二度目の課外実習 9
「何で…こんな魔物が」
「……やばいだろ、これ」
狼のような形をした獣が居る。
鳥のような形をした獣が居る。
人型の《コボルト》のような獣が居る。
突如として自分達を囲んだ魔物に、思わずと言ったようにカトラスたちの口から弱気な言葉が漏れる。
鳴き声を響かせながら自分達を囲む存在に、彼らの顔が恐怖に歪む。
これだけ多くの魔物達が、それも生徒たちが相手に出来ないほどの質量を持つ相手が溢れていれば冷静になれないのは当然である。
その中でただ一人、リアだけは冷静である。
(うーん、何か起こるとは思っていたけれど、これだけ魔物が溢れるのは予想外。何か近づいてもきているし。どうしようかな)
リアの表情は無である。
リアとしてみても同じ学園の生徒が死ぬことは避けたいなと思っているのだ。だからこそ即急に逃げることを提案してみたのだが、断られて、逃げる時間を目の前の生徒たちは逃してしまった。
リアにしてみれば、魔物に囲まれることも、命がけの戦いを繰り広げることもある意味日常茶飯事なことである。今更、その心が恐怖に満たされることはない。
(私はあくまでこの学園の中じゃ弱い存在だって思われているし、そもそも下手に実力見せて私のことを誰かが悟ってしまっても困るしなぁ。去年と同じように置いて行かれていたら私はもっと動きやすかったんだけど……そんなことも言ってられないか)
リアはただ思考する。今、この場で、リアがどんなふうに動くべきかを。もちろん、リアの実力を持ってすれば周りの魔物たちをどうにかすることも、これから迫ってくる脅威をどうにかすることさえも簡単である。
──とはいえ、あくまでもリアは自分の存在を誰かに悟られたくない。リア・アルナスという少女が《姿無き英雄》と同一人物だとはバレたくなどないのである。
自分自身はこのまま生き延びることはどうにでもなる。ただ目の前で死なれるのも寝覚めが悪い。
正体はばれたくないが、目の前で死なれるのも嫌だ。《超越者》であるリアはあくまで我儘で自分勝手な存在である。あれもこれも手に入れたいと考え、それをするだけの力を持っている。
さて、それを叶えるためにどうするべきかとリアは迫りくる魔物達を見据えながら思考する。
──このまま魔物達を蹂躙する。それは却下。それではリアの正体がばれてしまう。ばれなくてももっとややこしいことになってしまう。
──このまま放っておいて何もせずに目の前で生徒達が死ぬのを見る。それは却下。目の前で生徒が亡くなるのは気分が悪いし寝覚めが悪い。……ただし忠告を聞かなかった相手なので、そのあたりは助けるか助けないかは決めていないが。
なら、どうするか。——リア・アルナスは思考する。
(……うーん、そうだな、いっそのこと……まずはフェードアウトしようか)
リアはそう考えて、内心笑った。
さて、リア・アルナスがそんな思考に陥っていることなど考えもしないカトラスたちは、この状況に顔を強張らせていた。
なんともリアとの温度差が激しいが、それもまぁ、仕方がないことである。
《超越者》である少女と、ただの学生が同じような思考と感覚を持てるはずがない。
「………やるぞ」
カトラスはリア以外の生徒――上級生たちに対してそんな声を発する。その声は普段のやる気の欠片もない様子が想像出来ないほどの真剣な声であった。
強くなることを中途半端に諦めたとはいえ、カトラスは強くなりたいという思いがなくなっていたわけではない。諦めたといいながら、諦めきれない思いは確かにあって、死にたくないという思いもカトラスは感じていた。
死にたくないなら戦うしかない。
生きて行きたいならあがくしかない。
そう、そんな場面でやる気がないなどと言っていられる余裕などあるはずもなかった。
「……ああ」
そしてそれは生徒も同様だった。
今は何も会話する余裕もないと言った様子で顔を強張らせている。
しかし。
逃げ遅れたように三人から離れた位置にぽつんと立ちつくしている存在が居る。―――それは、リア・アルナスである。
魔物が囲んでいるという異常事態であるのに、相変わらずの無表情で無感動な様子の彼女は、一人魔物に囲まれていた。
囲まれていても何も行動に移せないのか、何もしない。
何もしなければどうなるかなど簡単だ。
リアはそのまま、魔物達の渦へと飲まれていった。
それを見て、慌ててカトラスたちは手を伸ばすも、その手は届かない。
「アルナスッ」
必死に叫び声を上げる。
でも現実は非情である。
リアは飲み込まれていく。
その姿はもう見えない。
最後に見えたリアの姿は相変わらずの無表情だった。
それが、妙にカトラスの頭の中に残った。




