているので、自分のことが第一である。薬師が会いたがっている息子を探すことは、やろうと思えばできることである。ギルドマスターの力を借りるのも一つの手だろう。ギルドは各地に支部を出しているので、情報網は凄まじいものだ。
ただリアはもしそれで卒業後の生活に支障をきたすようならば、考えようなどと思っている。
「リアは家族で暮らしているのかい?」
「妹とは。お義父さんから、面倒見てって言われたから」
「そうかい。リアの家は不思議だね」
「多分、普通とちょっと違います」
ギルドマスターと《姿無き英雄》。その父子関係が普通であることの方がまずおかしい。
リアにとってギルドマスターは義理の父親であるが、一緒に暮らしたりなどということをしているわけではない。家族とはいえ、普通とは違う家族関係だろう。
「リアがこちらで暮らす際は、その妹はどうするんだ?」
「勝手にします」
「……それでいいのかい?」
「ん。ネアラ、なんでも一人で出来るだけの能力あります」
「随分、リアの家はスパルタなのだな」
「多分、そうです」
薬師はリアの言葉を聞きながら、その家庭環境がよく分からなくなった。
なんというか、何処までも不自然と言うか不思議な家庭にしか聞こえない。
放任主義で、スパルタで。そんな暮らしを強いられればそれだけ特別な子が出来上がるように思える。……しかしリアはよく分からない少女である。
こんな寂れた薬師の元に弟子入りすることを望み、見た目は幼い。しかしか弱いという言葉は似合わない。
なんともちぐはぐな、別の何かが少女の皮を被っているようなそんな雰囲気がある。
「それだけスパルタなのに、料理はあまりやってないのは不思議だね。女の子にはそういうことを学ばせそうだが」
「お義父さん、私にそういうことは強要しません。必要じゃないこと、私、あんまりしない。ネアラが全部やってる」
「手伝ったりはしないのだね。リアらしいというか……」
「ん。ネアラが必要だからやってること」
そもそもリアは家にいるよりも依頼を受けたりして外出していることの方がずっと多いのだ。
ネアラの事は最初から放置気味だったので、ネアラ自身が色々と身の回りのことを整える必要があったためと言えるだろう。
「師匠、掃除とかも弟子の仕事?」
「やってもらえるなら助かるが」
「ん。じゃあそのあたりも、ネアラに聞きます」
リアのその言葉を聞いて薬師は「……掃除なども妹がやっているのかい」と呆れている様子だった。
リアは薬師の目から見て不思議な少女ではあるが、薬師のために料理や掃除などを学ぼうとしている様子には好感がもてるのであった。




