過去アリ主人公をひっそりと眺める。
真っ白な部屋。
白い壁、白い床、白いカーテン、白いベッド。
そこは、色のない世界が広がっている。
そこは、保健室。
闘技場から一番近い第三保健室には、保健医の姿はない。
幾つか並べられた真っ白なベッドに眠るのは、たった一つの影だけだ。そこで眠っているのは、そう、先ほどティアルクとの勝負に負けたカトラスだけである。
開け放たれた窓からは、風が吹き、それがカーテンを揺らしている。
外から保健室の中へと音を立てずに飛び込んできた存在が居る。
(保健医も居ないかー。ま、ハーレム主人公も流石に手加減したみたいだし大怪我はしていないだろうからつきっきりでいる必要はないけどさ)
リアはひっそりとカトラスのことを覗き見にきていた。
カトラスの眠っているベッドの方へと近づく。そしてその右隣に立つ。
(それにしてもあれだね。ハーレム主人公って本当どっかの小説とかに居そうな典型的なハーレム主人公だよ。手加減が全くなってない。あれ、隠す気あるのか? あるはずだろうけど。あの二人に隠すように言われてるだろうし)
リアは、呆れたようにそんな事を思考する。
(過去アリ主人公も悲惨だよ。あんな話聞かないのに絡まれて、しかも絶対に勝てない勝負をさ)
同情したように視線をカトラスへと、それは向ける。
(しかしこれで過去アリ主人公は何だかんだで根は真面目っぽいし課外実習真面目にやりそうだな)
リアは、課外実習へと思考を巡らせる。
課外実習は、毎年アルガヌの森と呼ばれる場所で行われる。魔物と呼ばれる生物達が多く住まうそこで、どれだけの魔物を班で倒せるかを競わせる。そして優秀な者には名誉と報酬を与える。
わざわざそんな風にしているのは生徒達にやる気を出させるためである。
もちろん、それには危険が伴う。最悪死人が出る。一応死人が出ないように配慮はされているが、危険な事には変わりはない。
そんなものにわざわざ生徒を駆りだすのは、この世界がそういう世界であり、そして生徒達が強くなる事を望んでいるからである。
強ければ、死なない。生きていられる。
この世界はまさしくそういう世界だった。
じーっと、傍に立ったままリアはカトラスを見ていた。観察するように、只見てる。
そうしていれば、カトラスが目を覚ました。
体を起してきょろきょろとあたりを見渡す。
「…保健室か」
そう呟くカトラスは傍に立ち、カトラスを観察しているそれに一切気づくそぶりはない。事実、気づいていない。
心此処にあらずといった様子のカトラスをそれは、面白そうに見ている。
「……ルミアネスは」
独り言が、呟かれる。
「…あいつ、本当にレベル三十七か?」
それは純粋な疑問。
目を覚まし、意識を失う前まで何をしてたか考えて浮かんだ純粋な疑問だった。
カトラスのレベルは三十を越えたほどである。
ティアルクのレベルが本当に三十七だとすれば(・・・・・・・・・・・)、おかしい。何がおかしいって、強すぎるのだ。たったレベル差が五、六しかないのならばあれだけ圧倒的な勝利をティアルクが収められるはずがない。
レベル差は確かに絶対ではない。しかしあの結果はおかしいと少しでも聡い人ならばすぐに思い当たるほどの違和感だったのだ。
当然、実際に対峙したカトラスのティアルクの強さに対する違和感は他の誰よりも強かった。
(あいつはなんなのだろうか、俺とレベルが大して変わらないならあれはおかしい)
故に、カトラスは思考する。
(少なくともあいつは実力を偽ってこの学園に居る。あれはレベル三十七の動きじゃない)
そう、カトラスは結論づける。
この世界で実力を隠すものは少ない。学園内でももう卒業した生徒会長が四十七だった。要するにその程度のレベルであるならばこの学園内で隠す必要はないと言える。ならば、ティアルクのレベルは何なのだろうかと考えて思いつくのは、この学園に居てはおかしいほどにレベルが高いのではないかという事である。
(普通レベルが五十を超えていれば仕事なんて幾らでもある。だから学園に通う必要もない。何か理由があってルミアネスが実力を隠して学園に通っているっていうのが多分正しい)
思考する。
只先ほどの違和感を元に、ティアルク・ルミアネスという少年について。
考え込むように表情をゆがませるカトラスを、隣に立つリアは面白そうに見ている。
(あはは、やっぱハーレム主人公ってば流石典型的なハーレム主人公! 小説とかのこういう最強系の学園物の主人公もわざとばらそうとしてんじゃないかってぐらいわかりやすくて突っ込みどころ満載だったけど、まさか現実でそのまんまの奴が居るって、面白いよ)
リアは声を発さずに、ただ、心の内で面白そうに笑う。
自身の知っている小説の内容と照らし合わせて、そのままのわかりやす過ぎるティアルク・ルミアネスの様が面白くて仕方がないらしい。
(というか、これ、絶対見てた人たちも気づいてるって)
リアの思考している事は正しい。
ティアルクの手加減の仕方は明らかに下手で、その戦闘を見れば、少しでも聡いものなら誰でも違和感を感じる。あれで本当にレベルが三十七しかないのかと。
(ま、ハーレム主人公がどうなろうと知った事でもないしいいか)
それは、そんな冷たい事を考えるとその場から姿を消すのであった。
カトラス・イルバネスは自分の独り言を聞かれ、考え込む様子を観察され続けた事に最後まで気づく事は出来なかった。




