過去アリ主人公を拉致して話す 1
「そこ、座る」
「……何で俺拉致されたんだ」
「何となく」
課外実習は一旦中断となり、開催見送りになった。それの翌日――、カトラス・イルバネスはいつの間にか寮に現れたリアに拉致され、何故かとあるアパートの一室につれていかれていた。
ちなみに課外実習であれだけ魔物が溢れていたのは《ブラックドラゴン》の出現が原因らしい。人の言葉をしゃべれるほどの魔物がいるからこそ、逃げ纏った魔物があそこに集った。
「イルバネス、寮でもよかった。でも、やっぱ我が家が落ち着く」
「……何で《ギルドランクX》がこんな一般的なアパートに住んでんだよ」
「豪華すぎる、落ち着かない。あ、ネアラお茶」
リアはソファに腰かけたまま、偉そうに近くに居たネアラに命令する。それにネアラは苦笑を浮かべながら「はいはい」と返事をして、台所へと向かう。
カトラスはリアの前のソファに座らされている。
「話、ソラト、来てから。ソラトが《炎剣》だって、聞いた、よね?」
「……ああ」
そういいながらカトラスはまじまじとリアの事を見る。
ちょこんとソファに腰掛け、同じ年にさえも見えないほどに子供のようである。しかも足をぶらぶらさせて、はやくお茶持ってきてほしい的な雰囲気を醸し出しており、余計に《姿無き英雄》には見えない。
それは、ソラト・マネリについても言える。
(……自称《姿無き英雄》の弟子が本当にそうだなんて誰が思うんだよ)
自称《姿無き英雄》の弟子――そういう存在として、ソラトは確かに知られていた。しかし、もちろん誰も信用していなかった。
そもそも《超越者》の弟子が学園に通っているのはおかしな事であるし、あんなに人を不快にさせる態度を取っており、実力を欠片も露わにしない男が《姿無き英雄》の弟子だなんて誰も思うはずがなかったのである。
(でも実際は…、ソラト・マネリは《炎剣》であり、そして《姿無き英雄》の幼馴染。つか、何で《超越者》とSSランクが学園に通ってんだよ……)
普通、《超越者》やSSランクは学園に通う必要なんて全くない。金も地位も名誉もある。なのに、どうしてと頭の中で何度も疑問が繰り返される。
「リア姉、イルバネスさん、お茶です」
カトラスが思考し続ける中で、ネアラが戻ってきた。
「ん」
「リア姉、猫舌なんだからちゃんと冷やして飲みなさいね」
「ん、わかってる」
「それと冷蔵庫に入ってたお菓子が消えてたんですけれど、また間食しました? 間食のしすぎは体に悪いって何度いったら――」
「ああ、もう煩いの! ネアラは私の母親か何かなの!?」
「……私義父さんにリア姉の生活習慣正すようにも言われてますからねー」
「くっ、お義父さんってば何してくれちゃってんの」
「リア姉の生活習慣が悪いのが悪いから諦めてくださいませ」
目の前で繰り広げられるどちらが姉かわからない会話に、カトラスは何とも言えない気持ちになる。
此処が自分の家だからか、喋っている相手が自分の妹だからか、学園でのリアからは想像出来ないほどに喋っている。というか、今年十七歳になる女が間食が多いと妹に怒られるとか、何なんだろうとさえ思う。
しばらくすれば、とんとんと何故か壁から音がした。
「あ。来た」
「は?」
リアの言葉に何が何だかわからないと様子のカトラス。しかしそんなカトラスを無視して、リアは動く。
音のした方へと行くと――、壁を回転させた。
「はあぁああ?」
何で普通のアパートの壁が回転するのかとよくわからない様子のカトラス。しかし、回転した壁の先から普通にソラトは現れる。
「リアちゃん!」
リアに飛びつこうとして、さっと避けられる。
そしてそのまま、勢いよく壁に突っ込みそうになり、どうにかとどまる。
「何で避けるの、リアちゃん」
「暑苦しいから」
そういいながらすたすたとリアは元の位置へと歩き、ソファに座る。そこでようやくソラトはカトラスの存在に気付いたらしい。
「うわ、何かリアちゃん家に男が居るのやだー」
「煩い。ソラト、ネアラ、座って」
リアに促されるままにソラトとネアラがソファに腰掛ける。ソラトはリアの隣へ、他に座る場所がないので、ネアラはカトラスの隣にである。
「…なんで回転するんだよ?」
「取り付けたから」
「このアパートはお義父さんが買い取った場所だから、改造しても問題ないんですの」
リアの説明不足な言葉に、ネアラが補足する。
「……お義父さん?」
「ギルドマスターですわ」
「ふぁ!?」
突然の言葉に目を剥く。
ギルドマスターは《姿無き英雄》ほどではないが、中々謎に包まれた人物である。名前が周りに知られていない《超越者》なんて彼と《姿無き英雄》ぐらいである。
それが、父親などと言うのだから驚くのも無理はない。
「最も血は繋がってませんけどね。あ、私とリア姉も血のつながりはないですわよ」
「養子?」
「ええ。お義父さんは将来有望な子供を見つけると子供にしますからね」
「……アルナス妹のレベルは?」
「私は今、レベル二十六です」
「……何歳だ?」
「今年十二歳になります」
それをなんとも言えない気分になったカトラスであった。
(つか、此処に《姿無き英雄》と《炎剣》とその弟子の十二歳にしてレベル二十六が居るとか、やばいだろ、この空間)
何で自分、此処に居るんだっけ的な気分にさえなる。
こんな異常な空間の中に自分が居る事が不思議だった。
(アルナス妹とはじめて会った時、そうだ…。アルナスは俺がすぐに反応できないほどのスピードで投げてきて、それを俺が反応するよりも前にアルナス妹が弾き返したんだっけ。……違和感を感じたのは、それでか)
そして思い出して、なんで気付かなかったのかとため息を吐く。
自分が反応できないスピードで石を投げる、その石に自分よりはやく反応する。それだけでも十分自身よりもレベルの高い証になるとういうのに。
「マネリは…」
「お義父さんの知人の子供でリア姉の幼馴染ですわ。…二人とも異常ですから私は自惚れる事さえも出来ませんのよ」
「異常って何。強くなろうとすれば誰だってこのレベルにはなれるよ」
「俺はリアちゃんにおいていかれるのやだから頑張っただけだしー」
二人してそんな事を言うが、明らかに二人ともおかしい。
十七歳になる少女が《超越者》に至っている事も、その少女においていかれたくないと十七歳の少年がギルドランク高位者にまで上り詰めている事も。
「……あのさ」
「何」
「何だよ」
カトラスの言葉に二人が同時に返事を返す。
「…ちょっと完璧に信じられてないからステータス見せてもらっていいか」
そう言えば、面倒そうな顔をしながらリアとソラトはステータスを見せた。




