エルフの女王はかく思う。
エルフの女王であるマナ。
彼女は、学生たちが長期休みに入っていようとも、女王業で忙しい。――広大なエルフの大国をおさめる女王は多忙なのである。また、エルフの女王は強者として有名である。強者であるエルフの女王を倒して経験値を得ようとする存在はいる。そしてエルフの女王を打倒して、このエルフの国を好きにしようとしているものもいるのである。
さて、エルフの女王であるマナは美しい金色の髪をなびかせて、手紙を読んでいる。
それは《姿無き英雄》リア・アルナスからの手紙である。リアの書く手紙というのは、決して長い文章ではない。短い文章で端的に書かれている。
それがリアらしいとマナは思う。
「――マナ」
「カイト、何の用かしら」
「最近、国内でマナを打倒しようとする勢力がいることは知っているか」
「ええ。もちろん。把握しているわ。そういう存在は昔からいるもの」
マナは世界でも有数の高レベル者である。レベル300オーバーというのは伊達ではない。その高いレベルと、長い寿命でマナはこのエルフの国を統治している。その長い統治期間の間に、全ての者がマナに服従しているかどうかといえば否である。
どれだけレベルが高かろうと、どれだけカリスマ性があろうとも――必ずその存在を気に入らないものはいる。特に最近はエルフの国は比較的平和であった。マナは狙われていることも多々あるものの、国内が荒れることはこの百年近くない。——けれど、百年なかったからといって、これからもそれがないとは限らない。
マナが一強で、この国をおさめている状態に不満を持つものはいるのだ。そういう現状をマナは認識している。
ただ認識しているとはいえ、簡単に国の問題をどうにか出来るわけでもない。幾ら強者であったとしても、女王という立場であるので好き勝手に出来るわけではない。
「そいつらの事はどうする気だ?」
「タイミングをはかって一掃するわよ。周りが文句を言ってこない形で終わらせるのが一番ね」
そう言ってマナは美しく笑う。
こうして女王としての暮らしに、マナは生き甲斐を感じている。——このエルフの国のことをマナは愛していて、この国のためならばなんだってやろうというそういう決意にいつだって満ちている。
だけれども時々、マナは自由を恋しく思う。
女王という立場は、自由なようで、決して自由ではないのだから。一番自由なのは、とマナは手紙に視線を落とす。
(リアみたいに何にも縛られずに生きている方が、断然自由なのよね。リアはきっと何か煩わしいことがあるのならば、すぐに逃げるでしょうね。何処でも生きていけて、何のわずらわしさもきっとない。そういうリアがちょっとうらやましくも思えるわ)
リア・アルナスという少女は、何処までも自由である。
《姿無き英雄》と呼ばれる強者だからであるー―というだけではない。リア・アルナスという存在は、柵を感じさせない。
ただただ自分がいきたいようにいきている。
「どうした、マナ」
「リアの事を考えていたのよ。あの子はとっても自由だから。――ふふ、煩わしい連中をどうにかするの、リアに関わらせてもいいかもしれないわね」
「嫌がるんじゃないか?」
「まぁ、嫌がるかもしれないけれど、《姿無き英雄》は自由な分、敵も多そうじゃない? だからこそ、リアがもっと生きやすいように私と仲が良いというのを見せたらいいのではないかと思うのよ。あの子は、人との付き合いが希薄だから」
マナは丁度良いと思った。
リア・アルナスという存在は、自由で、目立つ分、敵も多い。リアは好きに生きていて、そんなリアの事を気に食わない者もいないわけではないだろう。今は正体を知られていないが、《姿無き英雄》があんな小さな少女だと知れば、《姿無き英雄》を逆恨みをしてくる可能性もある。期待をした分だけ、それと外れた場合、そういう思考に陥るものはいる。
リアは嫌がるかもしれないが、エルフの女王であるマナと親しいというのを見せていたほうがこれからリアも生きやすいだろう。それにエルフの国側でも利がある。《姿無き英雄》はエルフの国のためには動く――そういう実績があればそれだけマナもこの国を統治しやすい。
「もちろん、リアが納得しなければ関わらせないけれど。あの子、人付き合いしてきていないからちゃんと言いくるめれば納得しそうじゃない? それに私の方がレベルが高いから私が頼めば聞きそうだしね」
リアは自分が死ぬことを誰よりも恐れている。誰よりも死にたくないと望んだ臆病者――。だからこそ、リアはきっとエルフの女王、マナの言葉を聞くことだろう。
マナは考えれば考えるほど楽しみになってきた。リアはエルフの国にいる間、どんな風に過ごすだろうか。きっと客としてもてはやされることを望まないだろう。こそこそと一般市民にまぎれているかもしれない。
(だからこそ、敵対勢力のあぶり出しも得意でしょうしね。リアへのお誘いをこの返事に書いておきましょう)
マナはそう考えて笑った。
――リア・アルナスはまだ知らない。マナの手紙にそんな誘いが書かれていることを。
知らずにリアは、のんびりとルーンの側で夏休みを謳歌していた。
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