リアとネアラの買い物 ②
リア・アルナスは目立つことが死ぬほど嫌いな存在である。こそこそと目立つことなく、誰にも認識されることなく過ごしていきたい――などと、普通に過ごしていればまず無理なことをリアは望んでいる。
学園生活の中でもリアという少女は、誰かに認識されることがないように、多くの学生たちの中に埋没するような行動を起こすようにしているのだ。
だというのに、ネアラのご褒美ということで街に買い物に出かけたこのタイミングで、リアのいう過去あり主人公――カトラス・イルバネスに遭遇してしまうなんて……とリアは不機嫌になってしまった。
これで学園で少しでも噂になってしまったら――と考えるだけでもリアにとっては恐ろしいことだった。
「リア姉、この人、誰?」
ネアラは軽い調子でリアに問いかける。リアは嫌そうな顔をして、余計なことを言ったネアラの膝を軽く蹴った。
「うっ」
ネアラはリアが不機嫌になったのを知って、顔色を青くする。
珍しくリアが買い物に付き合ってくれて、不機嫌とはいえ、一緒に過ごせることが嬉しくて――、少し調子に乗ってしまっていた。……しかしリアという少女は本来、誰にでも容赦がない存在なのだ。
「ご、ごめん、リア姉。私が悪かったから。嫌がってたのにリア姉と一緒に買い物行きたいって連れ出したのが悪かったから!」
いきなり蹴られたのだから、ネアラがおこってもいい場面であると言えるが……ネアラは謝り倒していた。
リアとネアラのことを初めて見るカトラスでも、その上下関係が一目瞭然であった。
「リア・アルナス……」
その様子をしばらく見つめていたカトラスは、しばらくしてその名を呼んだ。リアは、カトラスの方をようやく見つめる。……けれど、その目は無表情だ。ころころと表情が変わるネアラと違って、リアはどこまでもカトラスに興味がないという様子だ。
「お前、普段は喋っていなかった癖に喋れたのか」
リアが流暢に喋っている事にあまりにも驚いていたカトラスの言えた事はそれだけだった。
それに対してもリアは何も口にしない。カトラスへ視線さえも向けない。彼女はネアラをじっと見ていた。
「もう、リア姉は…」
それに対し、仕方がないなとでもいうように頷く。
そして、カトラスの方へと向き合う。
「リア姉の、学園の知り合いですよね? 私はネアラ・アルナス。そこのリア姉の妹です」
ネアラと名乗った少女は、本当にリアと血が繋がっているのかと疑うほどに似ていなかった。
その見た目も。
その性格も。
リア・アルナスの外見は美人か可愛いかと問われれば、どちらかというと可愛いと言えた。美少女というわけではない。何処にでも居る顔だが、幼さがあり、もう少し表情を見せれば愛嬌のある少女として好かれただろう。
そして彼女は愛想がない。ほとんど喋る事もせず、只そこに存在しているだけの人形のようなモノであった。
ネアラ・アルナスはそれとは正反対だ。
その外見はその年頃にしては大人っぽいと言えた。
顔立ちも整っており、その黒目が、高い鼻が、白い肌が、全てが彼女の美しさをたたえるようなまがうことなき美少女であった。
初対面であるカトラスに対しても愛想がよく、その笑顔は外見のキツイ印象からは驚くほどである。
それに髪と目の色も違う。
基本的に髪と目は、両親の持つ色と同じか、双方の混ざった色になる。そのためネアラの色が綺麗な一切の曇りのない黒であるならば両親のどちらかがその色なのだと予測出来るだろう。
「リア姉は、親しくない人とは話すの苦手で、全然喋らないんですよ」
言うなれば、リアは人見知りという奴であるのだろう。ネアラの口ぶりではそうとしか思えなかった。
「…そうなのか。俺はカトラス・イルバネスだ」
「貴方が?」
カトラスの言葉にネアラが食いつく。
「…なんだよ」
「いえいえ、少し知人に貴方の話を聞いていたもので」
そういいながらもネアラの顔は少し不快そうに歪む。どうやらその知人が好きではないらしい。
「知人?」
「ええ。学園に通っている知人が居るのです」
そうネアラが答えた瞬間、カトラスとネアラの間に何かが飛んできた。カトラスが反応するよりも、先にネアラはそれを察していた。
それを真っ先に察したネアラは、すぐにそれを持っていたバッグではじき返す。
それは、石である。
驚いたカトラスを放置して、ネアラはリアの方を見る。
「リア姉…、いきなり石投げないでよ」
そう、投げたのはリアであった。
いきなり石を投げつけたというのにリアの表情は無表情のままだ。そこに罪悪感も何も見られない。
「……余計な事言うなって?」
こくんとリアは頷く。
「了解」
ネアラは石を投げられたというのに怒っていなかった。只素直にそれを口にする。それにリアは頷くと背を向けて一人で歩きだした。
どうやらさっさと帰りたいらしい。
「あ、待ってよ。リア姉! イルバネスさん、それじゃあさようなら。リア姉には構わないでくださいね」
「あ?」
「リア姉は一人が好きですから」
それだけ言うとネアラはリアを追って消えていった。
その後ろ姿を見ながら、カトラスは漠然とした違和感を胸に感じてもやもやしているのであった。
 




