リアは覗き見をしながら楽しそうに笑う。
(あははっ。過去アリ主人公ってば。ぽかんとしすぎ)
リア・アルナスは、宙に浮いたまま心の底からおかしそうに心の中で笑う。
リアは、決して思いを口には出さない。
ただ、思考するだけ。
リアの、視線の先に居るのはティアルクの言葉に驚いたまま立ちつくしているカトラスである。
ティアルク達が去っていった後もしばらくぽかんとつっ立っている様子が、面白くて仕方がないらしかった。
それの性格は決して良いとは言えないものであった。寧ろ他人の不幸を笑える性格をしていた。
(しかしハーレム主人公ってってば、あれだよね、流石と言うべきか…、自分勝手すぎて本当ビビるよ)
それは、後ろ姿を見せるティアルクの背中をじーっと見つめていた。
(というか、普通に考えて一般人な過去アリ主人公にハーレム主人公が勝負を挑むとか、結果がわかりきってるのに…。んー、頭が足りないのか、ハーレム主人公。それが絶対に自分が勝てると確信しているからこそ、勝負を挑んだのか。でもそれだと勝てる勝負しかしないっていうなんとも情けない事になる。それに今年はクラスも違うのにさー、何で絡むんだろうね? なんか気になるのかな、やっぱり)
絶えず、リアは思考し続ける。
それは、情報収集を常に行っている事もあって、ティアルクの情報をしっかり入手しているらしい。
(しかし、いつまで過去アリ主人公は驚いたまま、固まっているんだろう。見てる分には面白いけどさ)
次に、カトラスに視線を向けて、それはそんな事を思う。
カトラスはずっと固まったままだ。ティアルクに絡まれると思っていなかったからだろうが、それにしても固まりすぎだとリアは思う。
(こういう時にさ、固まってたら駄目だよね。そういう油断が死につながるんだから。私、今いつでも過去アリ主人公の事殺せるし)
リア・アルナスはやろうと思えばこの場で、カトラス・イルバネスの命を奪うことだって可能である。そもそもの話、学園の中だからとこうして気を抜いていること自体がリアには信じられないことである。
この世界は弱肉強食だからこそ、強い存在こそが正義である。
強者が是といえば是であり、否といえば否である。そりゃあ、色々なルールはあるが、それにしても強者の力が強い。そんな世界だからこそ、ぶっちゃけ此処でリアがカトラスを殺したところで、注意はあるかもしれないが大事にはならない。
そう言う世界なので、こういう場で気を抜いているというだけでもぬるいなぁとなるリアだ。
(学生だから仕方がないって言えるのかな。でも学生だったとしても、これから戦いの中に身を費やすものも多いのになぁ。特にこの学園だと、戦闘職に就く人が多いし。だというのにこんなにも隙だらけなのはどうなんだろう? 私やろうと思えば此処の生徒たち、全員気絶させるとか余裕で出来そう)
……そんなことを可能にするのは、隠密系のユニークスキルと、圧倒的なレベルを保有するリアだからこそ出来ることである。
リアでなければこんなことは出来ないのだが、それでもリアは自分が簡単にそういう事が出来るほどだというのは、この学園の生徒たちは大丈夫なのだろうかとちょっと思った。
最もリアほど隠密系のユニークスキルを持ちレベルが高いものはあまりいないので、リアのように誰にも正体を知られることがなくそんな芸当を出来るものは二人といないだろう。
リアは実力はある割に、ネガティブな思考も持っているので、自分だけがそれを成せるとは思っていない。そういうことを出来る人が世の中には沢山いるのだと、その気持ちに怯えている――。
リアはぶるりと体を震わす。
(うん。やっぱり私と同じようなことを出来る人は沢山いる。だからこそ、油断は出来ない。この学園の生徒達も今はぬるくても、将来的には私を殺すだけの力を得るかもしれない。ならば……私は油断は出来ない)
そんな可能性なんて低いのに、それでもリアはそんなことを考える。
――リアは周りの生徒達がいつか自分に追いつくかもしれない、という可能性に怯える。そして今はレベルが自分より低いソラトぐらいのレベルの者たちもいつか自分を殺しに来るかもしれないと思っている。
その怯えが、その恐怖が――リア・アルナスを強くする。
(よし。とりあえずこうやって固まっている過去アリ主人公も気になるけど、それを気にしている暇はない。私はもっと強くならなきゃいけない。自分が死なないために。誰にも殺されないために。――目の前の過去アリ主人公君はそのうち死ぬかもしれない。でもそれはそれ。私が気にすることではない)
リアはそんなことを考えて、ちらりとカトラス・イルバネスに視線を向けると、そのままその場を後にする。
カトラスはリアに見られたことに気づく事はなかった。




