リアは夏休みに薬師の元へ行く ①
リアの夏休みは学園に通わなくて良い分、《姿無き英雄》としてフル活動しているため大変忙しい。彼女にとって毎日の何気ない時間さえも鍛錬の場であるので、それ以外の無駄な行動は一切省いている。
彼女は自分に不必要だと感じたものには時間を割かず、ただただ淡々と強くなるために必死に行動しているだけである。
さて、そんなリアだが忙しい中でも就職先の薬師の元には夏休み中にも顔を出していた。あと半年もすればリアは学園を卒業する。そして卒業すれば薬師の元で働くことになるのだ。
だからリアにとってはこの場所は無下には出来ない場所となっている。
「リアよ、夏休みは何をして過ごしているのだ?」
「普通に。やりたいことやってます」
世間話をふられたリアはそれだけ答える。
薬師にとってリアは本当に不思議な存在である。
何を考えているかも、どういう風に過ごしているかも分からない。
「……学生として最後の夏休みだろう。後悔がないようにした方がいい」
そういう薬師はもしかしたら学生時代に何かしらの後悔でもしていたのかもしれない。
リアの学園生活というのはたったの三年間である。《超越者》であるリアからしてみれば、三年というのはわずかな時間である。とはいえ、今年十八歳になるばかりのリアにとっては三年は長いと言えるかもしれないが。
その学園生活でリアは目立つことなく、資格を取って卒業出来ればよいとただそれだけを考えている。
既に《姿無き英雄》と呼ばれている英雄であり、一生を暮らせるだけのお金は稼いでいる。彼女にとっては強くなるために鍛錬を続けた過程で、英雄になったというだけである。目立つことを望んでいないので自分の功績を広めることなどもない。
学園生活もあくまで自分がやりたいことを叶えるための過程でしかなく、そこに青春を求めたりなどは全くしていないのである。十代のうちに《超越者》などというものになったリアは、前世の記憶があることも相まって達観した考え方をしている。
「ん。私、いつでも後悔ない暮らし、してます」
「……そうか。リアはあまり喋ることが得意ではないが、虐めなどは受けていないか?」
「大丈夫です。私は、やりたくないことは拒否します」
今年十八歳になる女性だとは思えないほどにリアは小さく、見た目だけでいうのならばか弱く見える。それでいてあまり人と喋る気もない。だからといって気が弱いわけでないことは薬師も理解している。
「師匠も、嫌なことあったらすぐ言ってください」
「私もリアと同じく自分で嫌なことは対応できる。弟子に厄介事を丸投げするように思えているのかい?」
「いえ。でも師匠が本当に困ることあるなら、私、対応します」
「リアに出来るのかい?」
「やります。師匠に何かあれば、私も困ります」
淡々と、本当に何かあれば対応できるとでもいう風なリアが薬師は本当によく分からない。
共に過ごせば過ごすほど、なんだかちぐはぐな印象を受けるから。不思議で、おかしな存在。薬師はリアがやろうと思えばもっと違う場所に就職することが出来るだろうとも分かっている。それでもあえてリアが此処に就職することを決めたのは、リアが変わり者だからとしか言いようがないだろう。
誰も望まない場所。率先してそこで働こうと思う者は少ない場所。
――そんな場所にもリアは確かに価値を見いだし、卒業後働くことを決めている。
会話を時折交わすが、リアと薬師の間では会話が途切れることの方がずっと多い。二人ともそこまで進んで喋る方ではないので、それも当然と言えば当然だろう。リアにとってはそういう無言の穏やかな空間が心地よいものである。
(師匠はあんまり私に色々聞いてこないのがいい。私がちょっと普通と違うこと、師匠は勘づいてそう。でも私のことを聞こうとしない。私が話さなきゃ師匠はずっとそうだろう。うん、やりやすい)
下手に好奇心旺盛な相手ならば、リアのことを嗅ぎまわる恐れもある。リア・アルナスが《姿無き英雄》だと発覚すれば、彼女は今の暮らしが出来なくなってしまう。そうならないためにも彼女はいつも細心の注意を払っている。ただでさえ今は学園に通っているので、人目に付きやすい。気を抜いて残りの半年間でそれが露見してしまえば――彼女の将来設計が崩れてしまうのだ。
さて、魔物の繁殖期が迫ってきているからというのもあるだろうがその薬師の元にも薬の依頼が以前よりも多く来ている。
それらの作成をリアは薬師と一緒に行っている。
こういうものは幾らあっても良いものなので、片っ端からギルドなども発注しているようだ。
(ここで私が作ったもの、私自身も使うことありそう)
リアは魔物繁殖期の最前線で戦う気満々なので、ギルドが買い取ったものに関してはリア自身が使うこともあるだろう。
人が死ぬところを見るのは好きではないリアなので、こういう薬がちゃんと出回るのは良いことだと思い真面目に調合を進めているのであった。




