ぼっち《英雄》の入学初日のこと。2
自己紹介や交流といった初日の学園生活が終われば、リアは一つのスキルを発動させてから学園の中を歩き回っていた。
このアルフィルド学園は国内でも随一の魔法学園と名高いだけあって、その広さは相当なものである。
一学年の数はおよそ六百人にも及び、三学年合わせて千八百人近くが此処に通っている。この国は異種族差別がないためあらゆる人族―――人間、有翼族、エルフ、竜族など様々な種族が集う事が出来るのもこの学園の生徒数が多い理由の一つだろう。
一学年の教室が存在するのは学園の西に存在する第一棟であった。南には第二棟が、北には第三棟があり、中央部にはトーナメント戦や決闘などが行われる際に使われる巨大な闘技場がある。
初めて来た人は道に迷いそうなほどにこの学園は巨大だった。
そしてリアが向かっている訓練所は学園の東に存在していた。
リアは鞄を手に通路をのんびりと歩いている。
すれ違う人達はまるでリアがそこに存在していないかのように視線を向ける事さえしない。
移動をするリアからは足音さえも響かない。
誰にも視線さえ向けられる事なく、そのまま歩き続けリアは目的の場所に到着した。
訓練所の扉の前で立ち止まる。
生徒達が訓練するための訓練所には学園の生徒か関係者以外入れないようになっている。生徒は生徒手帳を指定の場所にかざす事で、訓練所に入る事が可能である。
そして訓練所の最も特徴的な所は屋根がないということだった。上空が開け放たれているとはいっても侵入者や雨の心配はいらない。
そこには結界と呼ばれる行く手を拒むものが存在しているのだ。
《結界》は人が魔法を使い発動させるものであるが、その仕組みを常に展開出来るようにしているのだ。
リアももちろん、その事は承知である。
(そのまま入ったら見つかって面倒だしなぁ。って事は…)
そんな風に考えてリアはその場で跳躍し、《空中歩行》のスキルを使って空気を踏み、一気に空へと浮上する。そして訓練所の壁より高い位置で立ち止まる。
リアは結界の外側から中を覗き込む。
訓練所は多くの生徒が訓練を出来るようにとそれはもう広い。此処で学年全体で授業がある場合もあるため、六百人が自由に動けるほどの大きさはあるのだ。
(二十二、三十、十九、二十一、三十五……それに四十二)
魔法を放ち、剣技を振る舞い、模擬戦を行う。
そんな生徒達をリアは空中から見ている。ついでに《分析》スキルを行使し、レベルの確認も行った。
ある程度生徒達のレベルを見た後、この中でレベル四十二と言う学生にしては高いレベルを保持している生徒へと視線を向ける。
その生徒は一言で称するならば筋肉ムキムキな長身マッチョであった。
季節は肌寒さの感じる春だというのに何故かその生徒は半袖のシャツを着ている。その脇には制服の上着が放り捨てられている事から、自ら脱いだ事が見てとれた。
そんな生徒の頭に毛は一本も存在しない。つるつるのハゲである。
坊主頭の長身のマッチョ男。
そんな生徒をリアが実際に《分析》してみた所、STR値が他の値に比べて飛びぬけて高かった。
その人のステータスを見て、リアはただ思考する。
(あの飛びぬけて高いのが生徒会長……。この学園でもトップクラスか。そしてあっちの人が副会長、INTが高いわね。てか生徒会長、長身ムキムキマッチョで、坊主頭とかなんかうける)
思わず笑いそうになるのを抑えながら、リアは会長の次に一人の女子生徒へと視線を向けた。
その女子生徒のレベルは三十五。
生徒会長ほどではないとはいえ、その年にしては高い方である。
会長が物理的な攻撃の訓練をしているのに対し、彼女は魔法を練習しているようだった。
副会長は美しい空色の髪を腰まで伸ばしていて、目は吊り上っていて少しきつい印象を人に与える。
《分析》で見る限りのINT値――所謂魔法やスキルの効果に影響するステータスの値は会長よりも僅かに高い。そこから彼女が肉体戦より魔法やスキルでの戦いが得意なのがわかる。
ステータスはその人がどのように生きてきたかによって色々と差があるものなのだ。
(それに生徒会長はユニークスキルも発現してる。《筋肉こそ力なり(マッスルパワー)》とか本当ふざけた名前だよね)
《分析》して相手側にばれないようにステータスの確認をする中で見つけた文字にリアは顔をしかめた。
ユニークスキルとはそれぞれ個人に発現するその人だけのスキルの事をさす。個人個人のレベルやスキル、行動などが影響して生まれる自分だけのスキルなのだ。
それは人の生き方によって違う様を現す。だから似ている事はあっても完璧にかぶる事はない。
そしてユニークスキル名は名前だけでは効果がわからないものも多くあるのだ。会長のユニークスキルもそれである。
《分析》のスキルのレベルが七十を超えていて、それでいてみたい相手とのレベル差が二十以上開いていれば相手のスキルの内容まで見る事も可能である。
とっくに《分析》のレベルが七十を超えており、会長とのレベル差が二十どころではないリアは《分析》のスキルを行使し、そのユニークスキルの内容を見た。
《筋肉こそ力なり(マッスルパワー)》。
筋肉への信仰心の高さによりその体を鋼のように硬くとも、鈍器のように重くとも変化させるだろう。その効果はSRT値とVIR値に影響する。
その内容を見て思わず噴き出しそうになりながらもリアは口を押さえた。
(なんやねんって思わず言いたくなる。ユニークスキルってくだらないものまであるから面白い。というか、筋肉への信仰心って何なの。つか本当ユニークスキルの名前って色々と厨二すぎる)
口元を押さえたままリアは内心爆笑状態だ。
ユニークスキルはぴんからきりまである。
その中にはこれどうやって使うんだと思うくだらないものもあったりする。だが、生徒会長のユニークスキルは名前はともかく、その効果は割と使い勝手の良いものであった。
笑いを抑えながらもリアはこの学園の実質トップである生徒会のメンバーをじーと見据えて観察していた。
そうしていれば鍛錬所の入り口か少し騒がしくなった。
リアは視線だけをそちらに向ける。その先に居るのはティアルク・ルミアネスと三人の女子生徒と一人の男子生徒だった。
流石称号《ハーレム属性》の持ち主と言うべきかさっそく三人の女子生徒をたらしこんだらしい。入学してすぐに訓練所にやってくるなどやる気満々である。
リアの視線の先でティアルク・ルミアネスを見ながら、リアは詰めが甘いなぁとあきれた目を向けるのであった。
「むんっ」
生徒会長、マルス・リガントは鍛錬場の中、ほくほく顔で筋肉を鍛えるために筋トレを行っている。
彼の武器は棍棒であるが、生身でも戦えると思えるほどにその体は鍛え上げられていた。実際彼のSTR値は学園内でもトップクラスであり、VIT値が低い生徒なら殴られればひとたまりもないだろう。
そんなマルスの隣では魔法の鍛錬をしている副会長のアイディーン・キムヤナが居る。
この二人は三年間同じクラスで、同じ生徒会のメンバーというのもあってよく共に行動をしている。
二人の組み合わせは美女と野獣ならぬ、美女と筋肉である。
「む、一年生が早速此処に来ているではないか。感心感心」
「一年生が? やる気がある生徒がいらっしゃるのですね。それはいいことです。去年なんて入学式から訓練所にやってくる生徒なんて一人しかいませんでしたもの」
やってきた一年生達―――ティアルク・ルミアネス達を見るマルスとアイディーンの身長差は実に三十センチ近くにもなる。マルスの身長が有に百九十センチを超えているのに対し、アイディーンはこの世界の女性の平均的な百六十七センチほどの身長しか持ち合わせていないのだ。
最も平均程度の身長であるとはいってもリアよりは二十六センチも高い。
二人は初日からこの場に来ている一年生に感心しているようだった。
「去年は骨のある生徒が少なかったが、今年は美しい筋肉を持つ者もいるかもしれぬ」
訓練所にやってきた一年生達に視線を向けながら、なんとも突っ込み所の多い台詞をマルスは言った。美しい筋肉を持つ者が居ないかと目を光らせている様子はなんともコメントしづらい。
「会長、筋肉では強さは測れないです」
「何を言う。美しい筋肉を保てば体は丈夫に、健康になるのだ。筋肉を鍛える事で心も引き締められ、強くなれるのだ」
そう言いながらむんっと筋肉を強調するポーズをとるマルス。
「会長、筋肉がなくても強い人は強いです。実際筋肉がなくても最強の一角として活躍している人は幾人も居るでしょう」
筋肉筋肉と何度も暑苦しい事を口にしているマルスにアイディーンは淡々と答えている。
アイディーンの美しい顔は無表情に染まり、微塵も動かない。アイディーンはあまり表情を変えず、その心のない冷たい様子から『氷の女王』などと呼ばれている。
「ぬ、しかし筋肉の加護により俺はユニークスキルが発現したのだ。筋肉を鍛えればそれ相応のものが帰ってくるのだ。筋肉は自身を裏切る事はない」
そんな事を言いながら両手を上にあげむんっと力を入れる様子はなんだか非常に残念臭を漂わせていた。
実際に周りでその言葉を聞いた生徒からは「また会長が変な事いっている」とでもいう苦笑が向けられてる。
「そんなの会長だけです」
無表情のままばっさりとアイディーンが言い放つ。
真面目に話しているがまるで漫才のようである。
「てめぇ、俺と勝負しろ!」
二人が会話を交わす中で、突如その場に大きな声が響き渡った。
その声に反応してマルスとアイディーンは彼らの方へと視線を向ける。
その視線の先にはティアルク・ルミアネスとその友人四名の他に赤髪の男子生徒―――ルクス・ルティアルが居た。
ルクスはティアルク・ルミアネスに突っかかっていた。その右手には引き抜かれた長剣がある。
「何で僕と君が勝負をしなきゃならないんだい?」
「なんでって、それは、その……」
理由を問われたルクスは言いにくそうにちらりっと一瞬ティアルクの傍に居る女子生徒――ミレイ・アーガンクルに視線を向ける。
視線を投げかけられたミレイは深緑の瞳と茜色の短髪を持つ愛らしい少女だ。ミレイに見つめ返されたルクスは慌てて声を上げる。
「り、理由なんて何でもいいだろ! いいから勝負しろ!」
白銀に輝く長剣を向けられながらそう言われたティアルクはその綺麗な顔を困ったように歪めていた。
「お前も武器を抜けよ!」
「んー。ひいてはくれないか。なら仕方ないかな」
そう言いながらティアルクは手に持っている長剣で彼を迎え撃とうとする。
その答えを聞けば赤髪のルクスは笑った。そして勢いよく地面をけってティアルクに飛びかかる。
ティアルクに向かって振り下ろされたそれは音を立ててティアルクの得物と交差する。
彼らの周りに居た生徒達はその様子に一斉に巻き込まれないように距離を置いた。鍛錬場に居る人間達が面白そうに彼らを囲む中で勝負は始まった。
「あれは《ルキネンス流長剣術》のスキル持ちでしょう。あの二人は双方ともその教えを受けたように思われます」
アイディーンは剣を交差させる二人を見てただ無表情にそんな言葉を言い放つ。
この世界には様々な武器の流派がある。そしてその流派を学んでいけば、それがスキルとして現れる。
《ルキネンス流長剣術》は言うなれば攻撃こそ最大の防御とでもいうべき流派である。
同じ流派の二つがぶつかり合うとなれば、誤差もなく互いに同等の実力を持つという時以外はどちらかが押されるものである。
実際に徐々にルクスが押されていくのが周りで彼らを囲んで見学をしていた生徒達には見て取れた。
(くそっ、押される)
ルクスは相手に押し切られる感覚に歯を食いしばった。そうして一端交差するティアルクの剣を弾く。そのままルクスはティアルクから距離を置いた。
離れてすぐに彼は口を開く。それは魔法を発動させるための言葉。
「風の刃よ、存在せよ。(un vento--un orlo--esista)
それは切り刻むためのもの。私はそれを望みましょう(È per tagliare su.Io ho bisogno di desiderarlo)
魔を風へと変換させ、私の敵を滅ぼしなさい(Trasformi un cattivo spirito ad un vento e rovini il mio nemico)
《風刃》(《Orlo di stile》)」
その詠唱と共にぶつかったものを相手を切り裂かんばかりの勢いを持つ風がティアルクへと向かっていく。それは言うなれば風の刃であった。
素早いスピードで向かっていくそれを見て、ティアルクは地面をけって跳躍する。
上へと飛び上がりその魔法を避けるとそのままルクスの後ろへと移動する。そして後ろからルクスに向かって長剣を振り下ろした。
それに咄嗟にルクスは反応を示そうと長剣を持つ右手をふるうが、それは無駄のない動きで回避される。次の瞬間、ティアルクの剣の切っ先はルクスの首を捉えていた。
「終わりです」
武器を向けてティアルクはその言葉を告げる。
首筋にあてられた切っ先に、ルクスは悔しそうにその顔をゆがめた。
「くっ、降参だ…」
目を瞑り嫌々そうにルクスはそう呟けばティアルクは長剣をしまった。
突如始まり、そして終わった模擬戦の結果に周りで見物していた人間達はそれぞれ騒いでいる。
ルクスはその結果に悔しそうに下を向き、その後ちらりとミレイの方へと視線を向けた。彼の視線の先に居るミレイは頬を赤く染めて、ティアルクの事をぽーっと見ていた。
その様子にルクスは不機嫌そうな表情でティアルクの方を睨む。
睨まれたティアルクはといえば笑顔で、「ん? 何?」などと問いかけている。
その笑みにまた女子生徒達がキャーキャー騒いでいるものだから、ルクスは思わず、
「うがああああああ!」
などと叫び、
「てめぇ、気に食わねぇんだよ! 次は絶対勝つからな!」
と言い捨てて周りを囲む人々を蹴散らして去っていくのであった。
(何だったんだろう、あの人)
去っていく後ろ姿を見据え、ティアルクは不思議そうな顔である。見るものにはすぐわかりそうなのに、ルクスが何故いきなり喧嘩を売ってきたのかもわかっていない様子だ。
そんなティアルクを四人の生徒が囲む。
「ティアルク、強いわね」
ミレイがそういって笑みを浮かべる。
「ティアルクさん、かっこよかったですよぉ」
焦げ茶色の髪を腰まで伸ばした少女――レクリア・ミントスアが人を和ませるような笑みを浮かべている。
大まかな外見は人間にそっくりだが、その耳はとがっている。それはエルフ族の証だ。
「はは、流石だな!」
水色の髪をポニーテールに結んだ、男のような口調の少女――エマリス・カルトはティアルクの背中をぽんぽんと叩きながらそんな事を言う。
頭には犬耳、スカートからは尻尾が出ている獣人である。
「強いんだな。流石、俺の親友」
そんな風に笑って栗色の髪の少年―――アキラ・サガランは調子良さそうに笑う。
四人に囲まれながら、ティアルクは笑っている。
(甘い。手加減の仕方がなってない。隠す気あるのかわかんないぐらい甘い。あれじゃ気づく人は気付くのに。多分生徒会長も気づいてる。てか流石主人公体質持ちだね、私と違って何か青春してるなぁ)
友人たちと笑いあうティアルクの姿を場外から見ていたリアは、そんな風に考えて思わず呆れた。
手加減はしている。してなければレベル差がありすぎて勝負なんて一瞬でつく。というか手加減をしなければとっくにルクスの命は散っている。
ティアルクとルクスのレベル差は四十以上も開いているのだからそれは当り前の事だ。
それに相手は気付いてなかったようだが、リアにはわかった。
沢山の人の戦い方を見てきた。
自分で色々な戦いを経験してきた。
そんな人間が見ればティアルクがレベル三十だというのは低すぎるのだ。
それはわかる人にはわかる事だ。
要するに殺さないように手加減は出来ている。でもバレないような手加減は出来ていないのだ。
傍観しているリアは会長の態度に感づいているのだろうとただ思う。会長は実際に何か思案したような目でティアルクを見ているのだ。
リアにとって彼が実力を隠してる事がばれるとかばれないとかはどうでもいい。
元々少しだけでも同年代の人たちの実力を見ようと思って見ていただけだ。目的はもう達成された。
(でもまぁ、同じ年でレベル七十超えているならきっと今の私ぐらいにはいつか追いついてくる)
リアは空中から地面へと降り立つ中、思考を巡らせる。
普段喋らない人間ほど心の中で喋っているものだ。リアはまさにそれである。周りに喋る人が居ない時は心の中で色々と思考を巡らせている。
(怖いもんだね。この世には強い者が沢山いる。私ももっと強くならなきゃ。ティアルク・ルミアネスもだけど、あの生徒会長も同年代にしてはレベルが高い。見る限りギルドランクAに届くだけの才能がある)
それは実際に本人を見て思った確信だった。
(もう用事はないわけだし夜まで狩りにでも行こう。そして家に帰ってから勉強の予習をしよう)
地面に降り立ち、そのまま帰路をゆっくりと足音も立てずに歩いて行く。
そんなリアに気づくものは誰も居なかった。