事が終わったので。
「終わったよ」
「はい?」
ネアラが待たされていた場所。それは皇宮のある土地から西に離れた森の中であった。
危険な魔物の溢れる地であるが、リアの施した結界があるためネアラが魔物達に傷つけられる事はなかった。
火を焚いて、温まりながらはらはらとリアを待っていたネアラは一時間も立たずに帰ってきて終わったなどと告げるリアに驚いたような表情を見せた。
「だからもう貴方は暗殺者に追われる事はないよ。ちゃんと脅して貴方を死んだ事にさせるようにしたから。あと国を駄目にさせたら貴方が殺しに行くってもいっておいたから国の事も心配する必要ないよ」
目を丸くしてこちらを見ているネアラに一気にリアは言った。
「……え?」
そしてまたその言葉に放心するネアラをリアはまじまじと見る。
(黒髪黒目とかなつかしーね。いやー、しかしこの世界生身でトリップまであるんだね。この子が日本人の血引いてると思うと凄い親近感わくなぁ)
リアがネアラから聞いたユウコの故郷――それはこの世界ではない、地球と呼ばれる異世界の小さな日本という島国。
いきなりこの世界に飛ばされたユウコは皇帝に愛されるというまるで物語の主人公のようなストーリーを歩んだのだというのだからリアは面白いと思う。
何故リアが異世界の日本なんて国を知っているかと言えば、答えは簡単だ。
(私は異世界トリップではなく、異世界転生だからなぁ。しかしトラックに激突されてそのまま死亡して転生とかなんてベタな……。まぁ、私にはチート能力なんてなかったけど)
リアは所謂転生者という類のものであった。
一度死んだ記憶があるからこそ、死ぬ事を必要以上に恐れていた。
今回は死んでも終わりではなかった。転生なんて非現実的な事が起こって、記憶を持ったままこうしてこの世界を生きている。。
それでも今度死んでまた転生できるとは限らない。人はいつか死ぬものだとはわかっている。それでも自分が終わるのは怖いから、リアは死にたくないのだ。
種族としての限界レベルを突破すれば寿命が延びる事を知った。
特にこの世界がどれだけ恐ろしいのか、リアは知っていたのだ。前世の記憶を通じて。
(この子の母親も私と同じように『ホワイトガーデン』で遊んでたんだろうな。だから、スキルに詳しかったんだろう。私もその知識があったからこそ、すぐに此処が『ホワイトガーデン』の世界だと気づけたからこんなに強くなれた)
地球と呼ばれる世界ではVRMMOと呼ばれるものがリアが生きていた当時流行っていた。
仮想現実の中で自由気ままに遊ぶゲーム。
『ホワイトガーデン』はそれの一つであった。
これは厨二病の喜びそうなものであった。そもそもこのゲームのタイトルの意味からして厨二が喜ぶものだ。
何の歴史も刻まれていない白紙の状態の世界をプレイヤー達の活動によって、その歴史を刻めというそういう意味なのである。
イベントはあるものの、明確なメインストーリーはない。
自由気ままに自分のスキルを磨きながら、遊ぶゲームだった。そしてこのゲーム内で最もプレイヤー達に人気だったのが『ユニークスキル』である。
これは所謂自分だけの最強の必殺技なのだ。それは十代の若者達にとって憧れるべきものでもあった。特に漫画やアニメが好きな若者達は食いついた。
あと日本で発売された事もあって『ファンタジーはヨーロッパ方面だろ』的な製作者でもいたのか、魔法の言語は西洋諸国のものになっている。それはこの現実でも一緒である。
ネアラの母は『ホワイトガーデン』のプレイヤーである事は間違いないだろう。そしてゲームのアバターではなく、現実の日本人としてのままトリップしたのだろう。
ゲームのステータスのままトリップ出来ればネアラの母は死ななかったかもしれない。でもネアラの母はこの世界に初期ステータスでトリップしたのだ。
そしてリアはそんなゲームの中で廃人プレイヤーであった。
ある時高校に行かなくなり、引きこもっていたゲーマー少女であった。
普段外に出ないのに、数か月ぶりに外に出てみたらトラックに引かれた。 そして即死してこの所々に違いはあるけれども、大まかな設定は『ホワイトガーデン』と同じ世界に転生した。
今はギルド最高ランクを所持しているリアだが、自身にチート能力なるものがあるとは思っていない。
小説や漫画であるような圧倒的な力なんて生まれたばかりのリアにはなかった。今の強さはリアが強くなろうと行動しつづけたからこそのものだ。
強くなれる才能はあったかもしれない。でもそれを開花出来たのはチート能力なんて現実味のない力ではなくて、幼い頃からリアが強くなろうとしたからだ。
(この世界が『ホワイトガーデン』の世界だと気づいた時本当怖かったもんなぁ。だって此処、日本と違って強大な魔物とか盗賊とか居るし、何より人の命が軽いからなぁ)
孤児院で生まれおちて、転生という事実に最初は喜んだ。そういう物語が好きだったから。
それでも此処が『ホワイトガーデン』の世界だと気づいた時、リアは怖くなったのだ。前世と違って、魔物や盗賊などが当たり前みたいに存在する世界が。
だから、それに気づいた本当に幼い頃からリアは強くなるために動き始めた。その結果、今のリアが居る。
そんな回想に浸っていたリアに、ようやく先ほど言われた言葉を理解したらしいネアラが声を上げた。
「妾の聞き間違えではなければ…、一時間もかからずに妾の問題を片づけたのか…?」
「そう言っているでしょ。自分の命が惜しかったら暗殺者を向けてくるなんて真似、絶対しないと思うし」
「……皇宮にはどうやって侵入など出来たんじゃ?」
「私のユニークスキル使えばそんなの余裕だから。侵入と暗殺は私の得意な事だから」
唖然としているネアラにリアは軽い調子で答える。
そのまま答えた後、リアはたいてある火などの片づけをテキパキと始める。
「あ、そうそう。私この先のエルフの女王様に用事があるんだ。だからついてきてもらうよ」
リアはもうこの話は終わりとでもいうふうにそれを告げる。
「はい?」
「ああ、安心していいよ。エルフの女王様の所に行くのは私だけだから。貴方には宿か何処かで待っててもらうから。明後日までには家帰らなきゃ面倒な事になるの。あと貴方の事抱えて行くから」
「は?」
そうして会話を交わしている間にリアは荷物を全部の中に放りこんでいた。ネアラが話についていけていないのなんて完全に無視していた。
「じゃ、行くよ」
リアはそういって片手で同じぐらいの身長のネアラを抱え込む。それに驚きの声を発するネアラなどまるで気にしない様子である。
(……この子抱えてたらユニークスキル使えないからなぁ。仕方ないか。関所の近くでローブと仮面を外して普通に関所通るか)
《空中歩行》で一気に空へと浮かび上がったリアはそんな思考に陥っていた。
生物に接触したままではリアのユニークスキルは使えないのだ。そのためネアラを連れて通るならば、エルフの国に向かう関所では普通の方法で通るしかないのであった。
「スピード上げるよ。落ちても拾ってあげるから安心して」
「え?」
リアはネアラの返事も聞かずに《瞬速》のスキルを行使する。
そして空気を踏み、一気にスピードを上げた。
「え、きゃあああああああ」
いきなりの事に思わずネアラは悲鳴を上げた。
そりゃ怖いだろう。いきなり空中にあげられたかと思えば、目で追い切れないほどのスピードを出して移動し始めるのだ。
視界に広がる光景がころころと移り変わっているし、何より揺れないように抱えるなんて優しさがリアにはないため滅茶苦茶揺れていた。
「うるさい。気絶させるよ」
が、リアは非情である。
そんな事を言って本当にネアラを気絶させるのであった。
そして「うん、静かになったね」と満足そうに笑って、《空中歩行》と《瞬速》のスキルを使用する。それはよっぽどレベルが高くなければその速さをおいきれないほどのものだった。常人では追い切れないスピードでリアは空をかけていくのであった。
次にネアラが目を覚ました時にはすっかりエルフの国の関所の前だったのだった。




