過去アリ主人公は絡まれている。
「カトラス・イルバネス!!」
ティアルク・ルミアネスには、暴走癖がある。
彼は真っすぐだ。そして嘘をつかない。それは良い事だ。
でも真っすぐすぎる事は、時に悪い結果をもたらす。
そう、彼は真っすぐすぎた。純粋すぎた。故に、カトラスについて何かしら情報を手に入れた彼は突撃した。
本人のためになるはずだと、信じて疑わず。
ティアルクの周りにいるのは、いつも周りにいるミレイたちである。
彼女達は好意も相まってティアルクのやる事なす事を肯定してしまうという非常に頭の痛くなる点があった。要するに恋に浮かれ、ティアルクの行う事全てが美化されているのか、正しいと思ってしまっているのである。
幸いティアルクの暴走癖は、今まで大して被害を出していない。寧ろ良い結果しか出ていない、というのだから、出来すぎた話である。
神様に愛されている、という噂はある意味間違いではない。何故なら、彼は神様に愛されていると思われるほどに事実幸運だった。まるで世界に愛されているように、まるで世界が彼のためにあるように、彼に都合よく物事が動く事が多い。
それは一重に《主人公体質》、《幸運者》などの称号をティアルクが所持している事も一つの理由だろう。
ティアルク・ルミアネスという人間は、そういう人だった。
不幸な目にあったとしても支えてくれる人が居る。
何かが起こったとしても居場所がなくなる事はない。
そういう人間。
それが故に考え方が甘い。
そして自分の行動は正しいと思い込んでいる節もある。
「何だよ」
不機嫌そうに声を上げる。
それもそうだろう。気持ちよく昼寝をしていたのに、邪魔されてしまったのだ。
カトラスはさっさと用件を言えとでもいう風に、ティアルクを見た。
「イルバネス、俺はお前がどうしてそうなのか聞いたんだ」
「は?」
いきなり本題を語りだすティアルク。正直カトラスからして見れば、突発過ぎて何を言い出しているのかよくわからないのも当たり前だった。
「お前は昔村を滅ぼされた。そこで《姿無き英雄》に助けられ、強くなる事を願った」
「…ルミアネス、人の過去をぺらぺらしゃべるな」
ちっ、と小さな舌打ちをしながらカトラスが言った。
何処の誰に聞いてきたかわからないが、ティアルクが自身の昔の事を知った事になんとも言えない面倒な思いを感じていた。
(こいつ、絶対面倒)
というのは、カトラスが数ヶ月間、ティアルクとクラスメイトをやっているからこそ思う事だ。
そもそもカトラスはティアルクの事が苦手だった。
何せ、ティアルクはこちからから頼んでもいないのに接触してきて、好き勝手に自分の意見を言っていくような男なのだ。それを喜んで受け入れるものも居るだろうが、カトラスはそんなもの求めていないため、正直迷惑でしかない。
「でもその過程で、また守れなかった。それで諦めた、そうだよな?」
そう言葉にするならば、カトラスの過去なんてたったそれだけの事とも言えた。
カトラス・イルバネスは過去に《黒豚人》に自身の住んでいた村を滅ぼされた。それを《姿無き英雄》によって助けられる。
生き残ったのは、自分だけ。
絶望の中での希望が、意識を朦朧としながら見た《姿無き英雄》の圧倒的な姿。
強烈に脳内に刻まれた強さ。あんな風になりたいと願った。強くなりたい。強くなれば守る事が出来ると、そう思った。
だけれども、守れなかった。強くなろうと必死にあがいていた自分の傍に居てくれた大切な少女――ルキノを。彼女もまた死んでしまった。守る事が出来なかった。
大切な人は死んでしまったのに、守れなかったのに、自分自身が生きている事。
強くなろうとしても、必死にあがいても結局憧れた《姿無き英雄》のようにはなれない事。
それにどうしようもない気持ちになった。そして強くなろうとあがいても無意味だと思ってしまった。
そして、諦めて落ちぶれた姿。
―――それが、今のカトラスの姿。
「……だから、何だよ」
ペラペラと他人の過去を簡単に口にするティアルクに苛立ちながらも、カトラスは言葉を発した。
「イルバネスは今からでもまた頑張るべきだと思うんだ」
「……ああ、そう?」
「そうだ。イルバネスはこのまま、諦めるなんてもったいない。一生懸命に頑張ればイルべネスならきっともっと強くなれる」
そういいながら真っすぐにカトラスを見つめる目は、真剣で、恐らく彼は本気でそれを言っている。
そして良い事を言ったとばかりにドヤ顔を浮かべている。
期待するようにカトラスを見つめる目に、言われた本人はと言えば、
「そうか。言いたい事はそれだけか?」
ただそれだけ冷めたように言い放ち、また大きな樹の傍に座りこみ始めた。どうやらティアルクの言った言葉は一切彼の心に届いていないらしい。
「なっ、イルバネス、何をしているんだ」
「は? 何をって昼寝に決まっているだろ」
「何で、俺の言葉を聞いていただろう!」
「お前、アホか。聞いていても何も関係ねぇよ」
まるで自分の言葉は全て聞き届けられるべき、とでもいう態度にカトラスは呆れていた。
正直、カトラスにとってティアルクの言葉なんてどうでもいいものだった。
もったいない。
もっと強くなれる。
がんばるべき。
それは聞きなれた激励だった。あまりにも、陳腐でありふれていた。だってそれらは強くなる事を諦めてからの数年間ずっと周りに言われ続けていた言葉だったから。
言われ続け、うんざりして、もう聞きたくないとさえ思ってた言葉。
それを今更、クラスメイトに言われたぐらいで今の自分が変化するなんてあり得ない事であった。
しかしだ、ティアルクはそれを納得していないらしい。
「何で、そんな事を言うんだよ」
顔をゆがませて、彼は悲痛そうに言う。
その表情を見て、彼の後ろに居たミレイ達が表情を硬くした。
ティアルクは好意から、紛う事なき善意からカトラスに対して言葉をかけた。だというのに、その好意を、善意をカトラスは受け入れない。
その事がティアルクの事を大好きでたまらない三人からすれば許せない事であり、信じられない事だった。
「ティアルクが折角貴方のために声をかけているというのにっ」
「…アーガンクル、俺のためだろうとウザイだけだ」
座り込んだまま、目を細めて、カトラスは言う。
望んでないもの、それを押し付けられるなんて迷惑以外の何でもない。人によって、押し付けられた好意や善意を喜ぶものと、迷惑がるものが居るのは当たり前である。でも、カトラスの目の前に居るティアルクを含む四人は好意や善意を受け取り、感謝してこそ当然といった態度である。
――それは一見すると良い行動であるが、見方を変えれば傍迷惑で、自分勝手な行動でしかない。
その事をティアルク達は自覚していないようであった。
「ウザイだなんてっ。ティアルクにそんな事言うな。可哀そうだろう」
「知るか。つか、そんな言葉だけで傷ついて泣きそうになるとかどれだけ女々しいんだよ」
エマリスの言葉も、カトラスはばっさりと切る。
視線は泣きだしそうなほどに悲しみ、ショックを受けているティアルクへと向けられている。
男の泣き顔など見ても正直何も感じない。感じる思いは只単にこれだけの事でショックを受けるほどに弱い精神と女々しい様に呆れ、引く程度である。
「女々しいだなんてっ。ティアルクさんは誰よりもかっこいい方よ」
「盲目すぎるだろ。恋は盲目って確かに言うけど」
恋は盲目、という言葉がミレイ達三人にはよく似合う。盲目が故に、ティアルクの事を心から信じ切っている様に、カトラスは面倒そうに息を吐いた。
三者の言葉、全てをばっさり切れば、ミレイ達はきつくカトラスの事を睨みつけた。
「イルバネス…」
そんな中で、ティアルクがカトラスの名を呼んだ。
「俺と勝負しろっ」
「は?」
いきなりの言葉に、カトラスは目を見開く。
「それで俺が勝ったら…、課外実習だけでも真面目にやるんだ」
いきなり突きつけられた言葉に益々カトラスは驚く。
「勝負は明日の放課後だ」
それだけ言い捨てるとティアルクは背を向けて、歩き出す。ミレイ達もそれに続く。
「は? ちょっと待て」
理解出来ないとでもいうように戸惑っているカトラスの意見なんて無視である。
一方的に決められた言葉に、拒否する事の出来ないかのような一方的な決定に、カトラスは唖然と立ちつくすのであった。
このあたりからは前にあげてた別バージョンを改稿したものにしばらくなります。




