王家の山へ、エルフの女王と ⑥
リア・アルナスは精霊と戦うことを選んだ。もちろん、常識を超えた存在である精霊に勝てるとは思っていない。姿の見えない相手を圧倒的に倒せるなんて思っていない。
それでも――。
(ここで死ぬ確率がずっと少ないなら、全然いい。女王様は私を殺させようとはしない。なら、生き延びて精霊と戦う経験を得られる。なら、戦おう。精霊がルーンのように私と殺し合い(遊び)をしてくれるならそれだけで私の糧になる)
リアはそう考えていた。
強くなるために、精霊への対処方法を知りたくて仕方ないのである。
リアは《アイテムボックス》から《黒雛》と《白雪》という自分の愛用の武器を手にする。とはいえ、相手は知覚出来ない相手である。
しかもリアが通常通りのヤシェと戦いたいと言っていることが分かっているからか、その存在感を薄めている。
何もいないようにしか見えない。リアは、ヤシェのことが見つけられない。
「――っ」
そして風による衝撃が与えられる。
これはヤシェによるものだ。
リアは近づいていることを一切分からなかった。
――あなた、自分で感じるの難しい。やめる?
「やめないよ。いいから、続けて。ヤシェ、さん。私は貴方に慣れて見せる」
リアは敬語が少しずつ取れている。それは戦う相手としてヤシェを認識しているからだろう。元々喋る事も苦手であるリアなので、こういう場では普段通りの口調になる。
「ふふ、リアは本当に面白いわね。ヤシェ、殺さないようにね。リアは私のお気に入りなんだから。手加減は考えて」
マナのそんな楽しそうな言葉にヤシェが何と答えたのかはリアには分からない。
ただリアとヤシェの戦闘は続けられることになる。
(精霊相手に私は何が出来る? どんなふうにしたら精霊の存在を知ることができるのか)
リアは思考し続け、小さく詠唱を完成させる。
「《火炎弾》(《Vlam opsommingsteken》)」
いくつもの炎の弾が、幾つも現れる。それを自分の周りに囲むように浮かせる。風が動く。――その動きを火炎弾の動きからリアは感じ取る事が出来た。火炎弾の側を風が動けば、そこが、精霊の居場所ではないかとリアは思ったのだ。
その思惑は間違っているわけではない。だけれど、目の前にいるのは、この山でずっと生き続けてきた精霊である。いや、もしかしたら此処にいるよりもずっと前から存在している存在しれない。
そんな存在を、簡単にリアが対応できるはずがない。
――また別に、水の塊――おそらくヤシェの魔法であるそれがリアに直撃する。一瞬でその魔法を完成させている。
「狙いは悪くないわよ。精霊はヤシェほど力を持たなければ、基本的には実体を持たない。力強い存在は自分の身体を実体化させて触れることが出来るけれど」
「……精霊、難しい」
リアは何とも言えない気持ちになる。
力を持たない精霊は実体を持たない。それはいうなれば魔法などにだけ気を付ければなんとかなるということだろう。魔法を使って物を動かしたり、こちらに干渉は出来るだろうが、それ以外では出来ないのだろう。
(……それでも力が弱い精霊でも難しいけれど、ヤシェさんみたいなのはもっと難しい)
ヤシェはリアにその事実を分からせようと思っているのか、何かに手首をつかまれる。
「……ヤシェさんは、私を触れる。いつでも、私を殺せる」
「リア、ヤシェは貴方を殺す気はないのよ? 殺す殺されるってリアは物騒よね」
「……精霊、人の姿してる?」
「精霊は見る人によって、違う形をしていると言われているわ。でも概ね、人の形ね。私にはヤシェがとても綺麗な女性に見えるわよ」
「精霊、性別ある?」
「そういう見た目をしているだけで、精霊にとってみればそういうのは関係ないわ」
リアはそんな言葉をマナと交わしながらもどうやったらヤシェを知覚出来るかというのを考える。リアは掴まれている手をもう片方の手で触れようとしても触れられない。その瞬間、ヤシェが実体化を解いたのか、掴まれていた手も離れていった。
(……高位の精霊は自分の意志で自分を実体化したりできる。そして実体化出来ていなければ、物理的に触れることは難しい。やっぱり強敵。それに力が弱い精霊だってそれは一緒のはず。実体化しなければ物理的にこっちに何かするというのは出来ないだろうけど、魔法で幾らでも私を殺せる。うん、精霊は危険。私の強敵)
リアはそう考えてうんざりした。
ヤシェは遊んでいる。本気何てリアに見せる必要はない。それでいてやろうと思えばいつでもリアの事を殺せる存在である。
(怖い。恐ろしい。私は死にたくない。――なら、どうすればいいか。精霊に殺されないように。精霊を殺せるように……そういう力が私は欲しい)
リアはそう考えて、引き続きヤシェ相手に戦いを挑むのであった。
当然の話であるが、それから数時間――マナが「そろそろやめましょう」というその時まで戦闘を続けたが、ヤシェへの有効手段を見つけることは出来なかった。




