気まぐれ強化合宿 1
「んー」
ネアラ・アルナスは、目を覚まして、眠たそうに目をこする。目を覚ますために顔を洗って、体を伸ばす。
リアは夏休みに入ってからもほとんど姿を現さない。本当に一緒に暮らしているはずだというのに、ネアラはリアのことをあまり知らない。
そもそもリアは基本的に表に出てこないので、リアの本来の暮らしを知っているものはあまりいない。リア・アルナスを一番知っている存在は誰だろうかと考えると、一番知っているのはギルドマスターかソラトぐらいだろうとネアラは思った。
(私はまだまだリア姉のことを知らない。リア姉は私が知りたくても、私に全てを教えてくれるわけじゃない。義理の妹でもリア姉との距離は遠い。……私が強くなれば、きっとリア姉は私に色々話してくれるだろう)
ネアラはそんなことを考えている。
ネアラにとっては、リアという存在は憧れであり、おいつきたい存在だ。こうして自分がリア・アルナスという存在の義理の妹になれた事が不思議な気持ちで、それでいて何と幸運だろうと思っている。
何故なら、リアに会えなければそもそもネアラは此処にいることがありえなかった。生きていることさえもなかったかもしれない。だからこそ、大きな感謝をネアラは抱いている。
ネアラはリアの活躍を表面的なことしか知らない。――同じ家に住んでいたとしても、ネアラはリアの活躍を正しくは知らない。ただ周りが知っているようなものしか知らない。そのことを考えると、ネアラは少し悔しい気持ちになる。
自分は《姿無き英雄》と一緒に暮らしている。そして義理の妹でもある。それなのに、自分は周りと同じだけしかリア・アルナスを知らない。何だかそれが悔しかったのだ。
(……ご飯を食べたら、ギルドに行こう。ギルドに行って、依頼を受けよう。リア姉は、きっと夏休みの間に色んなことをやらかす。私はリア姉が何をやっているかは知らないけれど、リア姉が大人しく過ごしていることなんてありえないとそう知っている。だからこそ、私はリア姉に追いつくためにもこのまま立ち止まるわけにはいかないのだから)
――今日ぐらいいいかと立ち止まるわけにはいかないと、ネアラは考えている。それはリアとソラトを見ているからこその思考である。何故なら自分の憧れる二人は決して立ち止まることなどしない。ただ強くなることだけを求めて、もっとレベルをあげることだけを望んで――そのためだけに全力を尽くしている。
「ごちそう様でした」
そう口にして、ネアラは立ち上がる。
――その時、急に肩に手を置かれた。
ネアラは「ひっ」と驚きの声をあげる。誰もいないと思っていた場所で、急に触れられればそれはもう驚くのは当然である。ネアラは此処に誰もいないと思っていた。誰の気配も感じていなかった。欠片も気づいていなかったのだ。
なのにそこには人がいる。
――ネアラは、そこにいる存在が誰かがすぐにわかった。
「……リア姉」
「ネアラ」
そこにいたのは、当然、この場所の家主であるリアである。寧ろリア以外がこの場に侵入することなどありえない。いつでもリア・アルナスは突然現れ、突然話しかける。
いちいち驚いていればどうしようもないことはネアラは知っているが、それでも――ネアラはリアという存在が急に現れると驚いてしまうのだ。
(私はまだまだだ。もっと私はリア姉が現れても、驚かないぐらい……ううん、リア姉が此処にいることに気づけるぐらいの自分になりたい)
ネアラはずっとそんなことを思いながらリアを見る。
リアはネアラを驚かせたことを謝ることなどしない。リアはただマイペースにそこにいる。
「暇つぶしに、鍛える」
「本当?」
リアの言葉に、ネアラは嬉しそうな声をあげる。
ネアラは、リアに鍛えてもらいたいといつも思っている。だけどリアは中々ネアラのことを見てくれることはないのだ。なのでこういう申し出は嬉しかった。
(リア姉に鍛えられるのは大変だけど、それでもリア姉が私の事を鍛えてくれるのは嬉しい。リア姉が私の事を鍛えてくれるのなら、私はもっともっと強くなれる。リア姉から強さを学ばないと――)
ネアラはそんな気持ちになって、嬉しくて仕方がなくて、笑みを溢した。
そんなネアラの嬉しそうな表情を見てもリアは表情を変えることはない。ただリアは事実を淡々と告げるだけだ。そもそもリアがネアラを鍛えることにしたのは、本当にただの気まぐれである。
そこにネアラに対する思い入れなどがあるわけではない。
「じゃ、行く?」
「今すぐ? うん」
今すぐと言われてもネアラは全くためらわずに頷く。この機会を逃したら、リアの気まぐれは次に発動するのはいつになるのか分からない。
「リア姉、ソラ兄とかいる?」
「ん。くるって。あと、私の友人も」
「友人? ソラ兄が言っていた人?」
「ん、そう」
そんなわけでネアラは《爆炎の騎士》ラウルとも会うことが決定した。




