闘技大会に向けて ①
「イルバネス、闘技大会で目立たせる」
リアがカトラスの前に姿を現わしたのは、三学期が始まって数日が経過してからである。
「……アルナスか。目立たせるっていうのは?」
「イルバネスを目立たせて、私に目がいかないようにする」
「……俺が目立つ目立たない関係なしに、アルナスはそんな風に目立たないと思うが。今まで十分隠せているし」
「念のため。私は私が目立たないためには幾らでも何でもしたいから。だから鍛える。霊榠山の方、行く」
「分かった」
リアの言葉に、カトラスは反論などしない。
そもそも反論しても意味がないことをカトラスは理解している。この世界はそもそも強者に逆らえば死が待っているという殺伐とした世界なのだ。カトラスもその世界でずっと生きている身として、《姿無き英雄》と呼ばれる強者であるリアに逆らおうとは思っていない。
(……本当にアルナスは不思議だ。一瞬で消えたし。本当にどれだけ目立ちたくないのだろうか。アルナスが《姿無き英雄》なんて誰も思わない。少しぐらい違和感を感じたとしても、《姿無き英雄》なんて思わない。それなのにあらゆることを警戒している。これだけ警戒しているからこそアルナスはきっと強くなった。……でも俺がアルナスと同じ考えを持っていたとしてもアルナスにはなれない。だからこそ、俺は俺のやり方で強くなる必要がある。当然、アルナスの真似をしたほうがいい部分もあるだろうけど)
――リアが去り、リアの後を追うカトラスは、そう考える。
カトラスは、リアに憧れている。《姿無き英雄》に憧れ、その存在のようになりたいと思っている。それでもリア・アルナスという英雄は唯一無二の存在だと分かっている。
この世界で強者は、ユニークスキルというものを持つ。そのユニークスキルは一人一人違う。強者になるということは、ユニークスキルを発現させるということである。
カトラスはリアのようにこれまで生きていたわけではなく、発現しているスキルも違う。――だからこそ、リアのようになれない。リアを真似するだけではいけない。
そして幾ら臆病だからといって、こそこそと戦い、こうしてレベルをあげることなど、リア以外には出来なかっただろう。
(……あれだけ強くて、あれだけ英雄として名高くて、それでも自分の力を慢心することなく、強くなることを望んでいる。……やっぱりかっこいいな。アルナスを見ていると、そうは全く見えないけれど、やっぱりアルナスは英雄だ。この世界を騒がせる英雄。それが普通に学園生活を行っているのは不思議で、だけどアルナスを知るとアルナスらしいと思う。俺もアルナスとそんなにかかわりあいは出来てないけれど、それでもアルナスを知れば分かる)
強いということは、かっこいい。
本当に単純な話だけれど、死というものが身近なこの世界では、強いということはそれだけ憧れられるものである。
カトラスは、《姿無き英雄》によって救われ、そして挫折し、そしてまた《姿無き英雄》の手によって立ち上がった。
カトラスにとって、リア・アルナスという存在は自分の人生に大きな影響を与えられている。
(その俺にとってあこがれで、最も影響を与えた人物が俺を鍛えてくれる。――それがどれだけきつかろうと、断ることなど出来ない。いや、したくない。大変かもしれないけれど、それでも俺は強くなりたい)
カトラスは、リア・アルナスの”鍛える”というのがつらいというのは少し接しただけでも分かる。それでもその気持ちは高ぶっている。
自分が英雄になれるなんて思い上がりはない。
英雄になれるのは一握りだ。――だけれども、憧れるからこそ、カトラスは気持ちを高揚させる。
(――《姿無き英雄》に鍛えてもらえる。それはどんな理由にせよ、俺にとって良い経験だ。アルナスは、どこかすぐに消えてしまいそうな雰囲気がある。アルナスがどこかに消えないうちに学べるものを学ぶ。ルミアネスの強さは知っているけれど、俺は闘技大会で結果を残そう。今は……俺が《姿無き英雄》の弟子なんて言えないけれど、……いつか、そう言えたらきっと誇らしい。俺はただアルナスが気まぐれで面倒を見ているだけで、弟子とか、そういうちゃんとしたものではない。……《姿無き英雄》に、アルナスに少しでも追いつけて、認められたら――)
そんなあるかないかもわからない未来を想像すると、カトラスの心はやる気に満ちる。
今までの強くなることを諦めたことが嘘のように、その心には強くなりたいという気持ちが大きくなっている。
――だからこそ、カトラスはリアがいる霊榠山の麓まで、意気揚々と向かうのだった。
その後どれだけ大変な鍛錬だろうとも、カトラスのやる気はなくならないことだろう。




