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臆病少女は世界を暗躍す。  作者: 池中織奈


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少女の過去の記憶と《姿無き英雄》

若干『強者は潜んでる』と設定が違います。キャラは一緒だけれども。

時系列の違いというか……、両方書いてほしいという方が以外と多いんですが、その場合は『強者は潜んでる』の時系列を少し変更しなきゃになります。

 「ネアラ」

 優しく呼ぶ声が聞こえた。

 それに黒髪黒目の少女――ネアラは振り向く。

 そこはネアラの自室だった。ベッドや机などが置かれ、最高級の絨毯が引かれた明らかな高貴な身分の住まう部屋。

 「ネアラ」

 何処までも慈愛に満ちたような笑みがそう呼ぶ女性には浮かんでいた。

 女性はネアラの母である。

 ネアラの母は遠い異国より突如現れたとされる、この世界では珍しい黒色をその身に纏っている人だった。

 「お母様」

 ネアラは微笑んで、そのまま母親に飛びつく。

 五、六歳程度の幼い少女が母親と戯れる様子は微笑ましいものだった。

 「ネアラ、可愛い私の娘」

 ただ優しく笑ってネアラを抱きしめる彼女は美しい人だった。

 黒色を持っているという珍しい特徴だけではなく、驚くほどに顔立ちが整っていた。だからこそ、王に見初められて、彼女は皇妃となった。

 そして少女は姫だった。

 皇帝と皇妃に愛されて、幸せに、ただ生きていた姫だった。

 ただその終わりは唐突に訪れた。

 場面が変わる。

 「お母様! お母様ぁああああ」

 必死にネアラは叫んでいた。

 少女の黒い瞳に映し出されるのは、何処までも残酷な光景だった。

 部屋の中に引かれた絨毯が赤で染まっていた。

 その上にはネアラの叫び声に反応さえも示さない彼女の母親が居る。

 優しく笑っていた母親はもう動く事はない。何処までも幸せそうにほほ笑んでいたのにそれを見る事はもうない。『ネアラ』とただ、優しく微笑んでくれる目はもうない。

 ショックで座り込んだまま、涙さえ流せない。

 目の前の光景を信じたくはなかった。

 横たわって、息絶えているのが自身の母親だと信じたくはなかった。

 それでもその現実はネアラの心に突き刺さった。

 「お母様ぁああ」

 叫び声はやまない。残酷な光景が、少女の前にある。

 だが、それは予想外の事にかき消された。

 『うるさいっ』

 聞きなれない声が響いたかと思えば、ゴツンッという音と共にネアラの頭に衝撃が走った。

 そして、世界は暗転した。






 「……お母様」

 小さな声をあげてネアラは閉じていた瞳を開く。

 真っ先に体を横たわらせていたネアラの視界に入ったのは青い空だった。 太陽の日差しが空から降り注いでいて、眩しさにネアラは何度か目を瞬かせる。

 寝ぼけた様子でまだ焦点はあっていない。うっすらと映し出される周りの景色にぼーっとした表情を彼女は浮かべていた。

 パチパチと火がたかれている音がする。ごつごつした地面に寝かせられネアラは毛布をかけられていた。

 そしてこの周辺には魔物が入ってこないようにか《結界》が貼られている。精密な出来の結界であった。

 「……」

 ふと隣を見たネアラはこちらをジト目で見ている仮面をつけた人と目があった。

 それを見てネアラははっとなる。

 (お母様はもう死んだんじゃないか……。夢を見てたのじゃな、妾は)

 先ほどまで夢を見ていたのだろうとただ思う。それと同時にネアラは考える。

 (妾は確か……、この《姿無き英雄》に助けられて、その後何故寝ていたのだ……?)

 疑問に思うのも当たり前だろう。

 ネアラからすれば何が何だかわからない内に気絶させられたようなものなのだから。最もその気絶させた犯人が自身を助けた《姿無き英雄》とは思ってはいないだろうが。

 「……《姿無き英雄》」

 ネアラは起き上がり、その存在の名を呼んだ。

 それにリアは一瞬びくっとしてネアラを見る。

 「先ほどは助かった。妾を助けてくれてありがとう」

 ネアラは不遜な、上級社会を生きる者としての笑みを浮かべて綺麗に笑った。

 先ほどまで命の危機にさらされていたというのにこうして冷静でいられるのは、彼女がそれだけそういう危険に慣れているからだろう。

 「……」

 それにリアは返答を発さない。

 (うわー、どうしよっか。声出したら性別ばれちゃうよね? このまま放置するわけにはいかないけど……。んー、助けたからには最後まで面倒みるべきだしさぁ。困った! 私超困ってるよ。普段だったらこういうの全部お義父さんに預けたりするんだけどさ……)

 何も喋らぬままリアは内心焦っていた。

 「……喋れないのであろうか。《姿無き英雄》は」

 不審そうに告げられた言葉にリアは首を軽く振る。

 「では、喋りたくないのか」

 それにリアはこくんと頷く。

 「……先ほどうるさいといったのは貴方か?」

 首を振って、頷く。ただそれだけの反応しか示さないリアにネアラが問いかける。

 「……」

 しばらくそれに無言だったかと思えば、リアは頷いた。

 「……そうか。妾の寝言がうるさかったのだな。すまなかった」

 ネアラはただ真っすぐにリアを見据えてそんな事を言った。

 (《姿無き英雄》が妾の前に姿を現しているということは…、何か理由があるだろう。それにしても…、シャイなのだろうか。喋れるのに喋らないなどと。それに…)

 そんな思考に陥って、ネアラはリアの全身を見る。

 そしてぽつりと呟く。

 「……小さい」

 その小さな呟き声にリアは大きく反応する。

 「《姿無き英雄》は子供だったのだな。妾と対して歳が変わらぬ幼子が……」

 「……違う」

 ネアラの言葉にリアがぷるぷると震えながら、はじめてネアラの前で言葉を発する。

 それに驚いたようにネアラがその黒目をリアへと向ける。

 「……私は十五歳。子供じゃない。今度子供とか言ったら殺す」

 告げられた言葉は酷く物騒であった。ネアラを見るリアの目は冷たい。幾ら背が低いからと子供扱いされる事が我慢できなかったらしい。

 (うん。折角助けたけどムカつくもんはムカつくしね。それに話とか聞かなきゃだし…、声をあげちゃったのはまぁ仕方ないとして、もしこれバラす気なら即殺す。死んだって事実も感じられないぐらいに瞬殺する)

 うんうん、と頷きながらそんな事を考えているリアの思考は恐ろしい。

 死におびえている癖に自分自身のためならとことんリアは容赦がなかった。

 「済まない。気分を害してしまったようじゃな。もう言わぬ……」

 ぞくぞくと心を刺激するような殺気にネアラは思わずびくつく。それでも気丈にネアラは答えた。

 「それでいい。あと私の情報誰かに言っても殺す」

 そんなリアの言葉が言い放たれる。それと同時にネアラにどうしようもないほどの恐怖が襲った。

 リアの纏っている雰囲気が、言葉が、瞳が。

 ただそれだけがこの場に恐怖という感情を充満させる。

 自分の事を簡単に目の前の存在は、《姿無き英雄》は殺せるのだという事をその身に恐怖として叩きこまれる。

 (これは…、《姿無き英雄》は……強い。それがただ殺気を向けられただけでわかる…っ)

 ただ常人では決してたどり着けない域の強さを持っている。幾ら見た目が同じ年の子供に見えようとも、これはそんな風に侮ってよい存在ではない。

 それをネアラはただ感じていた。

 「返事は? しないなら、今すぐ殺すけど」

 真っすぐにネアラをその目が見つめている。それだけで恐怖心は益々ネアラの心に刻まれていく。

 見つめられれば見つめられるだけ、その殺意が心に流れ込んでくる。そんな感覚をネアラは味わっていた。

 「……い、言わぬ」

 どもってしまったのは、与えられる恐怖に心が酷く動揺していたからだ。

 気を抜けばカタカタと震えだしそうになるほどの、王族として生きてきたプライドも崩れ去り無様にも泣き叫んでしまいそうになりそうなほどの、そんな恐怖がネアラの心を浸食していた。

 「………」

 リアはネアラの言葉にじっと探るような目を向ける。

 ただ見つめるという動作。

でもたったそれだけでもネアラの中で恐ろしいという思いが増幅していく。

 (妾は返答を間違ったか…? いや、それか言わないという事を信じてもらっておらぬだけか…。しかしギルド最高ランクの名は伊達じゃないという事じゃの。レベルが十五しかない妾には目の前の存在が視線を向けるという行為だけでも恐ろしい……)

 体が震えそうなのを気丈にもネアラは抑えている。

 これから何を言われるのだろう、どうなるのだろう。

それを思ってか不安そうに黒目が揺れる。

 だけど、

 「そう、ならいい。バラしたら殺すから命が惜しかったら言わないで」

 しばらくネアラを見つめたかと思えば、リアはあっけなくそんな言葉を告げた。

 「……そんな、簡単に信じていいのか」

 「貴方は言うの?」

 「…いや、そんなつもりはない」

 そんな会話が、二人の間で交わされる。

 (秘密をバラされないようにするには徹底的に恐怖を刻み込むべきだもんなぁ。いやー、でもこの子が『秘密をバラされたくなければ――』なんて馬鹿みたいな事言わなくて。そしたら即殺してたもん。自信あるよ。折角助けた命を殺すのは嫌だったからちゃーんと恐怖を感じてくれたようで良かったよ。人脅すのとか苦手なんだよね)

 そしてもちろん、ネアラはリアがそんな思考に陥っている事など知る術もない。

 「それで貴方の状況教えてくれる?」

 突然、話を切り替えるようにリアは告げた。

 「……何故?」

 そういうネアラの表情には『何故、そのような事を話さねばならないのか』という疑問に満ちていた。

 それにリアは答える。

 「貴方を助けてあげる」

 「……何故?」

 それにまたネアラは同じように問いかけた。

 それにリアは躊躇う事なく答えたのであった。

 「助けた命の面倒は最後まで見るべきでしょう。それに関わっておきながら助けられないってのは私が気分悪いから」

 それは決して人々に拝め、尊敬される《英雄》の言う台詞ではない。

 人々が求める《英雄》ならば、『困っている人を助けるのは当然だ』とでもいうのかもしれない。

 あるいはリアの学園に居るティアルク・ルミアネスのような物語の主人公のような人間なら『困っている女の子を放っておけない』とでも言ったかもしれない。

 でもリアは人々が求めるような《英雄》でも、漫画や小説の世界に居るような《主人公》でもない。

 ただの臆病で、自分勝手な気持ちで人を助ける《姿無き英雄》と呼ばれる十五の少女だ。

 人を助ける行為。

 それはリアにとって他人のための行為ではない。自分のための行為だ。

 「だから、全部教えて。貴方を先ほど助けた責任として最後まで助けてあげるから」

 リアはそういってネアラの顔を見つめた。




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