皇宮へと忍び込み、脅します。
(んー、皇宮っていっても警備薄いなぁ)
ネアラから話を聞きだしたその後――十分も待たない内に、リアはリルア皇国の皇宮―――つまり皇族の住まうその場所に平然と侵入していた。
もちろん、小国とはいっても此処は国のトップが住まう場所だ。警備が薄いわけはない。が、《何人もその存在を知り得ない》というユニークスキル所持者であるリアを持ってすれば警備が薄いと言わしめるものなのだ。
皇宮に張られた結界が破られていないという過信と侵入者の影すら見ていないという事実から来る警備兵達の油断しきった様子。
それをすぐ隣で見ながらもリアは呆れた顔を浮かべていた。
(侵入者なんて居るわけないって思ってんのかなー。貴方の横に居ますよーって言ってやりたい。反応面白そう。まぁ、やらないけど)
リアはそんな事を考えていた。
ちなみに《結界》はコツをつかんでいる人なら上手に破って入る事も可能である。リアは結構そういう技術も持っているので普通に破って、隠蔽とばかりに修復して侵入を果たしていた。
レベル百二十のリアが本気で結界を破りにかかれば、それに気付ける者など限られている。
小国とはいえ、国の中心であるこの場所は広い。
頭の中でリアはネアラに教えてもらった皇宮内の地図を浮かべながら動く。
(んー、こっち右だったっけ?)
とはいえ、完全記憶なんて特殊能力的なもの持っていないリアは一度だけ聞いた皇宮の見取り図など完璧に頭に入れていない。
とはいえ、有言実行なリアはそれでも此処に侵入していた。
ネアラの事はきっちり結界を張って人が来ないような場所においてきた。レベル高位者のリアが張った魔法を敗れる人などそうはいないから滅多な事がなければネアラは安全と言えた。
(んー、まぁ、はずれなら戻ればいいか)
そんな楽観的な思考で躊躇いもせずにリアは皇宮を進んでいく。
目的地に向かう最中に行き止まりにたどり着き隠し通路的なものを見つけてしまったり、貴族と平民の許されぬ恋的なものを見てしまったり、眠っている男性にブツブツと『貴方は私のもの』などと言い聞かせてるヤンデレっぽい女性を見てしまったり……、とリアは色々なものに遭遇していた。
(何か見てはいけないもの見てしまったって感じだよねぇ。気づかれたらそこから色々面倒な事になるんだろうけど。あー、良かった。私のユニークスキルがこれで)
途中で見て、聞いてしまった事を思い浮かべながらリアは苦笑している。
ちょっとのぞいてみるだけでこういう高貴な方々の家は面白い事に溢れているものである。
ギルドマスターに依頼されて陰謀調査など色々な事をしていたリアにとってそれは動揺すべき事ではない。
観察する分には問題ない、寧ろ面白い事だ。ただ関わると面倒だと思っているのだ。
(あーあ、あの子助けなきゃよかったかな。めんどくさい。でも似てたからって理由で助けちゃったのは私だしなぁ。それにあの子の母親は同郷だったし、助ける理由には充分だよね)
声を出さずにリアは口元を緩めて笑った。
そしてしばらく歩いて皇宮の三階に存在する一つの扉の前に立つ。
その扉を挟むようにして二人の兵が立っている。二人とも警備兵達のような油断した様子はない。
それでも幾ら気を張っていたとしても彼らはリアには気づけない。
とはいっても扉を開けてその部屋に侵入すれば流石に彼らは気づくだろう。そこでリアは視線をずらして、開け放たれた通路の窓を見た。
(じゃ、外から行こうか)
そこからリアは外へと飛び出した。
青い空の下、リアは《空中歩行》のスキルを使い立っていた。ユニークスキルを使ってなければさぞ目立つ事だろうが、空気を踏みその場に立つリアに気づく者は誰も居ない。
(えーと、あの窓があの扉の先だよね)
リアはそのまま目的地の部屋の窓へと向かう。
空気を踏んで移動する。そんなリアにやっぱり誰も気づかない。
リルア皇国は所謂小国と呼ばれる国だ。
大国でさえ、レベル高位者はそんなに数はいない。小国には益々居ない。
というより小国で生まれたレベル高位者は大国に引き抜かれていったりするもので、いたとしても国に仕えてくれないものも多いのだ。
そんな小さな国で、リアの存在に気づけるような強者が居るか否かと言えば居ないのだ。
レベル百を超えた者はおそらく他国からの来訪者がいるという例外を除けば、この国に居るのはリアだけであろう。
リアは不用心に開け放たれた窓へと近づく。
白いレースのカーテンが風に靡いていた。リアは音も立てずに窓の淵に足をかける。
覗き込んだその部屋の中には一人の美しい女性が居た。
腰まで伸びた髪は美しく銀色の輝きを発している。深緑の瞳も彼女の美しさを引きたてていた。
赤いドレスを身につけて見るからに高貴な身分である彼女は――その見た目通りこの皇国内でもトップクラスの権力者であった。即ち、彼女は皇妃であった。
側室ではなく、皇帝の正当なる妃である。
この場には彼女以外の人はいない。椅子に腰かけ不遜に笑う様子はプライドに満ちあふれている。
リアは部屋の中へと入る。
それでも皇妃はそれに気づく事はない。
リアは皇妃へと近づく。
それでも皇妃は振り返る事さえしない。
後ろから皇妃へと近づいたリアは右手で皇妃の口を声を出せないように押さえつけ、左手でその首に手を添える。
「……っ」
そこでようやく皇妃は後ろに何かが居る事に気づく。
そしてその表情を青ざめさせた。言葉さえも発せない状況で、自分の命が握られていると理解し皇妃は震えていた。
可哀そうになるくらい真っ青だった。
だけどだからといってリアがその状況をやめてやる理由などない。
「……ネアラ・リルアへの暗殺の命令を取りやめなさい」
冷やかな、静かなリアの声がただ室内に響いた。それに皇妃は冷や汗を流して益々その顔を蒼く染まらせたのだった。
リアがネアラから聞いた話は簡単に説明すると次のような事だった。
まずネアラの母親、ユウコはこのリルア皇国の前皇妃であった。十年ほど前突如としてこの国に現れた黒髪黒目の、素性不明の女―――それがネアラの母親であった。
その美しさが故に皇帝に見初められ、皇妃となった。
けれども素性も知れぬ女に優しくできるほどに上級社会は決して甘くはなかった。
嫌がらせが起きた。
暗殺未遂が起きた。
それにユウコには突如現れた事だけではなく、不自然な事があった。
それはユウコは異常な事に当時十六にもなろうというのにレベルが一しかなかった事だ。まるでこの世界につい先日生まれおちたような(・・・・・・・・・)、赤子のような状況だった。
それ故にユウコには皇帝の命令で精鋭の兵がつけられた。
それに加えてユウコはレベルが低いのに驚くほどのスキルの知識を持ち合わせていた。
だからこそ、ユウコは二年前――娘のネアラが八歳になるまで、殺意を持つ者達に狙われても奇跡的に生きてこられた。
だがその奇跡は続いてくれなかった。
二年前ユウコが暗殺された。
犯人はわからないままという事にされていた。
容疑者は多かった。その中でも犯人であろう者の目星はついていた。それでもそれを追求できるだけの証拠はなかった。
皇帝には元老院達によって新たな皇妃がきめられた。
しかし皇帝は前皇妃以外に愛情を向けるつもりはなかったらしく、見向きもしなかった。
皇妃は今は亡き前皇妃を憎み、そしてその娘であるネアラを憎んだ。
それでもその時点でネアラは周りから、悪意を向けられはするものの実害はなかった。
皇帝である彼女の父親が必死に守ろうとしていたからだ。
この国で一番の権力者である皇帝の後ろ盾があった。だからネアラは安全だった。
しかし一年前に皇帝は病に倒れた。それも不治の病という事だった。
それでもネアラはまだ皇帝が生きている内は安全だった。幾ら病に倒れたとはいえ、一番の権力者は皇帝であったから。
それも長くは続かなかった。つい三カ月ほど前に皇帝が死んだのだ。
そしてそこからネアラの狙われる日々は始まった。
皇帝の残した遺言がネアラを次の王にとあったのも問題だった。
権力を欲する者達が沢山ネアラに群がった。同時に皇妃から向けられる暗殺者も増えた。
皇帝が死に、まだ幼いネアラよりも皇妃の側につくものも多く居た。
その結果が、リアが見たネアラだ。
姫だというのに一人で、暗殺者に追われていた。
仲間は居ただろう。それでもネアラは結局一人で戦った。
(なんて馬鹿らしいんだろうなぁ。権力争いって。そんな面倒な事どうして起こしたがるんだか)
皇妃の背後で、ネアラから聞いた事を思い出しながらリアはただそう思う。
「あの子はこちらで預かる。それをあの子は望んだ」
「……っ」
「だからあの子の事は死んだ事にしてもらっていい。あの子は姫であるネアラ・リルアとしてではなく、ただのネアラとして生きて行く事を選んだ。皇位は貴方がつげばいい」
静かに、ただリアは告げる。
(あの子は生きる事を望んだ。この国に居てもあの子は狙われるだけだ。まだ子供で、無力なあの子の命なんてすぐに奪われる。あの子は母親の生きてという願いをかなえたかっただけだった)
もしネアラが皇宮に戻る事を選んだならリアは、返してそのまま放置した。権力争いに深くかかわるのは面倒だからだ。
でもネアラは生きる事を選んだ。皇位なんていらないから生きたいんだと言った。
(……本当、昔の私にそっくり。無力で、弱かった私はレベル上げのために無茶ばっかりして死にかけてたっけ。生きたいってずっと思ってたんだ、私は…)
思い出した口元を思わず緩めてしまう。
強くなりたかったのは死にたくなかったからだ。
強ければそれだけこの世界では生きていられる確率が高くなるからだ。
魔物も、盗賊も、そんな死ぬ原因に最もなりそうなものを強ければどうにでもする事が出来ると知っていたからだ。
「もしまたあの子を狙うなら、私が貴方をすぐに殺す。言っとくけど、本気よ。どれだけ此処に警備兵が居ようとも私なら貴方を誰にもバレずに殺す事が出来るわ」
その言葉に皇妃の体がびくつく。
「そして私の事をバラしても殺す。生きたままドラゴンにでも食べさせてあげてもいいわね」
恐ろしい事を口にするのは脅しのためだ。
でも実際にリアは目の前で震えている皇妃が約束を破ったならばそれを実行するだろう。
「あとあの子はこれから強くなると言っていたわ。貴方がきちんと国政をしてくれるなら大丈夫だけど、もし国を荒廃させたなら―――、きっといつかあの子が貴方を殺しに来るわ」
それは警告である。
もし国を腐敗させるような事になればネアラが皇妃を殺しに来るだろうというものだ。
その事に本気で目の前の皇妃はおびえていた。
(ふーん。あの子が国で天才少女って言われてるから余計怖いんだろうけど、なっさけない。というかあの子が強いのって母親のおかげもあるよね……)
リアはネアラから話を聞いていて、ユウコがスキルなどについて異様に詳しかった理由についての答えを知った。それにネアラ自身が母親から聞いたのだと、ユウコの故郷について教えてくれたから、その答えは間違いなく正しいだろう。
「だから、言うとおりにしなさい。しなきゃ、わかってるわよね?」
リアの低い声にぶるぶる震えながらも、皇妃は情けなく頷く。
そこに高貴なものとしての気丈さはない。ただそこに居るのはリアという存在を心の底から恐れているただの女だ。
皇妃のおびえきった様子にリアは満足したように頷いて、そのまま彼女に姿を見せる事もなくまた窓から去っていく。
「………ネ、ネアラへの、暗殺をやめさせなければ」
後に残ったのは座り込み、その体を異常なほどに震わせていた皇妃だけだった。




