リアはさらりと人を助けている
世界というのは残酷だ。
ふとした日常が、非日常に変わる瞬間というのが必ずどこかにある。それこそ、当たり前の日常がこれからも永遠と続いていくのだと信じ切っている人ほど、そういう世界がかわる瞬間に遭遇した時にすぐに対応など出来ないものである。
――この世界は理不尽で、そういう出来事は時折起こる。起こらなかったら運が良かった。起こってしまえば運が悪かった。理由もなしにそういう事が起こってしまうことは確かにあるのだ。
特に今、リア・アルナスが生きているこの世界はそういう傾向が強い。当たり前に暮らしていた日常は魔物や戦争などによって簡単に失われてしまうものである。
その日もその世界では、その理不尽なことが行われていた。
「きゃああああああ」
悲鳴が響いている。
女性の悲鳴である。その女性の上に覆いかぶさる荒くれものの男。――その村は、今朝まで平穏に暮らしていた。小さな村の中で、村人たちが笑いあっているようなそんな村だった。だけど不運なことにその村は、盗賊に目をつけられてしまっていたらしい。
最近その国では、盗賊が増加していた。そのことはその村に住まう者たちだって知っていた。でも知っていたとしても彼らはこんな小さな村に盗賊は来ないのではないか。そう考えていた。当然、少しの警戒はしていただろう。しかし警戒をしていたとしても一般人が武器を持った盗賊に勝てることは早々ない。
――そして何より運が悪かったのは、その村を襲った盗賊の中に一般人よりもレベルが高いものがまぎれていたことだろうか。
何かを経験したり、何かを倒したりすることでこの世界では経験値が手に入る。だからこそ、敢えて人を殺して経験値を上げようとするものたちはいる。その中でも厄介なのは、こうして纏まって、犯罪行為に染まった連中だろうか。
もとは普通に生活していた一般人だったはずが、彼らはすっかり悪に手を染め、こうして村を襲っている。
抵抗する男は殺し、それ以外は捕らえ、奴隷として非合法な奴隷商にでも売ろうとしているのだろう。
そして女性の中には性的に襲われているものもいた。――そんな不幸がその場を襲い、その村はそのまま蹂躙されるかと思われた。
だけど、次の瞬間には盗賊たちだけ綺麗に事切れていた。
襲われていた村人たちは何が起きたのか理解出来ない。――ただ目の前の脅威が、たった今、なくなったことは理解出来る。そして垣間見えたのは、フードを被った人物。一瞬だけ姿が見えたその人が誰なのかを、当然この村の人々は知っている。
「《姿無き英雄》様……!! 皆、《姿無き英雄》様が盗賊達を退治してくださったぞ!!」
――《姿無き英雄》というそういう存在を知らなければ、いつ自分が襲われるのだろうかと、その存在に恐怖しただろう。だけれども、彼らは知っているのだ。《姿無き英雄》という存在が理由なしに一般人を殺すことがないことを。
それはギルドマスターによる印象操作から、一般人たちがそう思っている所もあるが、絶望でいっぱいだった彼らは希望に声をあげた。
《姿無き英雄》――リア・アルナスは当然、姿を現すことはない。ただ村人たちを襲っていた不愉快な盗賊達を、殺しつくしただけである。ついでに何だか色々壊されて大変そうだったので、気まぐれにお金も置いて行く。
(……前世でも春だと変質者が出るって言われていたけど、この世界だと春だとこういう犯罪者が増えるっていうか、なんかそういう所物騒だよね。まぁ、冬だと雪が酷い場所だと、活動出来ないんだろうけど。街ならば作物も全然あるけれど、作物が育ちにくい時期だと人の行動も鈍るし。ついでにこの盗賊達、丸ごとぶっ潰すか。見かけちゃったしなぁ)
リアが此処にいたのは完全に偶然である。春休みだからと、色んな場所をぶらぶらしていたリアは、盗賊たちをつぶすことにした。リアが此処にいなければ不幸に陥っていたのは、村人たちであっただろうが、リアがいるからには不幸になるのは盗賊たちである。
――この世界は何処までも、強者の気まぐれによって動かされている。
そんなわけで村を襲っていた盗賊達の拠点にやってきた。リアが想像していたよりもその洞窟の拠点は広かった。それに人が多い。ひとまずリアは洞窟内を見て回り、人がどれだけいるかを確認する。奥にはとらえられている人々もいた。
(……魔法とかは使わない方がいいか。この捕らえられている人たちが死んだら目覚めが悪いし。じゃあ、地道に少しずつ暗殺するか。そこで気づかれてしまったら捕まっている人たちが殺されたり人質にされたりする可能性もあるか。んー。なるべくそれはなしの方向で。そうなっても盗賊達は殺すけど)
リアはそう結論付けて、少しずつ盗賊達の数を減らしていく。コツコツと、タイミングを見計らって、一人ずつ命を散らしていく。――盗賊達が気づいた時にはもう遅い。盗賊達の命は、もうすでに失われていた。
そして捕らえられていた人たちの捕まっている檻を開け放ち、それだけするとリアはその場を去った。
――それはリアにとって何気ない日常の一部。だけどそれもまた、リアという存在の、《姿無き英雄》の噂を広げていく。




