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臆病少女は世界を暗躍す。  作者: 池中織奈


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同居生活が始まったものの。

 「……妾は何をしていればいいのだろうか」

 ネアラ・リルア改め、ネアラ・アルナスは戸惑ったようにそう呟いた。

 場所はリアの自室、数日前からそこで生活をしているネアラは、ソファに座っている。ネアラの小さなつぶやきのみが響き渡っていた。

 その場にこの部屋の主であるリアの姿はない。というよりも、ネアラが此処に住まうようになってからというもの迎え入れた時以外は一度も姿を見ていないというのが正しい。

 (……ギルドのものに案内されて此処にやってきた時は確かにいたのだが)

 ネアラは思い出す。数日前にこの場所にギルド員に連れていってもらった日の事を。その時にリアは確かにいた。但し物凄く不機嫌そうに顔を歪めながら。

 (その後、気が付けば部屋から消えていたかと思えばそれ以降一切姿を見ていないとは、どういうことなのだろうか)

 そう、それ以来一度もリアの姿をネアラは見ていない。1LDKの部屋なため、ネアラ個人の部屋は与えられていない。一度も姿を見ていないリアがどうしているか気になるものの、勝手にリアの個室の扉を開けるのはためらわれて部屋を覗いてもいない。

 ソファの上でふぅーと息を吐きながらも、ネアラは今の状況について考える。

 (妾はあの時死ぬと思ったのに……。それが《姿無き英雄》に救われて、その義妹になるだなんて全くもって想像していなかった)

 こんな風にのんびりと過ごせる日がくるなんて予想はしていなかった。

 王女として生まれ、母親と父親が生きている時は幸せが続く事を疑わなくて、だけれどもその幸せはあっけなく失われた。母親が死んで、父親が死んで、命を狙われて―――、その先にこんな日々が待っているとは想像出来るはずもなかったのだ。

 新しい日々、それも《姿無き英雄》の義妹としての日々――、正直どんな生活になるのだろうと少し心が踊っていた。《姿無き英雄》に面倒を見てもらえるのならば、自分はもっと強くなれるのではないか、そんな思いさえも湧いていたというのに――。

 「……《姿無き英雄》が不在となるとどうしたらいいか本当にわからないではないか」

 自分は何をしていればいいのか、どうやって過ごせばいいのか。強者の意にそぐわぬ行動をすればどうなるかわからないため、きちんとリアにネアラは聞いておきたかった。だというのに、リアが何処にいるかわからない。

 困り果てている中で、ガッと何か音がした。

 そちらに視線を向ければ、何故か、壁の一部が回転した。

 そこから現れたのは、灰色のボサボサした髪を持つ少年――ソラトであった。

 「え」

 ソラトはネアラが不思議そうに呟いている間に、ネアラの前に進み出ていた。

 そもそもこの人は誰だとか、なんで扉が回転するんだとか、そんな疑問しかネアラは浮かばない。

 「お前がいるからリアちゃんが出てこないじゃないか」

 「はい?」

 突然言われた言葉にネアラは驚いたように聞き返す。

 自分よりも年上の男に上からにらまれて、ネアラは思わずびくっとなる。

 ソラトはリアの周りでにこにこと笑っている様子が嘘のように冷たい表情を浮かべている。

 「だから、リアちゃんがお前がいるから全然姿を現さないっていってるんだよ」

 「それは……どういうことですか」

 「お前みたいな『他人』が居るからリアちゃんは安心してこっちにも出てこない。俺、リアちゃんがここでソファに座ってのんびりとしているの見るの好きなのに」

 むすっとしてそんな言葉をソラトは言う。

 学校での接触を禁じられていることもあり、基本的に会話を交わすのは今ネアラが居るリビングでだけなのだ。そもそもソラトから会いにいかなければ基本的にリアはソラトには会いに来ない。

 リアは自分から誰かに会いに行くことはあまりしない。多分放っておいたらソラトと何か月もあわなくても気にしないだろう。

 「出てこないとは…」

 「リアちゃんは『他人』が居る空間が嫌いだから。ギルドマスターに言われて、お前を引き取ったみたいだけど、だからってそれがリアちゃんがお前という存在に安心する理由にはならない」

 言うなれば、ネアラが怖くて出てこない。そういうことだ。

 強さでいうならばリアの方が圧倒的に上だろうが、強さは関係ない。リアはコミュ障だ。慣れた人とは普通にしゃべる。あと必要なときはその場の勢いでしゃべる。エルフの女王様と対峙した時のような恐怖心で満載のときもまだしゃべる。

 圧倒的な強者であろうとも、弱者に殺されないとは限らない。

 もしかしたら―――殺されるかもしれない。

 そういう思考に陥るからこそ、慣れるまで時間にかかる。

 「え、でも《姿無き英雄》は妾を鍛えてくれると――」

 「鍛えようとは思っているだろうけれども、リアちゃんはお前になれるまで会話さえしてくれないだろうし、少なくともそんな『強くしてもらう』って受け身なやつの面倒なんてリアちゃんは好き好んでみない」

 不機嫌そうに顔をゆがめている。リアの義妹にネアラがなっていることが気に食わないとその全身全霊で告げていた。

 「それは――……」

 ソラトの言葉にネアラは何とも言えない表情を浮かべる。

 確かに《姿無き英雄》が鍛えてくれるという言葉にネアラは『強くしてもらう』と受け身になっていたといえる。《姿無き英雄》が強くしてくれるなら強くなれると。

 「リアちゃんは強くなりたいって気持ちからあれだけ強くなったんだ。今でも強さに満足してなくて、昔から『強くなること』にこだわって、強くなろうとなんでもして、無茶ばかりして、どんどんどんどん強くなって。そんなリアちゃんがお前みたいに受け身で強くなりたいとかあんま考えてなさそうな奴を気に入るわけないし、そもそもお前なんかが―――」

 「はい、ストップ」

 ソラトがリアとしばらく話せていない事に対する鬱憤でも話すように一気に捲し立てればそこに一つの声が響いた。

 いつの間にか、ソラトとネアラしかいないと認識されていたその場所に一つの影が居た。その人は開かれた窓のすぐ横に立っていた。

 いつからいたのか、ソラトにもネアラにもわからないが、そこにはリアが居た。恐らく《何人もその存在を知りえない》を行使して、ここにいたのだろう。

 「リアちゃん!!」

 呆けるネアラとは違って、ソラトはリアがこうやって突然現れる事に慣れているのだろう。すぐさま反応して、先ほどまでの不機嫌そうな顔が嘘のように笑顔になる。

 「ソラト、大人げない。年下に、文句ばっかいう、カッコ悪い」

 「だって、こいつのせいでリアちゃんに会えなかったんだよ!」

 「別に私はあんたに会わなくても支障はない」

 「俺はあるのー!!」

 「ソラト、うるさい。黙って」

 リアはソラトを一瞥してそう告げると、いまだに呆けているネアラのほうへと視線を向けた。

 「……強くなりたい、って意思ある?」

 「……妾は」

 「私、鍛える言った。でも、ネアラ、強くなる意思、ないなら―――。鍛える気、今のところない」

 引き取ったときは鍛えるなんて気分になっていたけれど、そもそも半ば強制的に面倒を見るようにギルドマスターに言われた存在で、本人の意思もないのに鍛える必要はあるのだろうかと思った。

 (何よりめんどくさい)

 弟子とかそういうの、前世では楽しそうだなと憧れもあった。だけどよく考えたら自分の時間が削られてしまうのだ。それは正直いやで、あまり親しくないネアラと深くかかわっていろいろ教え込むのもめんどくさいと正直考えていた。

 それに冷静になってみれば、ほとんど『他人』であるネアラが部屋にいることにどうしようもないほどに不安になった。どちらにせよ、ネアラが部屋にいる状況になれるまでは姿を現すつもりはリアにはなかったのである。

 が、予想外の事にソラトがネアラに絡んで、それを見るに見かねて、乱入したというそんな感じである。

 「よく、考えて」

 それだけ告げて、またリアは一瞬で姿を消すのであった。

 ソラトもリアと会話ができた事で少しは鬱憤が晴れたのか、また回転扉で自分の部屋へともどっていった。


 残されたのは、ソファの上で考え込むネアラだけであった。




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