二度目の課外実習 13
(《ブラックドラゴン》か。普段この森に居ない魔物が沢山いたのも、多分あれの影響だね。しかし《ブラックドラゴン》の幼体が一人でうろうろしているとか本当世界は怖いもんだね)
リア・アルナスは、見ていた。
《ブラックドラゴン》の幼体と、それに対峙するように立つカトラスを。
魔物に飲み込まれたと見せかけてその場を離脱したリアは、《何人もその存在を知りえない》を行使して、見ている。只、傍観してる。
木々の間に立ち、じっと、じっと見てる。
(やっぱり一番根性があるのは過去あり主人公か。他は実力はあっても実戦経験がない。本当に死にかけた状況を経験した事のない人は、こういう場合どうも出来ないものだし)
面白そうに、見てる。
ただ立っている。手を出す気は今の所、リアにはないようだった。
本当のピンチを経験した事のない人は、そういう事に突然襲われた時に対処など出来ない。
温い平穏に慣れ過ぎた人は、冷たい現実を直視出来ない。
カトラス以外の生徒たちは温い平穏の、穏やかで優しい世界を生きてきたのだろう。そんな人が本気でどうしようもない存在と対峙してどうにでも出来るはずがない。
(過去あり主人公は何度か死にかけた経験がある。うん、強くなるために命を投げ出す覚悟でやるってのはいい事だよ。死ぬかもしれないけれど危険に突っ込む、それが一番強くなる手段なんだから)
リアは、うんうんと頷きながら思考し続ける。
その視線の先では、カトラスが《ブラックドラゴン》に向かっていっているのが映る。
「人の子ごときが我に叶うとでも思っているのか」
声が響いた。
それは、他でもない《ブラックドラゴン》の声である。
《ブラックドラゴン》のように高位の魔物になると人語を喋るものも多く居る。知能ある魔物は、人と交友を持っている者も居る。もちろん、今この場に居る《ブラックドラゴン》のように人を食料としてみなし、襲いかかるものも多く居るわけだが。
カトラスは、自身の武器を手に《ブラックドラゴン》へと襲いかかる。
それは躱される。
巨体であるというのに、《ブラックドラゴン》は素早かった。
避けたかと思えば、尻尾で薙ぎ払われる。
カトラスが吹き飛ぶ。
そして大木にぶつかる。
(おー…。やっぱ過去アリ主人公じゃ全然敵わないか。でも当たり前だね。《ブラックドラゴン》は《ホワイトドラゴン》同様幼体でもレベル七十ぐらいじゃないと倒せないしね。過去アリ主人公ってまだレベル三十ちょいだろうし)
傍観しているそれは、非情だった。
カトラスが吹き飛ばされたのを見ても、決してその目には動揺は走らない。
カトラスが《ブラックドラゴン》に勝てない事実をただ冷静に受け入れている。
(どうしようか。助ける? 助けない? うーん、人が死ぬのを見るのは正直怖いから嫌なんだけど、忠告も聞かなかった馬鹿を進んで助ける気にはあんまりならないからな)
じーっと、それは《ブラックドラゴン》が倒れ伏す生徒たちに近づいて行くのを見ていた。
恐怖で震える彼らが、それに対処する術がない事を知っておきながらも冷静だった。
リアは、酷く自己中で、酷く自分勝手な生き物だった。
悩んでいる間に《ブラックドラゴン》は、生徒たちを喰らわんと口をあける。
そんな中で、それの横を飛び出した影が居た。
―――吹き飛ばされたはずのカトラスである。
吹き飛ばされた衝撃で体は思うように動いていないだろう。
《ブラックドラゴン》と、絶対に勝てないとまで思えるほどの相手と対峙するのだから恐怖心で動けなくなってもおかしくない。
それでも、カトラスは自分の体を引きずって飛び出し、《ブラックドラゴン》の意識をこちらに向ける事だけを考えていたのだろう。
自らの得物を投げつけた。
それを投げつければ、自身の武器がなくなるというのに。
必死な様子は、助けたいという思いが故だろうか。
いや、そんな優しい理由ではない。只単に恐らく、目の前で誰かが死ぬのをもう見たくはないという自分勝手な気持ちがあるからだろう。
《ブラックドラゴン》は、投げつけられたそれを無詠唱で発動させた結界により弾き飛ばす。
――そう、それが《ブラックドラゴン》が高位魔物である所以だろう。その存在は詠唱をなしに当たり前のように魔法を行使する。
人であっても無詠唱で魔法を行使する事は出来ないわけではない。ただしそれには相当のレベルと努力を必要とする。
生まれた時から無詠唱で魔法を唱えられる高位魔物と努力をしなければそれが叶わない人。
その差は大きい。
《ブラックドラゴン》は不快そうに眉を顰めて、カトラスの方へと飛びかかる。
飛びかかられる中でも、カトラスの中に諦めはない。その目はどうにかこの場を乗り切れないかとずっと思考し続けている。
(うんうん。諦めないのはいい事だよ。諦めさえしなければ可能性は出てくる。でも諦めたらもうその瞬間終わるから)
そんなのんびりとした思考をしているその人を知れば、誰もが「そんな事考える暇があれば助けろよ」と突っ込む所であろう。
それは、マイペースでもあった。
生徒たちは折角カトラスが自身を危険に晒してまで、《ブラックドラゴン》の気を引いたのに逃げる事も出来ていなかった。
一人は頭が真っ白といった様子で顔を青くさせており、一人は最早意識すらない。——そういう様子だ。
このまま何もなければ、彼らは間違いなく《ブラックドラゴン》の胃袋に収まる事だろう。
が、そうはならなかった。
牙が、カトラスへと襲いかかろうとした瞬間、
(うん、助けようか。他の生徒たちはともかく、過去アリ主人公は根性を見せたし、見ていて面白い観察対象が消えるのもつまんないしね)
それは、動いた。
―――そして、次の瞬間には《ブラックドラゴン》は命を失っていた。




