エルフの女王様 1
用事のある人のみが入れる、というならばその人にくっついて入ってしまえばいいというのがリアがやった事だ。
幸い門番の兵達はリアよりもレベルが低かった。だから彼らに咎められる事なくリアはユニークスキルを使い簡単に侵入を果たした。尤もリアよりレベルが高いものだろうとユニークスキルを行使したリアに気づけるものはほとんどいないわけだが。
(てかエルフの女王様何処にいるかなぁ。聞き耳立てていこうかなぁ)
のんびりと城の中を歩きながらもリアは呑気であった。
エルフの女王の場所も正確にわかっていないのに侵入を果たしている時点で色々とアレである。
こそこそとリアはその城内を移動していた。
赤い絨毯の引かれた通路を音を立てる事なくただ進んでいく。
(……あ、あれって《女王の右腕》の人だ)
リアは歩き進める中で向かい側からやってくる存在を見て一瞬身を固まらせた。
そして素早く廊下に飾られていた鎧の置物の後ろに隠れる。身を潜め、息を殺す。ユニークスキルを使っていようと油断出来ない相手がそこに存在していたのだ。
《女王の右腕》とリアに認識されている存在は見た目だけなら人間でいう二十代後半ぐらいの若々しさを持ち合わせていた。
髪色は赤色である。目は綺麗に輝く金色だ。
ただしこの人は、建国時より生きているエルフ―――要するに有に二百歳を軽く越えてる人だ。そしてエルフの女王様とは幼馴染だというのだからおそらく四百歳は超えている事だろう。
エルフの平均寿命は三百年以下なため、この人もとうの昔に種族としての限界を超えた猛者である。
彼のレベルは分析をした結果、二百二十だと分かった。
リアは鎧の後ろに隠れながらぞっとしていた。
(バ、バレたらどうしよう。何か怖いな、すごい怖いな。てか二百二十とか私より百近く上とか何それ怖い)
エルフの女王様の三百超えよりは低いとはいってもレベルが二百二十もある存在というのはリアにとって恐怖の対象である。
音を立てないように気をつけながら、リアは冷や汗だらだらである。
彼よりレベルの低いギルドマスターや最高ランク二人にバレた前例があるため、余計バレるのではないかと思っているらしい。そんなにバレて不法侵入と咎められるのが嫌ならば正式な手続きを踏んで王城に入ればいいのにと誰もが思うだろうが、リアはそれが嫌で仕方がないのだ。
「ん?」
リアのすぐ横を通ろうとして一瞬、《女王の右腕》は足をとめた。
それにリアは益々体を固くする。
(ちょ、こっち見てるよ。怖い怖い)
鎧の置物の後ろで怖がっているリアは情けない。その姿を《姿無き英雄》に憧れる人々が見たら幻滅してしまうかもしれないほどに情けなかった。
《女王の右腕》の金色の瞳がリアの方を見ている。
(……バ、バレたかな? お義父さんとかもわかったぐらいだし流石に《女王の右腕》はごまかせなかったかな。うーん、まぁ、バレたら正直に言おう……。バレてるなら逃げられないし)
諦めたように鎧の後ろでそんな思考にリアは陥っていたが、
「……気のせいか」
結局《女王の右腕》は顔をしかめたまま、それだけいって踵を返してその場から去っていった。
その去っていく後ろ姿をリアは鎧の置物の後ろから見ている。
安心したように息を吐いて、肩の力を抜く。
(よ、よかった。バレなかった! あー、もうエルフの国って女王様の側近達も怖いから本当怖い。さっさと用事済ませて帰ろう……)
安心したように思考を巡らせ、リアは速く終わらせようと益々思うのだった。
自分よりレベルの高い者が現れる度にさっと隠れて、気づかれない事に安心しながらもリアは進んでいった。
通路をこそこそと歩き、階段をこそこそと上っていく。
結局エルフの女王の居るという一番上の階にたどり着くまでの間、リアは誰にもその存在をバレる事はなかった。
(ふぅ、此処までこれた。あとはエルフの女王様に手紙を渡せば完了!)
しかしまだ終わったわけではない。だからリアは気を抜かずにあたりに人が居ないか注意しながら歩いていく。
そして、エルフの女王様の自室の前にたどり着く。
その扉は流石国で一番の権力者が住まうだけあって豪華なものだった。黄金に輝いているその扉の取っ手にリアは手をかける。
音も立てずに扉を開いた。
中に居るエルフの女王からすれば勝手に扉が開いたように見えるだろう。
「あら、お客様? 敵意はないみたいね、私に何の用?」
リアはそんな風に笑いかけられて驚いた。
(うわー、一発で気づくとか流石すぎる。怖い怖い)
リアは怖い怖いと思いながらもエルフの女王を見る。
エルフの女王は齢四百歳を超えているとは思えないほど美しさを誇っていた。
動きやすいようにか髪は長くはない。肩まで伸びるのは美しい金色の髪だ。瞳の色は透き通るような蒼色。
宝石が幾つもついた『女王』としての威厳を醸し出しているドレスは彼女によく似合っている。
彼女の名は、マナ。
国のマナフィルムの名の由来は、女王の名からきている。
マナは鏡の前に腰かけていた。丁度身なりをと問えている最中だったらしい。すぐにリアに気づいた彼女は姿は見えていないはずなのにリアの居る方へと真っすぐに視線を向けていた。
「なんとなく居る事はわかるけど、わかりにくいわね。それは貴方のユニークスキル?」
答えないリアにマナは続ける。
その問いかけにようやくリアは慌てて扉を閉める。そしてユニークスキルを解除し、姿を現した。
「は、初めまして。エルフの女王様。私は《姿無き英雄》と呼ばれる者です。今日はギルドマスターからの手紙を持ってきました」
バレているのだから、隠れていても仕方がないとリアはお辞儀をして要件を言った。
(うわー、どもるとか私情けない。かっこ悪い。でもエルフの女王様超怖いんだもん)
自分が緊張していて、目の前の存在の事を恐れているのをリアは肌で感じていた。
心から恐ろしかったのだ。
簡単に自分が此処に居る事を見破る人族最強と名高い、エルフの女王様の事が。
マナは《姿無き英雄》という言葉にその青色の目を瞬かせた。そして面白そうに笑った。
その笑みに義父であるギルドマスターと似た物を感じて、リアは嫌な予感を感じてならなかった。
「貴方があの《姿無き英雄》なのね? でも此処に来るというは報告にないわ。忍び込んだのかしら?」
「え、っと……」
何故だか玩具を見るような目でリアの方を見ているマナにリアは後ずさる。
(この人、お義父さんと同類な気配しかしないよー!)
後ずさりながらもリアはそんな思いに駆られる。
「それに声からして女の子よね? ふふ、リカードってば全然《姿無き英雄》の情報教えてくれないんだから……」
ふふと笑ったマナは後ずさったリアへと近づく。
そして、
「捕まえた」
リアを思いっきり抱きしめて捕まえた。
「ひゃっ」
いきなり捕まえられた事に驚いたのかリアからそんな声が漏れる。
「は、離してください!」
「嫌よ。だってリカードから聞く限り貴方すぐに逃げるでしょ?」
離してというリアの願いは有無も言わさぬマナの言葉によって却下された。
そしてそのままリアは小さな体をマナに抱きかかえられたまま移動させられる。
「……恥ずかしいんで、せめて膝にのせるのはやめてください」
結果としてリアは恥ずかしい事にマナの膝上に乗せられていた。
(もう十五歳になるのに膝上に乗せられるとか恥ずかしすぎる。でもエルフの女王様怖いし、異を唱えるのは怖いからなぁ……)
リアは自分の事を抱えている存在に心の底から恐怖していた。
「恥ずかしがってるのかしら? 可愛いわねぇ。それにしても《姿無き英雄》がこんなに小さくて可愛い女の子だって教えてくれないなんてリカードの奴酷いわ」
楽しそうに告げる声には怒りが含まれている。自分に向けられているわけではないとわかっているのに、リアは何処か背筋に冷たいものが流れる感覚に陥っていた。
「……そ、それよりギルドマスターの名前ってリカードなんですか?」
よっぽど恐ろしかったらしい。またもや情けないまでにどもっていた。
でも本人は話を変えようと必死である。自分よりも圧倒的に強い存在の怒気など恐ろしい他なにもないのだ。それに『小さくて可愛い』などという形容はあまり慣れていない。
小さいなどと言われても嬉しくもない。可愛いといわれても恥ずかしいだけだ。
「あら、《姿無き英雄》もあいつの名前知らなかったの?」
くすくすとマナは楽しそうに笑みを零していた。
「まぁ……、ギルドマスターは面白がって隠してましたから」
「そうね。あいつは昔から名前を隠して遊んでるものね。あいつの名前はリカード・アルナスって言うのよ」
ギルドマスターはどうしようもないほどの愉快犯である。
楽しい事が好きで、面白い事を求めている。
だからこそ昔から名前を隠すという遊びをやっているのだ。養子であるが娘であるリアにさえ本名を言っていなかったというのだからものすごい徹底ぶりである。
実娘であるルカもそれにならって姓を隠していたため、アルナス姓がギルドマスターの家名だと知っている者は少ない。だからこそリアがアルナス姓を名乗っていても誰も注目などしないのだ。
それはギルドマスターが家により継がれるものであれば不可能な事だっただろう。でもギルドマスターは前ギルドマスターの指名制である。
何れ今のギルドマスター――――リアの義父も後継者を指名する事になるだろう。最もまだギルドマスターは現役なので、それは大分後の事になるだろうが。
そんなわけで大抵の人はギルドマスターを『ギルドマスター』か『マスター』と呼ぶ。
笑いながら告げたマナは目の前にある机からお菓子の入ったお皿を手に取る。そしてリアに向かって「食べる? おいしいわよ」と言う。リアは甘いものが好きなので、それを受け取り頬ぶる。
おいしそうにお菓子を食べているリアを見て益々マナは笑みを濃くする。
「あら、そんなに油断してていいのかしら?」
「……な、何かする気ですか?」
楽しそうな声に思わずといったようにリアがびくついた。
「そんなにおびえなくていいのよ? 別に危害を加える気はないわ。ただ貴方の情報を探るだけよ。ふむふむ、《姿無き英雄》はリア・アルナスって名前なのね。って、アルナスってリカードと同じ性じゃない。まさか、隠し子? いや、でも……」
どうやらリアと同じく《分析》のスキルを持っていたらしいマナは、リアの情報を口に出していく。
自分のステータスがマナによって探られている事実にリアは逃げたい思いで一杯だった。が、正直この人族最強のエルフの女王から逃げられる自信はリアにはなかった。
だから大人しくマナの膝上に座ったままである。
「隠し子ではありません。私はギルドマスターの養子なんです」
隠し子などといってブツブツいいはじめたマナに何処か恐怖心を感じてリアは淡々と事実を答えた。
「養子なの? それでもリカードの名前知らなかったのね」
「お義父さんは面白い事好きですから」
「本当にもう、どうしようもないほど愉快犯だものね」
マナとギルドマスターは旧知の仲なのだろう。
そういってギルドマスターについて語るマナの目には親しみがこめられている。
「お義父さんと仲良いんですね」
「ふふ、昔からの知り合いだもの。はじめて会ったのはそうね、リカードが十六歳の頃……丁度貴方と同じぐらいの年の頃よ。あの頃のリカードはまだ可愛げがあったわ。レベルもそこまで高くなくて……五十七ぐらいだったわ」
「へぇ……、お義父さんって昔からレベルが高かったとかじゃないんですね」
聞いた事もない自分の義父の昔話にリアは興味深そうに膝の上から、顔を上に向けてマナの方を促すように見る。
(お義父さんって今確か八十歳ぐらいだよね。ルカ姉はお義父さんの六十歳ぐらいの時の子で、って事はもう人生の半分以上お義父さんはこの人と関わってきたのかな)
ギルドマスターは基本的に自分の事を語らない。実娘のルカもギルドマスターの昔話を聞いた事はあまりないのだ。
ギルドマスターになってからの事は周りから聞く事はある。
でも今リアの目の前でマナが語っているのは、ギルドマスターになる前の話だ。
「ええ。そうね。あいつがレベルを一気に上げたのは二十代に入ってからよ。それと違ってリアは凄いわね。十五歳でそのレベルだなんてそうはいないわよ」
ふふっと笑って、マナはリアを見る。
親しみのこもった目で、敵意のない目でマナはリアを見ている。そんな事リアにだってわかっている。
でも幾ら親しみを持っていようと敵意がその目になかろうと、リアは目の前の存在への恐怖をなくせない。
(……怖いなぁ。レベル三百超えてるなんて。私なんか本当幾らギルド最高ランクになってもちっぽけなんだって思い知らされた感じだ…。やっぱりこの世界には強い人がいっぱいいる。私なんて強い中の一人でしかない。もっと強くならなきゃ)
恐ろしいと心で感じ、だからこそ強くならなきゃとリアはマナの強さを感じて思う。
強者に出会う度に、自分はまだまだだとリアは思い知らされる。誰よりも強くなりたいと思うのは、『死にたくない』という確かな思いがあるからだ。
(帰って魔物狩りを一杯したり、ルーンと遊んだりしよう。そうしたら少しでもレベルが上がるはず。あー、速く帰りたい)
強くなりたいという欲求がリアの心を支配していた。
今のリアは戦いたくて戦いたくてうずうずしている戦闘狂と同じである。
「……女王様、私はお義父さんからの手紙を渡したらすぐ帰りたいんですが」
「ふふ、そんなのダメよ。折角来たんだからゆっくりしていって。リカードからの手紙は後でいいわよ」
リアの申し出は笑顔で却下された。
自分の城への侵入者を膝の上に乗せる女王様。
この明らかに色々おかしい光景を見るものが居れば何か言っただろう。しかしこの場にはリアとマナの二人しかいない。
リアはマナの言葉に諦めたように息を吐く。
「リアはどうして隠すのかしら? リカードみたいな愉快犯には見えないけど」
「……目立ちたくないんです」
正直にリアは答える。嘘をついたらどうなるかわかったものではないからだ。
「だから侵入したの?」
「……はい。悪気はないので許してください」
追求するようにその青い瞳に見つめられ、リアは申し訳なさそうに口にする。
理由はどうあれ侵入したという事実は変わらない。マナに怒った様子は今の所見られないが、静かに怒っている可能性もある。
リアの言葉にマナは悪戯に笑った。
「そうね。じゃあ、顔見せてくれたら許してあげるわ」
「……はい」
リアはそれに素直に右手を仮面に伸ばす。そしてそのまま仮面を外した。
露わになるのはまだ幼いリアの顔だ。
「幼い顔ね。いつリアは限界レベルを超えたの?」
「……十三歳です」
「そう。だからこんなに小さくて幼い顔しているのね」
ふふっと後ろから楽しそうな声が聞こえてきても、リアは緊張した思いをなくす事は出来なかった。
レベル差がこんなにある相手からのお願いは拒否権がない、絶対のものである。
リアはマナが帰っていいというまで此処から去るわけにはいかない。
諦めたようにリアはマナの膝上で差し出されたお菓子を食べていた。マナからの質問には答えているが、めんどくさいのかあまり喋っていない。
現に常にこんな感じである。
「リアはどうやってそんなにレベルを上げたの?」
「………戦ってたらこうなります」
「リカードとは普段仲良いのかしら?」
「……普通だと思います」
「リアはいつリカードの養子になったのかしら? こんな可愛い子、私が養子にしたかったわ」
「……八歳の時です」
「お菓子気に入ってもらえたみたいね。それは隣国のハルバーから取り寄せたものなの。私も好きなのよ」
「……はい。おいしいです」
「そんなかたくならないでいいのよ? 緊張しているの?」
「……女王様は人族最強です。緊張しない方がおかしいです」
そんな会話を交わしながらもリアは相変わらずマナの膝の上からおろしてもらえていない。
マナは膝上のリアを面白そうに見ている。玩具でも見るような目で見られて、リアのテンションは降下していた。
というよりさっさと手紙を渡して帰る予定だったのに何故か抱き込まれて会話を交わしている現状が気に入らないらしかった。
「……そうですか。あ、一端離してください」
会話の最中に突如としてリアがそんな言葉を言い放ち、マナの膝上からどける。
何故そんな事を言いだしたのかマナだってわかっている。だから簡単に腕の力を抜いた。
リアはマナから離れたかと思えば、ユニークスキルを発動させる。
そのまま存在を消えうせさせる。
(凄いわね。違和感しか感じないぐらいまで消えられるなんて)
その姿を見ながらマナは楽しそうに思考を巡らせていた。
(バレるなよ。バレるなよ…。あー、逃げたい。でも逃げたらエルフの女王様、怖い…)
リアはユニークスキルを行使したまま、逃げたい思いに一杯だった。
焦ったのか仮面も外したままである。
そんな正反対の二人の居る部屋に近づいてくる足音が聞こえてくる。そしてその足音の主はノックをして、「いいわよ、入って」というマナの言葉と共に部屋の扉を開けた。
「マナ」
入ってきた存在はエルフの女王・マナを呼び捨てにできる数少ない存在――《女王の右腕》だった。




