過去アリ主人公を拉致して話す 3
しばらくリアの言葉にぽかんとしていたカトラスは問う。
「何で、通ってるんだ。学園に」
「私薬師か、司書なりたい」
リアは、自分の思いのそのまんまの事を言った。
「は?」
「……リア姉は変わっているからね。ギルド最高ランクという仕事を副職にして、薬師か司書を本職にして普段は普通に生きたいらしいよ」
リアの言葉に補足するようにネアラが言う。が、色々おかしい。
ネアラは隣に座るカトラスが目を見開くのも仕方がない事だと思った。
誰もが憧れ、そうなる事を望む《超越者》の地位を副職にするとかふざけてるにもほどがある。が、リアが本気な事をネアラは知っている。
「何で……」
「私、目立つの嫌い」
「じゃあ《超越者》になんかなるなよ」
思わず突っ込みを入れたら、リアが間髪いれずにいった。
「目立ちたくない。でも強者の立場の方が、やりやすい。強く、なりたい。依頼受けれる、立場のが、便利」
目立ちたくないけど、強者の立場は便利で強くなりたい、そんな我儘をリアは言う。
「……まだ強くなりたいのか?」
「私なんて、まだまだ」
どうやらそんな事を本気でいっているらしいリアに思わずカトラスは言葉を失った。
《超越者》でありながら自身の力を一切慢心しておらず、寧ろ上を目指している――それに驚いた。
リアが上を目指すのは、死にたくないという情けない理由からだが、カトラスはそんな考えには思い至っていないようである。
「……じゃあマネリは?」
もう驚くのは疲れたといった様子でソラトの方を向く。
「リアちゃんが通うっていったから」
「……自称《姿無き英雄》の弟子ってのは」
「自称してた方があいつら馬鹿だから信じないだろ。俺がちょっと演技してたら全然気づかないからな」
リアが通うと言ったからと通う必要もないのに学園に通うなんて、どれだけソラトはリアが大好きなのだろうか。そこまで聞いて、もう一つの疑問が湧いてきたカトラスは問いかけた。
「あれ……、ルミアネスは」
「あれは、別件」
「あの人は《キマイラロード》を幼い頃に奇跡的偶然で倒し、一気にレベルを上げた幸運者ですよ。そして《竜雷》と《風音姫》に引き取られ、彼らの弟子にあたります」
また、ネアラが補足するそれはリアがあまりにも説明不足が故だろう。ソラトに関して言えば、カトラスと進んで会話をしようとさえもしていない。
この場で説明できるのはネアラだけである。
あまりにも驚く事が多すぎて、寧ろティアルクの事など驚くに足りない事のように感じてしまう事に驚く。
「……あいつのランクは」
「ギルドランクAって話ですわね。何でも学園生活を経験したいとかで、学園に居るそうですわよ。但し全く実力を隠す事が出来てないみたいですけれど」
苦笑したように告げられた言葉に、カトラスは同意するように頷いた。
(……ギルドランクAなら強いはずだよな。つか、ギルドランクAの癖にレベル三十代の俺に喧嘩売って、勝って得意げだったのか……?)
それを考えると何とも大人げない気がして、カトラスは微妙な顔になった。
「……つか、ルミアネスには正体ばらさないのか」
「私、あんな甘い奴、嫌い。経験、足らない。実力とレベルが釣り合ってない。あとあいつにばれたら国中に広まる。あんなのが、ゲンさんとルノさんの弟子とか私、認めない」
真っ正面のリアの顔が酷く不機嫌そうに歪む。恐らく、《竜雷》と《風音姫》の事をリアも尊敬しているのだろう。あんなのが、二人の弟子だと思いたくないらしい。
「……じゃあ何で俺にはばらしてんだよ」
「七年も、何か会いたがってたらしいし。それに《ブラックドラゴン》相手に、諦めてなかったから。あとは……うん、気まぐれ。実はちょっと後悔してる」
話している内に慣れたのか、大分文章を喋っている。というより本性がばれた相手には、こうなのかもしれない。
「……そうか」
「ん。あ、私、イルバネス鍛える」
突然、良い笑顔を浮かべてリアが言った。
「は?」
「何かうじうじしてて観察してて、イライラした」
「いや、待て俺は――」
「絶対に《超越者》の域になれないから、守る事が出来ないからってのは、強くならない事に対するただの諦めで、言い訳」
ばっさりと言った。それに黙り込んだカトラスをじっとリアが見つめている。
普段は感情を映し出さない瞳が、何にも興味がないといった瞳が、今は力強ささえも感じる。それに、カトラスは驚いた。
「大体、強くなるの、イルバネス他人のため、みたいにいってるけど。結局自分のため。“守りたい”って自分勝手な願望」
お茶を啜りながら、リアは続ける。
「才能も、関係ある。かも。でも、強くなれるかどうかはその人次第。だって、イルバネスも、ルミアネスも、そして他の学園の生徒たちも……、強くなるために必死になってない」
強くなるために必死なはずの学園の生徒達を、彼女はまだ必死ではないなどと言う。それは彼女が、《超越者》であるが故の言葉。
「本気で《超越者》になりたい、なら。自分よりも、強者に、向かうのが一番。魔物の、群れに飛び込むとか。死ぬか、生きるかの戦闘も、しない人、まだまだ」
さらっとそんな事を言っているが、死ぬか生きるかの戦闘をし続けて此処までやってきて、事実強くなったリアがおかしいだけである。なぜなら死ぬか生きるかの戦闘を行った場合、生き残れる可能性はほぼないからだ。故に、それだけの事をしてきて生きていられたリアはおかしい。
しかし、リアの言っている事自体は別におかしい事ではない。普通の努力で、《超越者》に至れるわけがない。
《超越者》には、《超越者》に至るだけの実績がある。
ティアルク・ルミアネスのように与えられた平穏な場所でぬくぬくと育っているだけではこれ以上伸びる事はないだろう。
だって、彼はリアからしてみれば現状に満足して強くなる努力をしていないように見えるから。現状に満足している人は、成長なんて出来ない。成長は、自身に満足していないからこそ起こるものだ。
彼はレベルは高いが、実績はない。そして強くなろうという意志がない。正直実績の積み重ねによって強くなったリアからすれば、経験もないのにレベルを上げたティアルクを快くは思ってはいない。
「だから、諦める、早い」
真っすぐにリアはカトラスを見て言った。
「リスクを負わずに強くなろう、とか、そんなの、甘い」
何かを手に入れるためには、何かを犠牲にしなければならない。
圧倒的な強さを手に入れるためには、リスクを負ってでも死ぬか生きるかの戦闘をしなければならないのである。
奇跡的偶然でレベルを一気に上げたティアルクのような例は本当に稀なのである。
「強くなりたいなら、私が鍛える」
「いや、でも」
「というか、私が鍛えるって決めた。だから、イルバネス鍛えられるの当然」
「は?」
何だか突然、カトラスの意志を無視した言葉が聞こえてきたかと思えば、益々暴君にも感じる言葉が飛んでくる。
「うん、というか、どうせ強くならなければ、あんた、すぐ死ぬし。断るなら、この場で殺す。大丈夫、痛み感じないように殺すから」
「はっ!?」
「だから、死にたくないなら、頷く」
なんとも突っ込みどころ満載な自分勝手な事を言い出した。しかし、《超越者》とは総じて暴君とも言えるほどに色々とずれていて、自己中な生き物が多い。
《超越者》に至れる者は普通の生き方をしていない。普通の人とは感じ方も、何もかも違う。
カトラスをリアを見る。
その目は本気だった。本気で断るのならば殺すとその目が、訴えてる。
リアにとって自分の事を知っている存在を手元に置いておけないのは嫌なのかもしれない。気まぐれに自分から正体を明かしておいて、自分の言う事を聞かないなら殺そうとする。本当に何処までも自分勝手である。
世の中は所詮理不尽で、弱者は強者に従う他、特にこの世界では生きていけない。
だからこそ、
「……わかった」
そういってカトラスが頷くのは至極当然の事だった。
――死にたくない。生きていたい。そういう思いから頷く。でも、それだけじゃない。
―――憧れ、強くなろうと思ったきっかけの《姿無き英雄》が、自分を鍛えてくれる事に何処か、何かが変わる期待をしてしまったから。




