エルフの女王様 2
「あら、カイト。何か御用かしら?」
ふふっとマナは楽しげにほほ笑んでいる。
《女王の右腕》―――カイトは椅子に座っているマナの方へと近づく。そして目の前で立ち止まり告げる。
「気のせいかもしれないんだが……、何か違和感を感じたんだ。今日。今も微かに感じる。マナはどうだ?」
そんなカイトの言葉にリアの肩がびくっと震える。勘付かれている事実に恐怖心を感じてならないらしい。
(バ、バレたかな。うぅ、流石にレベル差百もある人を欺くのは厳しかったか…っ。いや、でもまだ完璧にバレたわけじゃないんだから女王様がうまく対処してくれれば―――…)
そんな期待を込めて、リアはマナの方へと視線を向ける。
カイトはリアからすぐ手の届く距離にいる。この距離で些細な違和感程度ならば、マナがうまくいいくるめればリアが此処にいる事は悟られる事はないだろう。
リアが目立ちたくない事も知っててくれているはずだから――、という期待はすぐにマナの言葉によって裏切られた。
「ああ。それなら気にする必要はないわ。少しお客様が来ているだけだもの」
さらっとマナは言ったのである。
エルフの女王様は自身の幼馴染で信頼出来る側近にかくし事をする気は欠片もなかったようだ。
(ちょ、女王様、本気で勘弁してください……。女王様と会話するだけでも怖くてたまらない小心者の私の前に《女王の右腕》まで差し出す気ですか!? なんて怖い……。そんな恐ろしい目に今からあわなきゃいけないとか私死んじゃうよ! だって不法侵入してるんだよ。私。だって女王様はお茶目っていうかお義父さんと同類だからいいかもだけど、《女王の右腕》……ああ、面倒。もう右腕さんでいいよね。右腕さんとか超真面目な人で―――ブツブツ)
マナが気楽に笑っている隣に立っているリアはネガティブ思考を炸裂していた。
霊榠山のドラゴンには喜んで喧嘩を売るなんて真似を出来る度胸はある癖に、自らを小心などと称すリアであった。
「……マナにお客? そんな話は聞いていないが」
「ふふ。秘密で来たみたいね。というか、もうこの場に居るわよ。お客様は。凄いわよね。カイト達の目を掻い潜って此処までたどり着いたのよ」
「……此処にいる?」
不思議そうな声がカイトから放たれる。
(どうしようどうしよう。土下座すれば許してくれるかな。超怖いんだけど。私死んじゃうかなぁ。お義父さんの馬鹿! 私じゃなくて他の人に頼めばよかったのに。そうすればこんな面倒な事態になる事なんて――ブツブツ)
二人の会話をよそにリアはどうしようもないほどに錯乱していた。
逃げたいが逃げても面倒な事になるため、リアは困っていた。
しかしそんなリアをよそにマナは良い笑顔を浮かべてリアの肩にぽんっと手をおく。
「ほら、カイト。この子がそのお客様。リカード―――ギルドマスターの秘蔵っ子、《姿無き英雄》ことリアよ」
「って女王様何をしているんですか! 出来れば私はこのまま気づかないでいてほしかったんですけど。てゆーか私の名前をバラさないでぇえええ」
肩に手を置かれた事により、姿が露わになった。そのためリアは腹を括って普通にリアはマナに向かって話しかけていた。
怖がっている癖になんだかんだでリアは度胸はあった。臆病者であろうとも肝心な時に度胸があり、やる時はやるからこそリアはギルド最高ランクにまでなり得たとも言える。
「……何処にいた。お前」
「さっきからずっと此処にいました! 右腕さん、無断で侵入してすみませんでした。悪気と悪意はないので、許してください!」
鋭い目をカイトに向けられて、リアが即座にした事は土下座であった。
レベルが百二十しかないリアにとってレベルが二百越えのエルフの女王の側近と三百越えのエルフの女王に挟まれているのはどうしようもなほどの恐怖だったらしい。
とりあえずどんな形でも良いから許してもらおうとリアは必死だったようである。
高級そうな絨毯に頭をつけて謝るリア。
それに驚いたのはマナとカイトである。
マナはただ軽い気持ちで言っただけである。カイトに至っては現れたかと思えばいきなり土下座されたのだ。
二人して驚愕していた。
エルフの国のトップ二が二人してこんな顔をしているのは珍しい事である。寧ろここ百年はないと言えるぐらいの事だ。
しかしリアはそんな事気にする余裕はない。
「ただギルドマスターからの手紙を女王様に届けに来ただけなので……、許してください!」
「え、あーと……怒ってないから土下座をやめてくれないか?」
「そうよ。リア。土下座なんていらないわよ。私が怒ってないんだから……」
リアの本気ぶりに若干困惑しながらカイトとマナが言う。
誰でもいきなり土下座されれば驚くものである。
(よ、良かった。とりあえず許してもらえたかな? うぅ、怖い超怖い。超逃げたい。何で私エルフの国のトップ二と一緒にいるの。帰りたい……。帰って魔物狩りがルーンと遊びたい。こっちを二人してみないでほしい)
内心怖いから逃げたいと思いながらも、リアは土下座をやめて立ち上がる。
そして真っすぐにカイトを見る。
「えーと、先ほど紹介されたように一応《姿無き英雄》と呼ばれてる者です。手紙を届けに来ただけなので、渡したらすぐ帰り――」
「あらダメよ。リア。すぐ逃げようとするんだから……。折角来たんだからもっと話しましょう」
立っているリアに後ろから抱きつく形でマナが引きとめた。それにリアはため息を隠しもせず吐く。
「……右腕さん。女王様への急ぎの用事とかないんですか?」
そしてカイトの方へと視線を向けてそんな事を問いかける。
「諦めるんだな。マナがこうなったら止まらない。それより此処に侵入なんてどうやってした」
「……おおぉう。これは私不法侵入を咎められて罪人扱いされるフラグですか! さっき許したと見せかけて実は怒ってらっしゃいますか!」
カイトの言葉にまた焦ったらしい。マナに後ろから抱き締められながらリアはそんな事を思わずといったように口走った。
「いやいや、そんな事言ってないから。というか……、《姿無き英雄》は俺の事なんだと思っているんだ。マナが許しているのに怒るわけないだろう」
「それなら良かったです。私よりレベルが百も上の人に敵意向けられるとか怖すぎて死ねます」
「リアって本当《臆病者》の称号通り臆病なのね。面白いわ」
本音を口走ったリアにマナは面白そうに笑って、ぎゅーっと強くリアの体を抱きしめる。
「あの、女王様はいい加減離してください」
「い・や」
「はぁ……。それで、右腕さん。どうやって侵入したかですね。それは普通に此処に用事ある人の後ろからついていって入りました」
膝に乗せられた時と同様、離してくれないと思ったようでリアはマナの相手をするのをやめたようだ。マナは満足そうにリアを抱きしめたままである。
「……それが出来たのはさっきの俺が気づかなかったスキルを使ったのか?」
「はい。私のユニークスキルはそれを可能にするだけの効果があったので。普通に入って、そのまま女王様の部屋に気づかれずに来ました。あとその途中で右腕さんとすれ違ったので、さっき言ってた違和感は私の事です!」
一々質問に答えるのもめんどくさいと思ったのか、リアは一気に言いきった。
「ユニークスキルを使っていたとしても、此処に侵入されたのに気付かなかったとは……」
「気に病む事はないわよ、カイト。リアのユニークスキルは結構気づきにくいから」
リアを抱きしめる事をやめて、落ち込んだカイトを慰めるようにマナが肩をぽんと叩く。
(美男美女って何か何してても絵になるなぁ)
そしてそれを見ながらリアは呑気にそんな事を思っていた。
「ところで、女王様」
リアは二人を見ながらふと声をあげる。そしてこちらを見たマナとカイトに言葉を続ける。
「帰るのは諦めるのは……嫌だけど仕方がないとして…。ギルドマスターからの手紙は先に渡していいですよね?」
《アイテムボックス》を起動し、その中へと手を突っ込みリアは言う。
そしてそれを見つけるとすぐにマナへと差し出す。マナはそれを受け取り、読み始めた。
(何で私は右腕さんにガン見されているのだろうか……。怖いからこっち見ないでほしい)
マナが手紙を読んでいる傍らに立っているカイトは何故かリアをガン見していた。その事実はリアにとって恐怖である。
実際平然を装っているものの、内心では臆病者にふさわしい思考を持ち合わせていた。
「《姿無き英雄》」
「は、はい」
「君の種族は?」
「え、人間ですよ。見てわかりませんか?」
突然声をかけられ、質問を投げかけられる。それにリアは戸惑いながらも答える。
「ハーフとかではなく?」
「はい。私はハーフでも何でもありません。親はわかりませんが、これまでの成長だけ言えばハーフではないですね。れっきとした人間です」
何でそんな事を聞くのだろうと思いながらもリアは答える。
別種族同士のハーフならば成長が両親の種族の半分ほどになる事がある。カイトはリアが人間と同じ見た目のハーフで、見た目通りの年齢ではないのではと思ったらしい。
「……では、今の年は?」
「十五歳です」
カイトの問いかけにびくびくしながらリアは答える。
「それにしては小さいが……」
「私が限界を突破したのは十三歳なので、その時から成長が止まってます」
「……そうか」
リアの返答にカイトはただそれだけ言ってまじまじとリアを見た。
(ちょ、そんな見ないでください。超怖い。え、てか何で私右腕さんに興味津々って感じで質問攻めされてたんだろうか……。うー、本気で怖い)
リアの焦りとは正反対にカイトはただ目の前の存在に感心していた。
(十五歳で、人間でありながら限界を突破しているだなんて……。これがあのリカードが隠していた存在か……。土下座したり、俺の事怖がってたりしてあんまり強くは見えないけど、この子が此処まで誰にも悟られずに侵入出来たのは事実)
カイトはマナ同様、四百年以上生きている。エルフの寿命を大きく百年も超えているというのにまだまだ健全である。
そんなカイトの目からしても目の前の少女――リアは驚くべき存在だった。
人間は世界でも数が多い種族である。だからこそギルド最高ランクも彼らが多くを占めている。それでも全体数に比べて限界を突破出来る者は数えられるだけしかいない。
カイトの知る最年少の限界突破者も三十代か四十代で超える者だけだった。
最短でも種族としての限界を超えるにはそれだけの時間が必要だ。それが常識だった。しかしだ。目の前の存在は違うのだ。
たった十三年で、種族としての限界をとっくに超えたと言ったのだ。
目の前にいるリアは何もしなければ何処にでもいるような普通の少女に見える。
それでも誰にも気づかれずに此処にやってきた事実とたった十三年という短い期間で限界を突破したという事実が、彼女が普通ではないとわからせる。
「……レベル上げはまだ出来ているのか?」
「えーと、何ですかその質問。普通に出来てますよ。上がりにくいですけどちまちま上がってます」
「……どうやってそんな風にレベルを上げた?」
「えー、それさっき女王様にも聞かれたんですけど。どうやったって、幼い頃から戦いまくって、スキルを使いまくってればこんくらい誰でも上がります」
リアには全く特別な事をしたという感覚はない。
ただリアがやった事は世界におびえて幼い頃から戦い、スキルを使うという行為を続けただけなのだ。本人の感覚的には。
当たり前にそれは誰でも出来る事ではない。が、本人は誰でも同じようにすれば同じように強くなると思いこんでいる。
というか、あまりにも交友関係が狭いため、比べる対象もおらず、リアには少し常識に欠けている部分があるのだ。
そんな風に会話を交わしている間に、マナは手紙を読み終えたらしくそれを机の上へと置く。
「マナ、リカードはなんて?」
それに気づいてカイトがマナに問いかける。
「当たり障りもない事が書かれてたわね。あ、返信はないわよ。しいていうなら『わかったわ』ってだけ私が言っていたってリカードに伝えてくれるかしら。」
「返信の件は了承しました。でも、じゃあ何でお義……じゃなかったギルドマスターはわざわざ私に届けさせるなんてしたんだろう…」
マナの言葉に思わずといったように声を上げるリア。
カイトには義理の親子だとバレてないのに『お義父さん』と呼ぼうとしたのを慌てて言い直す。
(そんなどうでもいいような事を手紙に書いて届けさせるなんて…。私じゃなくても全然オッケーじゃん! 寧ろお義父さんの事だから私が嫌がるのわかっていて面白がってこんな事したんじゃ……。そう考えたら腹立ってきた。闇討ちしてやろうかなぁ。すぐにバレるだろうけど)
リアはそんな恐ろしい事を考えていた。
嫌がるのをわかっていて面白いからとそれを実行させる。それはギルドマスターがよくやる事である。
「女王様! 私急用思い出したので帰っていいでしょうか」
「ダメよ。そんな嘘吐いちゃ」
「嘘じゃないです。たった今出来ました。ちょっとムカついたのでギルドマスターへの闇討ち計画を練ります」
「それは面白そうね。でもしばらくはリアは私達とお話するのよ」
軽くリアの言った言葉を流して、マナは微笑み、逃がさないとばかりに視線を向ける。
「………私には女王様を楽しませる話術も話題もないんですけど」
帰るのは諦めたと前にいっておきながら、隙あらばリアは帰ろうとしているようであった。
「リアは充分面白いわよ」
バッサリと笑顔で帰りたいという気持ちは断ち切られる。
「…私は面白くもなんともないです」
そんな風にいっても、結局帰してもらえなかった。




